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第二章 5月7日 敗軍の将

 ガバッ!


 かけていた布団を跳ね上げ、暗闇の中、感覚だけを頼りに机の上に置いた携帯電話を手に取る。

 そして光る画面に表示されたあいつの名前を選ぼうとして、放課後のやり取りを思い出して指を止めた。

 オーキが無事である事を確かめたい。

 でも、また鬱陶しいと思われやしないだろうか?

 それにもう真夜中をとうに過ぎてしまっている。寝ていたら起こすのは悪いし、私が起きていた事を知ったら、選挙に差し障るとまたあいつを怒らせてしまうかもしれない。

 検査でも異常は無かったと言っていたし、お母さんも何か有ったら連絡をくれると言ってくれたんだ。

 無事を信じて、大人しく寝るべきだろう。 

 着信とメールの履歴を確認し、何も来てはいない事に安堵しつつ携帯電話を机に置いた。

 そして布団に入り、今度こそ寝ようと目を瞑る。

 ……。

 ……。

 ……。

 うわああああああああああああああっ!!

 髪を振り乱し絶叫しながら起き上がる。

 最悪の事態を想定してしまった。

 家族が寝てしまっていたら、容体が急変しても気付けないんじゃないか?

 やっぱり確認した方がいい。

 そうだ!一度コールして直ぐに切ってはどうだろう?

 確かワン……切り……とか言ったか?

 それなら寝ているのを起こす可能性も低いだろう……って、具合が悪くなって電話が取れなくても同じじゃないか!

 なら、お母さんの方にかけて、無事を確かめてもらうか?

 いやでも、それも悪いか……非常識な娘だと思われてしまうかもしれない……。

 いや、これは非常事態なんだ!きっとお母さんもわかってくれるはず。

 再び携帯電話を掴み、お母さんにかけようとボタンに指をかけた。

 けれど、一度かけてしまうと何度も繰り返してしまいそうで、唇を噛みながら携帯電話を閉じる。

 「はぁ……どうしたらいいんだ?」

 枕に突っ伏して呟く。

 普段通りに布団に入った物の、なかなか寝付けずこんな時間になってしまった。

 大丈夫だと自分に言い聞かせてはいるが、血まみれの顔を思い出すと、つい悪い方に考えてしまう。

 できることなら、今直ぐあいつの家に行きたい。

 そばでずっと看病していたい。

 昨日あいつの家に行ったのも、半分そのつもりだった。

 それを許してもらうどころか、切り出す前に怒らせてしまったが……。

 「ホットミルクでも飲むか……」

 このままでは眠れそうも無い。

 気分転換も兼ねて台所に向かおうと、起き上がって自室を出る。

 すると、廊下に人の気配を感じた。

 こんな夜遅くまで起きているのは、どうせ鷹文の奴だろう。

 「鷹文、またゲームばかりして夜更かししているのか?よくないぞ」

 「今寝ようと思ってトイレに行く所だよ。ねぇちゃんこそ、こんな時間までどうしたの?なんか叫んでたみたいだけど」

 「うっ……」

 咎めるつもりが、逆に問い返されてしまった。

 聞かれていたのか……。

 「まだにぃちゃんにきつい事言われたの気にしてんの?メールで謝ってくれたんじゃないの?」

 「うん。その事はもういいんだ……って、何でおまえがその事を知ってるんだ!?」

 「え?ぼくもにぃちゃんとメールで少し話したし」

 それがどうかした?という顔で言われる。

 オーキとよく連絡を取り合っている事は知っていたが、そんな事まで話していたのか……。

 姉が電話やメールをするべきかどうかで悩んでいると言うのに……。

 「じゃあ、にぃちゃんの怪我の事が心配で眠れないとか?」

 「……ああ」

 「心配し過ぎじゃない?ちゃんと病院で検査してきたんでしょ?」

 「でも、万が一と言う事もあるんじゃないか?頭の怪我は後になって悪化する事も有ると言うし」

 「それを言ったら、脳梗塞とかは突然なる事も有るから、心配してたらきりが無いんじゃないかな」

 「余計に心配じゃないか!」

 「えっと……そうじゃなくてさ。検査した分、可能性は低いんじゃないかな……?ってこと」

 「……そういう物か?」

 「そういう物だよ、きっと」

 腑に落ちず半目で暫くみつめてみるも、鷹文の表情は変わらない。

 そういう物……なのか?

