第二章 5月6日 名族の攻勢
中三の夏
俺達にとって、中学最後の大会が始まった
負ければそこで部活引退
でも、一つでも勝てばそれだけ延び、県大会、全国と進めれば、ほぼ夏休みいっぱい続けられる
地区大会の決勝トーナメントすら行った事は無いが……
しかも予選リーグの組み合わせは、うち以外は強豪ばかり、多強一弱の最悪の激戦区ときた
予選敗退すれば、夏休み前に引退確定となり、学校でいい晒し者となる
それでも、悲観するどころか、妙な自信が俺達にはあった
春の大会では、得失点差で予選落ちこそしたが、惜しい所までいけた
そしてここ最近の練習試合では、相変わらず点が取れず引き分けばかりだったが、負けてはいない
そう、俺達は確実に力を付けていた
元が酷過ぎたとも言えるが……
そしてその自信は
予選ブロックの初戦で当たった優勝候補の一角と、互角に渡り合い破った事で
確信へと変わり
俺達の快進撃が始まった
5月6日(火)
連休明けは非常に鬱だ。
てか、三連休と土日かぶって、振り替えも無しとかありえねえだろ!?
沸々と不満が湧き上がり、余計に足取りが重くなる。
智代が生徒会長になったら、是非学校を週休二日制にしてもらいたいところだ。
むしろ、これを公約にすれば、絶対当選出来るんじゃね?
まあ、学校が取り合わないだろうけど……。
などとアホな事を考えて気を紛らわせながら長い坂道を登っていると、
「清き一票お願いしまーす」
「山下登をお願いしまーす」
中腹を越えた辺りから、もう選挙活動をする声が聞こえてきた。
坂道の両脇にほぼ等間隔に立った女子生徒が、営業スマイルで訴えながらビラを配っている。
それも、連呼している名前やタスキを見るに、全て一人の候補者の応援の様だ。
『山下登』
地味な名前とは裏腹に、成績優秀、スポーツ万能、イケメンで家柄は地元の名士という完璧超人であり、小中で生徒会長を経験した実績まで持つ、会長選挙戦における智代の最大の障壁である。
元々、他の候補の倍以上の人員を動員してはいたが、ビラ配りは今日が初めてだ。
確か禁止はされていなかったと思うが……選挙費用を学校が出してくれる訳では無いので、当然これは自費でやってるという事になるだろう。
更に、校門前にはイケメンで知られるテニス部のキャプテンや、女子バレー部のエースと言った、校内でも人気の有る運動部の面子が各々のユニフォーム姿で応援に来ていたのだった。
「連休明けに勝負をかけてきたか……」
妙な胸騒ぎがする。
いや、ビラはともかく、著名人に応援を頼むなんて事は、普通に誰だってやってる事だろう。
引っかかっているのは、“連休明け”と言う点か。
智代は連休中、俺達に付き合ってほとんど何もしていないはず。
それに対し、あちらは休みを利用して、様々な手を打ってきている。
その差が勝敗を分ける事にならなければ良いが……。
まあ、元より“政治力”に関しては比ぶべくもない。
あいつはあいつの良さで勝負するしか無いだろう。
「オーキ!」
混雑した校門をくぐり、所々に出来た人ごみを避けながら暫く行った所で、大声で名前を呼ばれた。
それを合図に、一際大きな一団が一斉にこちらに振りかえる。
みつかったか……最悪だ!
いつもは発見されぬよう細心の注意を払って通過していたのだが、考え事をしていて無用心だった。
「すまない。通してくれ。すまない」
一団の前で演説をしていたその人物は、唐突にそれを中断して姿を消すと、聴衆を掻き分けながらわざわざこちらに向かって来る。
ちょ、何を考えてんだあいつは!?
今の内に逃げるか?
てか、おもいっきり目立ってるだろ!速攻逃げたい!
