表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/159

第二章 5月5日 最後の思い出

 「ちっ……やっぱ勝負してこねえか……」

 キャッチャーが立ち上がりボックスを外したのを見て、秋生さんが舌打ちする。

 ツーアウト・一三塁のこの場面で、相手チームは俺を敬遠して塁を埋める満塁策を選んだのだ。

 「マズイはね……このままじゃ負け確定じゃない」

 「卑怯だぞ!勝負しろよピッチャー!」

 「まあ、当然の作戦だな。次は春原だし」

 「えっ……?」

 反撃ムードに沸いていたベンチが消沈したのを感じて反射的に野次を飛ばした春原さんだったが、岡崎さんの一言でようやく肝心な事に気づいた模様。

 「くっそォ、なめやがって!川上と勝負するよか、僕と勝負した方が良いってのかよ!?」

 「当然だな」

 「当然ね」

 「なんでだよ!?川上だって、今日ヒット一本も無いだろ!!」

 「川上は、相手のファインプレーで阻止されはしたが、ホームラン性の当たりを打ってるからな」

 「てか、あんた一人でいったい幾つアウト取られたと思ってんのよ?五つよ!五つ!!」

 「僕だってたまたま運が悪かっただけだろ!『弘法も川に落ちる』ってね!」

 「そりゃあ、落ちた事くらいあるかもな」

 「だろ?『鬼の顔も三度まで』とも言うしね」

 「それを言うなら『仏の顔も三度まで』!意味も違うし、さっきのは『弘法も筆の誤り』だよ……」

 我流のことわざを披露しながら得意顔の春原さんに、呆れる杏さんと適当な返事をする岡崎さんに代わり、妹さんが赤面しながらつっこむ。

 きっと、悪い事も三回までと言う意味なのだろう……多分。

 「大丈夫です!」

 すると、4人のやりとりを聞いていた渚さんが、拳を握りながら力強く言った。

 それを聞いて自信を取り戻したか、春原さんがどや顔に戻る。

 「さすが渚ちゃん!わかってるねえ……」

 「はい!きっとオーちゃんが何とかしてくれると思います!」

 「そう、オーちゃんが……って川上ィ!?」

 渚さんの天然にずっこける春原さん。

 だが、杏さんは冷静に異論を唱える。

 「そりゃあ陽平に回ったらそこで試合終了だから川上に期待するしかないけど、でも、敬遠てバッターがどうにか出来る物じゃないんじゃない?」

 「だな……まあ、智代も塁に出てるから、あの二人なら何かやりそうではあるけど……今回ばかりはさすがに厳しいかもな……」

 



 「ワンボール!」

 俺が立つ三塁側の右打席とは反対側の左打席上―――どうやってもバットが届かない距離を緩やかな山なりボールが通過していく。

 昔は飛びついて打っても良かったらしいが、今は打った後でも着地した時に打席から出ていたらアウトになるのでそれは無理だ。

 つまり、完全に敬遠されるとまず打てないのが常識だ。

 だが、悪いが事野球においては(も?)春原先輩はアテになりそうもにので、このまま大人しく歩かされる訳にもいかない。

 まあ、敬遠は想定していた事だしな。

 「タイムお願いします」

 「タイム!」

 俺は一度タイムを取ると、足元をならす振りをしつつ、あえて敬遠されるボールから最も遠くなる打席の一番端に立って構え直す。

 投手を錯覚させ、少しでもベース寄りに投げさせた所を打つ作戦だ。

 「プレイ!」

 

 シュッ


 「ボール・ツー!」

 しかし、簡単にひっかってくれるはずもなく、ボールは一球目とほぼ同じ所に。

 てか、失敗したな……どうせやるなら最初からやるべきだったか。

 こうなると、もう打つ手も無くなって来る。

 後は足掻くしかない。

 

 シュッ


 おおっ!!

 「ストライーク!」

 三球目、どよめきと共にストライクがコールされた。

 振ってやった。

 敬遠のボールを構わずその場でフルスイングしてやったのだ。

 「あいつまさか……わざと敬遠の球振って勝負をさそってやがるのか!?」

 「なんだって!?振るな川上ー!!大人しく僕に任せろー!!」

 春原さんの制止の叫びも、聞こえない振りして四球目もフルスイング。

 これでカウントはツーストライク・ツーボール。

 相手は甲子園まで出た身だ。

 素人の高校生にここまでやられて、プライドが傷つかぬはずもあるまい。

 ダメ押しに相手ピッチャーを真っ直ぐ見据え、「いざ、尋常に勝負!」と瞳で訴えかけながら構えをとる。

 次が勝負の一球になる。

 狙い球は、当然決め球のスライダー。

 ピッチャーは一度だけキャッチャーにうなずくと、セットポジションから投球モーションに入る。

 と、その時だった。

 「走った!」

 真っ先に警告を発したのは、外野の河南子だった。

 今までほとんど三塁に張り付いていたランナーの智代が、スタートを切ったのだ。

 

