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第二章 5月6日 レッツ、とれじゃ~ハント!

 昼休み、俺は一部の生徒達と共にちょっとしたトレジャーハンティングに興じていた。

 何を探しているのかと言えば……

 「風子、参上!」

 って、何か出た!!

 「みなさんの熱いご要望にお応えして、伝説の“ヒトデヒート”をお見せする時がついに来ました!」

 来たのか?来ちゃったのか!?

 「この学校のいたる所に可愛いヒトデを隠しておきました。それも、なんと今回は全てのヒトデに風子のサインと、シリアルナンバーまで入れてあります!これで、某国の偽ヒトデに騙される事もありません!」

 偽ヒトデなんて出回ってんのか!?こえーよ某国!!

 「それでは、ヒトデヒート、スタァァァト!!」

 

 ……ドドドドドドドドドド


 「うっひょ~~~!!風子ちゃんのヒトデは何処だぁ~~~!?」

 

 ドドドドドドドドドド……


 ヒトデ?を持った少女が必殺技を叫ぶと、何処からともなく現れた一団が、歓喜の雄叫びを発しながら猛烈な勢いで走り去っていった。

 あれが“熱い要望”をしちゃった奴らなのか……?

 ……ま、まあいい。話を戻そう。

 俺達が探しているのは、当然ヒトデでは無い。

 朝配られていたビラである。

 並木道から相当な数を配っていた事も有り、敷地の内外にかなりの数のビラが打ち捨てられていた。 

 用務員さんが粗方回収したらしいが、それでも目のつきにくい所には結構残っており、その事を各候補者にリークした事で、“偶発的”に不特定多数の生徒によるビラ探し大会が始まったのである。

 これによって、結果的に尻拭いも出来ない誰かのイメージダウンに繋がろうと、知った事ではない。

 もっとも、俺は参加する気はさらさら無かったのだが……。

 大きなゴミ袋を片手に、忙しげに物陰を探す智代の後髪を、忌々しげに凝視する。

 昼休みの開始と同時に、こいつに捕まってしまったのだ。

 いや、最初は昼飯を一緒に食うだけで、智代も誘ってはこなかったのだが、どういう訳か渚さん達が手伝いだしたので、俺も参加しない訳にはいかなくなってしまった。

 「ん?なんだ?」

 視線に気づいたのか、振り返って尋ねてくる。

 さて、如何に切り替えそうか?

 考えていると、ふと彼女の髪に葉っぱがついているのを発見したので、無言でそれを取ってやる。

 「ん?ああ、付いていたゴミを取ってくれたのか。ありがとう」

 「髪が長いと、こういう時は大変そうだな」

 「そうなんだ。気を付けてはいるが、それでも不意に何かに引っかけたり、汚れが付いてしまったりするからな……今日は家に帰ったら、ケアを入念にするつもりだ」

 「そういや、昨日も洗うのが大変とか言ってたな……」

 何気なく口にしてしまったが、智代がジト目になったのを見て失言だったと視線を逸らす。

 「……おまえも聞いていたのか……スケベ」

 「聞こえたんだ。てか、わざわざ声かけてきたのはお前の方だろ?」

 「そうだったか?まあ、いいじゃないか」

 とびきりキュートに笑って誤魔化そうとしてくる。

 昨日の野球の試合の後、俺達は打ち上げ前に秋生さんの奢りで銭湯に行く事になった。

 いや、「怪我してんだから止めましょうよ」と言ったんだが、「足を浸けなきゃ大丈夫だ」と突っぱねられ、打ち上げ会場の古河家への配慮もあって全員参加という事に。

 まあ、秋生さんは“早苗パン”を常食するだけあって治癒力も人並外れていているのか、その時には腫れもほとんど引いていたのだが。

 ちなみに、流石に湿布は貼っているようだが、今日も普通に店を開けて働いている。

 時間が早かった所為か他に客も居なかった事も有り、銭湯では結構わいわいやっていた。

 特に、女湯では胸の話で盛り上がっていたようで、相楽さんが脱いでも凄いとか、智代もそれ以上いらないとか、一ノ瀬さんは胸に知識が詰まっているんじゃないかとか、杏さん<椋さんらしいとか、風子って子のお姉さんよか早苗さんの方が大きいとか、とても興味深い話をしていた。

 しかし、早苗さん絡みのやりとりに過敏に反応した秋生さんの絶叫の所為で、男湯まで会話が筒抜けだった事がばれてしまい、そこから杏さんが春原さんをからかったり、智代が周囲をまったく気にせず“壁越しの二人だけの世界”を展開して俺を辱めたりと、最後は俺的に散々な目に。

