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第二章 5月6日 過去と言う名の刺客

 「君達、そこで何をしているんだ?」

 いかにも神経質そうで尊大な声音を発しながらやって来たのは、山下……かと思いきや、同じクラスの優等生にして副会長候補の末原だった。

 わざわざ来て、何をわかりきった事を……。

 いや、むしろそこに含みが?と探りつつも、いつもの様にウィットに富んだ切り替えしをしてやろうとしたのだが、それよりも早く進み出た智代がつっけんどんに答えた。

 「お前には関係無い」

 何だ?これまでこんな態度をとったのは、先程の春原さんの時くらいなのだが……。

 こいつら知り合いなのか?

 「こちらは何をしているのか尋ねただけだと言うのに、随分な物言いだな」

 「何をしているのか訊くだけで、おまえは随分と偉そうだな」

 それまでの晴天が一転、ざわざわと暗雲がたちこめ、空気がピリリと張り詰める。

 無言でにらみ合う二人と、事態が飲み込めず呆気に取られる俺。

 しかし、遠巻きで協力してくれていた何人かがこちらの異変に気づき始めたのを見て取り、こりゃいかんとさりげなく割ってはいる。

 「何だお前ら、知り合いなのか?」

 「知らない奴だ。初めて見る」

 「いやいやいや。こいつも一応、副会長候補者だからな」

 ずっこけそうになったのを智代の肩を掴んで堪えつつ、つっこんで説明しておく。

 「ん?そうなのか?」

 「フッ……副会長候補者なぞ、眼中には無いと言う事か……」

 末原もズレた眼鏡を直す仕草で必死にクールを装うが、作り笑顔がひきつっていた。 

 智代の反応から、初対面だと言うのは本当なんだろうが……。

 だとすると、この険悪な態度は単なるファーストインプレッションによる物なのか?

 確かに末原は言動も、眼鏡も、やたら前髪が長くて片目が隠れる髪型も気障ったらしい奴ではあるが……目ぼしい対立候補の居ない副会長選でほぼ当確している身だ。

 ゆくゆくは生徒会で一緒に活動する間柄になると言うのに、これでは先が思いやられる。

 「ハァ……こいつはウチのクラスから副会長に立候補してる末原」

 「ああ、おまえとクラスが同じなのか」

 頷きはしたが、まったく興味が無さそうだ。

 まあ、いい。

 懸念は残るが、仕事に支障をきたさなきゃ問題無かろう。

 「で、何か用か?」

 これ以上こじれる前に、さっさと用件を訊いて御退場願おう。

 その空気が伝わったのか、末原は前髪をかき上げながらわざとらしく嘆息した。

 「別に、君達の行動が気になったから訊いただけだ。他意は無い」

 「私達だって、落ちているビラを拾っているだけだ」

 「これだけ大勢の人間を使って……か?」

 「使ってなどいない。たまたま私が最初に拾い始めたと言うだけで、みんな自発的にやっている事だ」

 「ほぉ……」

 くいと眼鏡を上げて反射させた光で視線を隠しながら、末原は大仰に感心して見せる。

 相変わらず、よくわからん奴だ。

 本当にただの興味本位……“坂上智代”を試しに来ただけなのか?

 そんなミーハーな奴には思えないが……まあ、共に当選すれば一緒に仕事をする仲になるのだから、挨拶するぐらい不自然では無いのかもしれんけども……。

 あるいは、俺の様にこいつの稀有な才能を感じとり、それを確かめに来たのか?