 シュッ


 にもかかわらず、ボールを投じた相手ピッチャーは口端に笑みさえ浮かべている。

 俺の挑発に乗る事なく、敬遠して来たのだ。

 これでは俺は打つ事は出来ない。

 後はキャッチャーがボールを捕り、飛んで火に入る智代にタッチすればいいだけの簡単な仕事……のはずだった。

 「!?」

 しかし、相手バッテリーの余裕の笑みは直ぐに驚愕へと変わった。

 今まさに俺の目の前をボールが通過する時点で、既に智代は背中越しに気配を感じられる距離まで来ていたからだ。

 このまま、一塁寄りの左打席に投げられた球を捕ってから、三塁から来るランナーをタッチにいくとなると、かなり際どいタイミングになる。

 彼らはここで初めて俺の真の狙いが“囮”であった事に気づいただろう。

 敬遠される可能性を見越し、俺達はホームスチールを成功させるべく事前に打ち合わせをしていた。

 俺が無理にでも敬遠球を打とうとする事で、コントロールに自信の有る相手により丁寧に俺が届かない範囲=より三塁から遠い場所に投げさせ、ランナーへの警戒もこちらにむけさせたのだ。

 後は、坂上智代の脅威の足を信じるだけである。

 「ぬおぉぉぉっ!」

 少し跳ねながらボールをキャッチした捕手が、そのまま三塁側に倒れこむ様にしてブロックに行く。

 だが、


 シュン!


 「消えた!?」

 少女の身体は美しい肢体の残像を残しながらキャッチャーの視界から消え、難なく障害物をかわし長い脚でベースを踏んだ。

 「セーフ!!セーーーフ!!!」

 審判が両手を水平に伸ばしながら、大事な事なので2回コールする。

 最終回7回裏、俺達は何とか土壇場で追いつく事が出来たのだ。

 「ナイスラン!よくやった!」

 「うん!お前の為にも負ける訳にはいかないからな……あっ、そうだ!」

 褒めてやると嬉しそうに頷き、そして思い出した様に両手を伸ばし抱きついてきた。

 全力で走った後の荒い吐息と汗のにおいがやけに艶かしく、汗ばみ触れ合った互いの肌の火照りに心拍数も跳ね上がる。

 「ちょっ、お前な……」

 「スポーツでは、嬉しい時にはこうやって喜び合う物なのだろう?」

 「やってもいいが、まだ試合中だ。早く離れろ」

 「いいじゃないか……少しの間くらい」

 「良くないっての!」

 おもいっきり周囲の注目を浴び、ピューピューと指笛まで聞こえてきた事もあり、肩を掴んで少々強引に押し剥がす。

 すると智代は少し不満気に口を尖らせたが「まあ、そうだな」とベンチに引き上げていった。

 何にせよ、これで8対8の同点。

 延長戦は無いから、これで終わっても俺達の負けはなくなった。

 引き続き俺の打席でカウントはツーストライク・スリーボールのフルカウント。

 さて、歩かせる意味の無くなった今、相手はどうくるか……?

 次の相手出方を予想していた俺だったが、捕手が返球した瞬間、まったくの予想外の事が起こる。

 「また走った!」

 河南子の声に、一瞬俺も何事かわからず首を振って周囲を見渡した。

 そうして見つけた物は……ホームに向かって走ってくるもう一人の少女の姿だった。

 連続ホームスチール……だと!?

 一塁に居た彼女は、智代が本盗を決めて衆目を集めている間に人知れず三塁まで進み、そして仕切り直しとなって全ての人間が一息ついたその間隙を衝いてきたのだった。

 慌てて返球を前に出ながら捕ったピッチャーが、すぐさま返球し返す。

 智代の時以上に際どいタイミング。

 途中でかぶっていた彼女のヘルメットが落ち、ピコンと出た大きなリボンが頭に羽が生えた様に見えた。

 そして彼女はそのまま、ヘッドスライディングでホームにつっこむ。


 ザザーーーーーー!!


 巻き上がった砂煙がランナーと捕手の姿を覆い隠す。

 そしてそれが晴れた時……彼女の手はベースと捕手のミットの間にあった。

 「セーフ!!セーーーフ!!」

 勝っ……た?

 俺達勝っちゃったのか!?

 「やったー!!やったわオーキ君!!」

 あまりの事に呆然としていると、起き上がった少女も俺に飛びついてくる。

 それにドギマギしていると、更にほっぺにチュッと暖かく柔らかい感触が。

 不意打ちに不意打ちを重ねられ、さすがに頭が真っ白になる。

 「何をしているんだお前はぁっ!!」

 ホームにつっこんだ時よりも更に猛然とやってきた智代が、腕を掴み万力の様な力でギュウッと抱き締めながら力任せに引っ張ってくる。

 「あら?スポーツじゃ、これぐらい当たり前でしょ?あなただってやってたじゃない」

 「だからって、キスはやり過ぎだ!人前で恥ずかしくないのか!?」

 「こんなの海外じゃ挨拶みたいな物よ。ねえオーキ君?」

 「ああっ、もうっ、いいから離れろ!まだちゃんと試合終わってねえんだぞ!」

 ベンチ居たみんなも集まってきたと言うのに、これでは本当にいい晒し者だ。

 



 こうして、今年の対抗戦は古河ベイカーズが勝利を収める事が出来た。

 だが、俺達の本当の戦いはむしろここから始まる。

 まずは、ゴールデンウィーク明けの選挙戦。

 そして、その先にある桜並木を守る戦いは、これまでとは比べ物にならない程過酷な物となるだろう。

 でも、あいつとなら、俺達ふたりならきっとできる。

 そう信じている。

 あの日のふたりの誓いを、後悔しない為に___。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