 「それにさ、にぃちゃんて相当強いんでしょ?」

 「ああ、強いな。私なんか足元にも及ばないくらい強い」

 「そんなに強いの!?」

 大げさな驚き様が少し癪に障った。

 こいつは私がどれだけ強いと思っているのだろう?

 「それだけ強いんなら大丈夫じゃないかな?何でそんなに強いのかよく解らないねぇちゃんと違って、ちゃんとした武道の経験とかも有る訳だし」

 「……どういう意味だ?」

 「いや、だから、殴られ慣れてるって言ったら変だけど、ある程度相手の攻撃を受けた時の防御法とかも知ってるだろうから、それ程ダメージは負ってなかったんじゃないかな?脳にダメージがあったら、平然とはしてられないでしょ」

 「でも、たくさん血が出て止まらなかったんだ」

 「それは頭の怪我だから仕方ないよ。むしろ衝撃を表面で止めて内部に伝わらない様にしたんじゃないかな」

 「……確かにオーキならそれぐらいできそうな気がする……」

 私が納得すると、何故か鷹文は一瞬目を丸くした。

 どうもあやしい……。

 「じゃあ、僕はもう寝るから。ねぇちゃんも早く寝た方がいいよ。おやふみ~」

 「ああ。おやすみ」

 大きな欠伸をしながら鷹文はトイレに入っていったので、私も自室に戻って寝る事にした。

 弟の話はただの気休めだったのかもしれないが、それでも直ぐに寝付く事が出来た。

 

 



 

 学校に着くと、協力してくれているクラスメイトや後輩達と合流して演説に向かう。

 選挙前日と言う事もあってか、目ぼしい場所は既に別の候補者に占められていた。

 「やあ、坂上さん」

 場所を探していると、不意に背後から声をかけられる。

 振り返ると、あまり顔を合わせたくない奴が立っていた。

 確か……山下……だったか?

 対立候補の一人だが、正直あまり良い印象を持ってはいない。

 背が高くて顔も悪くはなく物腰も柔らかいが、どこか慇懃無礼な感じがする男だ。

 「いよいよ明日は選挙ですね。お互い悔いが残らぬよう頑張りましょう」

 ありきたりな台詞を言いながら、にこやかに握手を求めてくる。

 握手ぐらいしておいた方がいいか……。

 無視してしまおうかとも思ったが、立場的にそれもまずいかと差し出された手を握り返す。

 

 カシャ!


 その瞬間、いきなりシャッター音が鳴った。

 「ありがとうございましたー」

 何事かと見ると、カメラを持った女子生徒が頭を下げながら走り去っていく。

 「それでは、僕もこれで」

 一体何だったんだ?