 だとすると、それなりに人を見る目が有るのか、はたまたこんな朴念仁でも興味を持たざるをえない程智代の才能が凄いのか……。

 「もういいだろうか?そちらの用件は済んだはずだ。私達はまだ拾って回っている途中なんだ」

 「……それは失敬。邪魔をしたな」

 微妙な間の後、やはり眼鏡を上げながら捨て台詞を残し、末原は回れ右して去っていった。

 いちいち含みの有る言動をしやがる。

 「……さあ、オーキ、続きをしよう」

 不快感を紛らわすかの様に、智代はムスッとしながら忙しなく動き始める。

 どれくらい忙しないかと言うと、もう少しで残像が分身になりそうな勢いだ。

 なのだが、スピードは凄まじく速いが、さっきから前にやった所や同じ所ばかり探している。

 頭に血が上ってバグる程ムカついてるのか……。

 「智代、さっきの事だがな……」 

 「ん?さっきとは、どの事だ?」

 末原の事でも注意されると思ったのか、手こそ止めたが背を向けたままわずかに首を捻るだけで、豊かな自分の髪に隠れて視線を合わせようとしない。

 まったくこの娘は……こういう時はまるっきり小っちゃい子と同じだ。

 「鷹文と河南子の事だ」

 「鷹文の……?そうだ!私はどうしたらいいと思う?」

 弟の名前を出すと、途端にノーモーション・アクセルジャンプで詰め寄ってきた。

 こいつなら、助走つければ地上でのトリプルアクセルも出来そうだな……。

 「まあ、落ち着け。俺の方でも何かしら手を打ってやるから……お前は無理に踏み込もうとするな」

 「そうか……しかし、やはり心配だ。私に出来る事は、何かないだろうか?」

 「お前に出来る事は、桜並木を守る事だろ」

 「!」

 「鷹文の件は俺に任せて、お前はお前にしか出来ない事をまずやり遂げろ」

 「……そうだな……うん、鷹文の事は、おまえに任せる」

 暫し無言で見開いた目で俺を見ていた智代だったが、自分を納得させる様にそう言って、いつもの屈託の無い笑顔を見せた。

 その後も、智代はすっかり機嫌を直し、俺達はついでに空き缶やら、ビニール袋やらも拾いながら、昼休みが終わるまでビラが落ちていないか見て回った。

 結局、山下側からの接触は無く、伝え聞いた話では、あちらの面子も別の場所で拾っていたらしい。

 何かしら茶々を入れてくるかと思っていたのだが……何も無いのが返って不気味だ。

 このまま何も無ければいいのだが……。



 しかし、俺の願いも虚しく、最悪の事態が放課後に待っていた。

 「おい、他校の奴らがまた校門前に来てるってよ!!」

 昇降口で靴を履き替えていると、一人の男子が血相を変えながら戻ってきて、その場に居る者達に聞かせる様に大声で叫んだ。

 気だるい放課後の空気が一変し、動揺した生徒達が囁き愚痴り始める。

 けれど、半数以上の生徒は馴れているのか、さして気にした様子もなく平素の行動をとっていた。

 実際の不良達の姿を目の当たりにした生徒達が、戻ってきて恐怖を伝染させるまでは……。

 「おい、やべえよ!すげえ数だぞ!!あれじゃ帰れねえよ!!」

 「しかも全員武器持ってるってよ!今までの冷やかしじゃねえって!」

 校門に近づくにつれ生徒達の動揺は大きく、激しい物となっていった。

 中には恐怖のあまり泣き出したのか、座り込んで友人達なだめられているに女子の姿も見える。

 聞こえてくる情報によれば、相手は工業高校の連中で、数はこれまでの比ではなく数十人単位、鉄パイプや木刀等で武装しているらしい。

 成る程、確かに“ガチ”で殴り込んで来た体だ。

 だが、そんな物はただのこけおどしだろう。実際にそれで暴れたら普通に警察呼ばれて捕まる。

 問題なのは、

 「何か坂上を出せって騒いでるってよ」

 「坂上って、あの選挙に出てる坂上さん?」

 「ほら、不良だったって噂もあったし、そうなんじゃない?」

 相手が智代を指名しているらしい事だった。

 ここまで大掛かりなネガキャンかましてくるとは……。

 直感でこれが誰の仕業であるかを理解する。

 噂だけで弱いのなら、実際に衆人環視の前でその本性を暴こうと言う腹だろう。

 無論、智代が武力行使で追い払おうとすれば、そこで終わる。

 例え出ていかなくとも、校門を占拠した他校の不良共に名指しされてるだけで、十分過ぎる程のイメージダウンにつながるし、教師達に問題にされるかもしれない。

 帰りのホームルームが終わって直ぐ出てきたから、智代はまだ選挙活動の準備で中に居るだろう。

 教師もどうせ直ぐには出てこない。

 ならば、余計な奴らが出てくる前に、迅速に片付けるしかあるまい。

 黙想……。



 かなりの人だかりが出来ていた校門の周囲だったが、俺が近づくとモーゼの十戒が如く左右に割れて道が開け、その先には噂通り手に手に凶器を持った他校の生徒達が3~40人程待ち構えていた。