いや、だが、しかし、やはりここは叱っておかねばならないかも……。
「オーキ、おはよう」
迷っている間に抜け出て来られてしまった。
朝の光に照らされた長い髪が清清しく輝き、その笑顔は一輪の花の様。
しかし、彼女自身の名前の書かれたタスキの折れ具合や字の歪み具合に目を移すと、改めてその立体感を認識せざるをえない。
「何処を見ているんだ?」
「名前」
くっ、咄嗟に誤魔化したが、当人にはバレているだろう。
こうなっては是非も無し。
叱ろう。
「おはようじゃないだろ。早く戻って続きをやれよ。折角みんな聴いてくれてんのに……」
「丁度一通り話し終えた所だったんだ。知り合いに挨拶しに来るくらい、いいだろう?」
「だったらちゃんと締めてこい。じゃあな」
「あっ……!」
周囲にベタベタしていると思われる前に説教しつつ、勢いそのまま肩をつかんで不満顔を強引に回れ右させて、背中を押してよろけている間に歩き出す。
打算が無いのはこいつの長所だし、山下が選挙パフォーマンスを派手にやればやる程、逆にそれに反発する人間の票は智代に流れてくるだろう。
でも、だからと言って、分別が無いと思われたら終わりだ。
もう少しその辺をわきまえてくれるなら、コソコソせずに済むのだが……。
「へ~、そんな面白そうな事してたんだ~。私も行きたかったなぁ……」
舌ったらずな眼鏡っ子は、心底残念そうに溜息をついた。
ネタを仕入れに来た門倉にゴールデンウィーク中の事を聞かれ、適当に「ずっと草野球してた」とつまらなそうに答えたのだが、予想以上に食いつかれた挙句、お隣の仁科さんまで乗ってきたので、仕方なく事のあらましを話す羽目に。
まあ、確かに退屈はしなかったが……。
「で、お前はずっと部活の取材か?」
「うん。春季大会があったからぁ、結構忙しかったよぉ」
「各部活動ごとの試合会場に足を運ばないといけないから、報道部も大変ですね」
「もちろんみんなで分担はしてるけどぉ、大会が重なる時期はいくつも会場を回らないといけなかったりするからねぇ」
「別にわざわざ行かなくても、携帯で結果だけ聞けばいいんじゃない?」
「どうしても手が回らない時はそれも仕方ないけど、やっぱり、どうせなら応援したいし、直接見た方が記事も書き易いから……」
杉坂の身も蓋も無い言葉に、さすがの門倉も苦笑する。
ジャーナリズムも義理人情の世界だ。
マメに足を運んで友好度を上げているからこそ、よりディープなネタを聞き出せるって物である。
その辺はゲームでもよくあるシステムだろう。
まあ、優先度とかはあるだろうけど……。
当然、人気の有る強い部活ほど優先され、弱小部の扱いはだんだんとぞんざいになる。
その辺もゲームでよくある事だ……。
「そう言えば、今朝は運動部系の人達も選挙の応援に出ていたけど、大会が一段落したからでしょうか?」
恐らく朝練が休みだったりしたのだろう。
なるほど、山下は前々から応援を打診していたが、運動部側の都合的に今日に集中した訳か。
そこでビラでコンボを狙ってくるあたり、やはり油断のならない相手である。
「だろうねぇ。私達は直ぐに選挙が有るし、その後も創立者祭が有るから、まだ暫くは大忙しだよぉ」
「ホント、どうしてうちの学校てこんなハードスケジュールなのかしら?せめて選挙は創立者祭の後にすればいいのに」
「でも、もし選挙が無かったら、私達も創立者祭で歌えなかったかもしれないよ」
「そうだけど、準備とかは前の代から始めて、途中で新体制にバトンタッチとか普通ありえなくない?」
「まあ、その辺はきっと“大人の事情”ってやつなんだよぉ」
何かと謎の多い学校だが、そのおかげで渚さんが舞台に立てるとも言えるか。
まあ、そもそも今の生徒会長が演劇部の復活を容認していれば済んだ事なのだが……。
「そうそう、選挙と言えば、ビラとか勝手に作って良いわけ?今朝配ってたけど……まさか、学校が費用を出してる訳じゃないよね?」
どうやら杉坂も山下はあまり好きじゃないのか、ビラに否定的な様だ。
まあ、ちょっと考えれば誰だって疑問は持つ事だろうが、興味が無ければスルーするだろうし、盲目的な信者も多いだろう。
「もちろんアレは自費でやってるんだと思うけどぉ……ん~、禁止はされて無いけど、そもそもやろうとする人が今まで居なかったんじゃないかなぁ……?」
「いくら自分の家がお金持ちだからって、あんなの卑怯じゃない!何考えてんのかしら……!」
「……そういや、奴らビラゴミはちゃんと片付けてんのか?」
「えっとぉ、大分拾ってはいたみたいだけどぉ、時間ぎりぎりまでやってたし、外でも配ってたから結構残ってるみたい」
「そうか……」
「何それ!?ゴミを散らかしてそのまんまなんて、信じらんない!!」
やはりな……どうやら、後始末の事までは計算に入れてなかった様だ。
惨状を聞いて憤慨する杉坂とは裏腹に、思わずほくそ笑む。
しかし、直ぐにそれを右手人差し指で鼻筋をかきつつ左手で肘を支える仕草で隠し、洞察せんと考える。
もしや……山下は俺が思っている以上に追い詰められていて、余裕が無いのではないか?
前の人気……いや、選挙前アンケートでは既に智代がトップだった。
山下がやる前から勝ったも同然と驕っていたなら、相当焦ったはず。
そしてその後も、選挙とまるで関係無いが、サッカー部との試合で奇跡の逆転ゴールを決めたりして、選挙とはまるで関係無い所で物凄く目立ってはいる。
俺からすれば、「演説とかで勝負しろよ」と思うのだが、山下的に気が気じゃないかもしれない。
だとすると、リスクや粗の有る作戦を取ってくる事も十分有り得るだろう。
問題は、『追い詰められた奴が、次に何をしてくるか?』と言う事だ。
「門倉、一つ言付けを頼んでいいか?」
「ん?智代ちゃんに?」
「……まだ誰とは言って無いだろ……まあ、当たってるが……」
「えへへぇ」
にこにこと屈託の無い笑顔が、かえってこちらの思考の全てを見透かされている様で怖い。
「何よ。彼女なんだから、直接会いに行って伝えればいいじゃない」
「いや、だから……もういい……」
そして、白い目で茶々を入れてくる杉坂への反論を堪えると、俺は門倉にメッセージを託した。