 髪の話も、その時聞こえてきた物だ。

 そう言えば、秋生さんが女性は髪を洗ってやると喜ぶとか言っていたが……。

 「シャンプーとリンスだけじゃなくて、コン……ディショナー?と……後、何か有ったよな?」

 女の髪の洗い方とかまるで分らないので、試しにちょっと訊いてみる。

 「トリートメントだな。リンスやコンディショナーは髪を保護する物で、トリートメントは栄養分を浸透させて痛んだ髪を補修する物だ」

 「ほう……毎回全部やるのか?」

 「いや、メーカーによっても様々だが、大体はリンスとコンディショナーは同じ物だ。後、トリートメントは痛みの酷い時や、数日に一回重点的にやる時だけだな」

 「へえ、そうなか……まあ、それでも長いとそれだけ時間はかかるよな」

 「そうだな。でも、時間を短縮するコツは色々有る。特にぬれた髪は放っておくと、逆に傷んだり、雑菌がわいてしまったりするからな。なるべく早く上手に乾かす事が大切だ」

 う~ん、これはまず色々勉強しないと邪魔になるだけの気がする……。

 とりあえず、聞いといて正解だった。

 もっとも、そもそも髪を洗ってやるって、美容師でもなきゃ恋人以上にならなきゃ無理なんだがね。

 「なるほどな……俺なんかいつも適当で半乾きとかしょっちゅうだけど……」

 「それは良くないな。男の髪についてはあまり詳しくはないが、抜け毛の原因になると何処かで見た覚えがある」

 「マジか!?」

 「あまり神経質になる必要も無いだろうが、間違ったやり方ではかえって髪を傷めてしまう事も有るからな。男でも最低限のケアの仕方くらいは知っておいた方が良いかもしれないな」

 目から鱗だ。

 将来、俺がハゲずに済んだら、紛れも無く智代のおかげ……かもしれない。

 「もっとも、私も昔は自分の髪に無頓着だったから、あまり人の事は言えないんだけどな……」

 そう言って自嘲的に微笑むと、彼女は遠い目をして視線をそらす。

 荒れていた頃の自分を思い出したのだろう。

 だが、俺には逆にそれもこいつの凄い所の様に思える。

 自暴自棄でありながらも、こいつは圧倒的強く、美しく、孤高であり続け、伝説となったのだから。

 「でも、長い髪が綺麗だとは聞いたが、ぼさぼさって噂は聞かなかったぞ?」

 「傷んではいたが、ぼさぼさだった訳じゃない。それに、他人の髪の傷み具合なんて、余程近くに行かないと判らないだろ?」

 ぼさぼさが気に障ったか、少し口を尖らせながら反論してくる。

 しかし、直ぐに笑顔に戻ると、

 「もし、あの頃におまえと出会えていたなら、バレてしまったかもしれないけどな」

 と、冗談めかして言った。

 その伝説の少女が、こんなにも近くに居る。

 こうして手を伸ばせば、簡単に触れられるぐらい傍に……。

 「確かめようとするな!」

 肩にかかっている髪をすくう様にして手に取ってみたら、さすがに怒られた。

 そして俺の手を払うようにして髪を取り戻すと、毛づくろいをしながらもじもじとしはじめる。

 「あ、いや、別におまえに髪を触られるのが嫌だとか、見られたくない訳では無いんだ。むしろ、普段はもっと気にかけて欲しいと思っているくらいだからな。でも、今日はダメだ。言っただろ?傷んだり、汚れているかもしれないって」

 今日じゃなきゃいいのか……。

 やばい……伝説の少女が可愛い過ぎてやばい!

 余計に触りたく、と言うかもう抱きしめたい衝動に駆られたが、目を瞑ってここは学校だと己に言い聞かせて自制する。

 「そう言えば、昔の話と言えば、鷹文と河南子はやはり付き合っていたらしい。今は疎遠になってしまった様だがな……」

 不意に髪をいじっていた手を止めると、彼女は俯いたまま感傷のこもった声でつぶやいた。

 それだけで何となく予想はつく。

 鷹文の事故の責任を感じているこいつは、二人が別れた事も自分の所為だと思っているのだろう。

 「まあ、そういう事もあんだろ。くっついたり別れたりなんて、どこにでもよくある事だ」

 「それはそうだが……二人が別れてしまったのは、あの事故が原因だという事は明らかなんだ……」

 「だとしたって、結局はあいつら二人の問題だろ?」

 「鷹文にも同じ事を言われた。当人同士の問題で、わたしは関係無いって。でもな、それがあいつの足が治らない原因なんじゃないか!?夜中にうなされているというのも、失恋のショックをいまだに引きずっているからじゃ……!?」

 思い詰めて興奮したのか、ガバりと俺の両肩を掴むと、必死の形相で問い詰めてくる。

 鼻と鼻が触れてしまいそうな至近距離。

 て、この体勢はやばいだろ!見られでもしたら絶対誤解を受ける。

 まずは落ち着かせねばと思いつつも、俺の方もドギマギしてしまって言葉が出ない。

 

 パサッ……


 ビニールの袋らしき物が落ちる音でフリーズが解けた。

 と、同時に“やべえ、見られた!”と焦りながら音がした方向を確認する。

 「えっと……あの……お邪魔……ですよね?」

 引きつった顔でそこに立っていたのは、春原さんだった。

 セ~~~フ!