 訳がわからなかったが、何となく不快感を覚えた。






 「智代ちゃんごめんねぇ。うちの部員が断りもなく写真撮っちゃって。新聞で使うやつだったんだけど、持ってきた写真見てビックリしたよぉ」

 二限目が終わり休み時間になると、みのりが手を合わせて謝りながらクラスにやってきた。

 何だ……そういう事だったのか。

 「別に気にしていない」

 「その写真がこれなんだけどぉ……」

 気にしてはいなかったのだが、机の上に写真を置かれたので、一応目を通そうと手に取る。

 男の方はカメラを向いて笑っているのに対し、私の方は険しい目つきで男を睨んでいる様だった。

 「……目つきが悪い感じに写ってしまってるな……」

 「智代ちゃん目が悪いから仕方ないよぉ」

 たんにあまり好きではない相手だったから、それが顔に出てしまっただけかもしれないが。

 「智代ちゃんと山下くんのツーショットの写真を使う予定だったんだけどぉ、この写真は使わない事にするねぇ」

 そう言って、みのりは写真をしまった。

 別に使われても問題なかったが、それがみのりの判断なら異論は無い。

 「それからぁ、オーキくんの事聞いたぁ?」

 「オーキの?オーキがどうかしたのか!?」

 「オーキくん、朝のホームルームだけ出て早退したみたいだよぉ」

 「早退って……まさか怪我が悪化したのか!?」

 「あっ!智代ちゃん落ち着いて……」

 思わず席を立って走り出そうとした所をなだめられる。

 そ、そうだ。まずはみのりの話を聴こう。

 「詳しい事情は判らないけどぉ、騒ぎになったりはしてないし、そんなに大事ではないと思うよぉ。先生に呼ばれた後そのまま帰ったみたいだから、先生が帰らせたんじゃないかって話も聞いたし」

 「先生が……」

 「もし心配なら、メールしてみたらどうかなぁ?」

 「メールか!わかった!」

 早速携帯電話を取り出し、私はメールの文面を打ってオーキに送信しようとした。

 だが、また昨日言われた事を思い出してしまい、ボタンを押す事を躊躇してしまう。

 「どうしたのぉ?」

 「ああ……いや、やっぱり止めておこう。迷惑になるかもしれない」

 「迷惑?メールなら大丈夫だと思うよぉ。直ぐに見れない所に居たとしてもぉ、都合の良い時に確認するだろうし」

 「でも、元気ならその内事情は判るんじゃないか?」

 「それは聞けば教えてくれるだろうけど……ん~、智代ちゃん、オーキくんと何か有ったぁ?」

 「うっ……」

 何とか誤魔化そうとしたが、一瞬で核心をつかれてしまった。

 どうする?

 ちゃんと打ち明けて相談に乗ってもらった方がいいんだろうか?

 「オーキくんに、何かきつい事言われたとかぁ?」

 「ああ……その……昨日、心配であいつの家に行ったら、私が居ると迷惑だと言われたんだ……お前が居ると気が休まらないって……」

 「そっかぁ……でも、それは選挙が近い智代ちゃんの為を思って言ったんじゃないかなぁ?」

 「それはわかっている。でも、私だってあいつの為に何かしてやりたかったんだ。あいつはいつも私を助けてくれる。それに昨日の怪我は、私の責任でもあるんだ。だから、何か一つでも返せたらと思っていたのに……」

 「智代ちゃんの気持ちも解るけどぉ、オーキくんて他人にあまり弱みを見せたがらないタイプだから、こういう時は特に一人で居たいんじゃないかなぁ?」

 「……そういう物か?」

 「うん……オーキくんの中学最後の試合の時もそうだったもん」

 記憶を辿る様にして、みのりは天井を見上げた。

 中学時代のオーキか……。

 そういえば、私はあいつの過去をほとんど知らないな……。

 「最後のって事は……サッカー部のか?」

 「うん……勝てば県大会に進めたんだけど、その試合に負けちゃって……引退が決まった3年生はみんな泣いてたんだけど、オーキくんだけはみんなから少し離れた所で佇んでたんだぁ……それで、私がそばに行って声をかけたら『俺は大丈夫だから、他の奴らを慰めてやってくれ』って避けられちゃったの……」

 光の加減で眼鏡越しの瞳は見えなかったが、みのりの声は少し切なげだった。

 だが、視線をこちらに戻して微笑むと、いつもの調子に戻って話しを続ける。

 「だからぁ、智代ちゃんも昨日の事はあまり気にしなくてもいいと思うよぉ。それとも、私も嫌われちゃってたのかなぁ?」

 「それは無い。あいつはみのりのことを凄く信頼しているはずだ」

 「だよねぇ。気にしな~い気にしな~い」

 「そうだな……でも、やっぱりメールを送るのは止めておく」

 「いいのぉ?」

 「ああ。放課後、直接会いに行く」

 過去の話を聴いた事もあってか、無性にあいつの顔が見たくなった。

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