 「よう、お前ら……用件は何だ?」

 「川上……てめぇじゃねえ!坂上を出しやがれ!!」

 「あん?俺がこの学校の頭張ってんだ。この学校の生徒に用が有るなら、俺が聞くつってんだよ!」

 静かに恫喝して目力をこめる。

 「うっ……!」

 ちょっと凄んだだけで、男達は容易に怯んでいた。

 それは俺の迫力や威名による物だけではないだろう。

 ざっと見渡した所、数こそ多いが、その中に目ぼしい輩が誰も居ない。頼れる程の者が居ないのだ。

 つまり、こいつらはただの烏合の衆。武器はそれを隠し、戦力と精神的不安を補う為の手段か。

 まあ、そうだろう。

 こいつらは別に智代に勝つ必要は無く、騒ぎを起こす事が目的なのだから。

 「か、川上ぃ、てめぇ前に、坂上が金輪際ウチに手出しする事はねえつったよなぁ?」

 一応リーダー格らしき男が、木刀を俺に向け虚勢を張りながら進み出てきた。

 どうやら不可侵条約を結んだ事は知っているらしいが……なんとなくそれで先が読めて内心辟易する。

 「お前らが何も悪さしてなければな」

 「してねえよ!なのにこの前、坂上の奴が俺らのシマに来やがったぜ!この落とし前どうつけてくれんだ!?」

 「こっちはやられる前にやりに来たんだ!坂上を出しやがれ!」

 「落とし前も何も、『やられる前に』って事は、坂上は何もしてねえんだろ?」

 「う、うるせえ!シマを荒らしやがったのは事実だろうが!」

 「とにかく坂上を出せや!あの女が居る限り、俺らはおちおち寝てられねんだよ!」

 無茶苦茶な言い分だが、それがこいつらの本音なのだろう。

 ここ一月の間、過去に智代にやられた連中の所を回って来たが、そこで感じたのは、奴らの多くが“恨む以上に坂上智代に恐怖している”と言う事だった。

 挑もうとしていたのは一握りで、大半はもう係わり合いになりたくないと、俺の“不可侵”の提案に割とすんなり乗ってくれたのである。

 そして今は、恐怖が高じて疑心暗鬼になったって所か。

 単純に金で雇われたのかとも思ったが……もしかすると、こいつらも嵌められたのかもしれない。

 「ふぅ……いいだろう。お前らの言い分は解った」

 「おぉっ!?へへっ、じゃあ、坂上を早く出してもらおうか!」

 「その必要は無い」

 「な、何んだと!?それじゃあ俺達の気が……」

 「晴れねえってんだろ?だから、代わりに俺を一発殴らせてやる」

 「……はぁ!?」

 漫画とかでよくある話だが、実際にやる奴は滅多にいないであろう俺の提案に、不良どものみならず背後のウチの生徒達までどよめきだす。

 噂が広まり、智代の過去が暴かれるのは、時間の問題だろう。

 ならば、それ以上のインパクトを持って、それは清算されたと印象付けるまでだ。

 「あいつのミスは俺のミスだ。当然反撃はしねえし、武器を使ってもかまわねえ」

 「なっ……くっ……!」

 両足をややがに股に開いて手で体を支え、頭を下げて首を差し出すポーズをして見せる。

 しかし、それでもまだリーダー格の男は躊躇していたので、更に追い込んで急かす。

 「やるなら早くしろよ。教師が来ちまう。それとも、ここまで来ておいてビビてんのか?」

 「くそっ、なめてんじゃねえ!!」

 挑発した次の瞬間、男の持っていた木刀が片手上段から振り下ろされた。


 ガッ!!


 十分な気合を持ってそれを額で受け、全身でダメージを分散させるも、目から火花が散った。

 脳震盪と一時的な麻痺により、遠くに聞こえる女子達の悲鳴。

 それに混じって、俺はこの時一番聞きたく無い声を聞いた。

 「オーキ!!うわあああああああああああああああっ!!!」

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