 思わず頭の中で両手を水平に広げるジェスチャーをする。

 春原さんなら問題無い。

 俺的に最小限の傷で抑えられた感じだ。

 だったのだが、

 「お邪魔だ!」

 「ひいぃっ!!」

 思いっきり智代が睨んでいた。

 たのむから傷を深くしないでくれ……。

 「おーい、春原。どうなった?」

 「あっ、岡崎ぃ!聞いてくれ、川上と智代ちゃんが……」

 「お邪魔だと、言ってるだろうがァァァ~~~!!」

 「そうでしたぁ~~~~ほげっ!!」

 そして演劇部一行がやってくると、神速の前蹴りで茂みに強制退場させ、口封じ完了。

 ある意味結果オーライだが……すみません春原さん。

 「ちょっと、どうしたの!?」

 「どうせまた、春原が怒らせる様な事したんだろ?」

 杏さんや渚さん達は驚いていたが、さすが岡崎さんはいつもの事とスルー。

 この調子なら、わざわざ誤解を解く必要も無いだろう。

 「えっと……それで、何でしょ?」

 「中庭の方は一通り終わったんで、わたし達は他の場所に行こうと思いまして……それで、春原さんに先に報告に行ってもらったんですが……」

 「やっぱ、多そうなのは昇降口から校門にかけてかしら?」

 「そうだな。校門付近の茂みの中とかが多そうだが、女の子に頼むのは気が引けるな」

 「大丈夫よ。汚れそうな所は朋也や陽平にやらせるから」

 「はあ?」

 「うん。そうしてくれ」

 「ちょっと待てよ!校門の茂みって結構長いじゃんか!」

 「はいはい、陽平にもやらせるから。さっさと行くわよ」

 不満気な岡崎さんを杏さんがせっつきながら、先輩達は校門の方へ向かってくれた。

 ちなみに、春原さんは茂みに頭から刺さったまま放置されている。 

 「そう言や……先輩達に手伝ってくれって頼んだのか?」

 「いや、たまたま外でご飯を食べていた渚さん達を見かけたんで、声をかけたんだ。すると、私は何をしているのか?と訊かれたから答えたら、手伝いを申し出てくれたんだ」

 「そうか……どうせなら、他の奴らにも手伝ってもらったらどうだ?選挙の協力者にでも」

 「それは悪いだろ。元々は、私一人で拾って回るつもりだったんだ。ビラが散らかっているのは目に余る物があったし、何より、並木道を守ろうとしてる身としては、捨て置けなかったからな。でも、これはわたし個人の問題で、選挙活動とは関係無い」

 先輩のおかげで逸れた鷹文の話を更に濁す為とは言え、わかりきった事を聞いてしまった。

 こいつなら、放っておいてもビラを片付けるだろうとは思っていたし、どうせ誰も頼ったりせず一人でやろうとするだろうとも。

 だからこその、情報リークだとも言える。

 そろそろ来てもいい頃なんだが……?

 そう思って周囲を眺めていると、智代を見つけた3人組の女子生徒がこちらに小走りで寄ってくる。

 「坂上先輩、私達にも手伝わせて下さい!」

 「ありがとう。いや、別に私も勝手にやっている事だから、みんなも好きにしてくれて構わない」

 その三人を皮切りに、智代がビラを拾っている姿を見かけて、あるいは伝え聞いて、次々と協力を申し出てくる生徒達。

 そこに人気取りに便乗する他の候補者達や、ただの群集心理で拾い始めた者達が加わり、気づけばかなりの数の人間が“自発的に”校内美化に取り組み始めたのだった。

 「いつの間にか、こんなに大勢になっていたのか……これなら直ぐに終わりそうだな」

 周囲を見渡して無邪気に驚喜する姿に、微笑ましさと、底知れぬ才能への憧憬を覚える。

 自らが率先して行動する事で、周囲をも動かせる・巻き込める人間。

 当たり前の様で、実は計算や努力では身につかない、天賦の才能と言える物だろう。

 目を細め、心の中で念じる。

 願わくば、この光景が桜並木でも見られる様に……。

 そして、この才能が、いつもでも輝きを失わない様に……。

 だが、その祈りは、一人の男の登場で中断を余儀なくされた。

 「君達、そこで何をしているんだ?」

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