第二章 5月5日 危険な猛特訓!
さて、どう説明した物か……?
こいつがホームランボールを撃ち落した事はまず間違いないだろうが、それを信じてもらえるかどうか?
そもそも、本当の事を言ってホームランを認めるべきだろうか?
渚さんの事も考えると、このまま風の仕業にした方がいいんじゃ……?
「オーキ!」
新たな仲間を連れ、どうすべきか考えながら戻っていると、グラウンドに降りる階段にさしかかった所で上がってきたクマさん、いや、智代とばったり会った。
心なしか表情が険しい。
何かあったか?
判定が覆らず、試合再開が決まったとか……?
「どうしてそいつが一緒なんだ?」
ただの嫉妬かよ!
「援軍だ。河南子が寝返って、うちには今控えが居ないんだ。必要だろ?渚さん……古河先輩も限界だしな……」
「古河さんか……後ろから見ていても、肩で息をしていて凄く辛そうだ……どうにかならないのか?」
「だから、渚さんの交代要員が必要だと言ってるだろ」
「ああ……そういう事か……」
実につまらなそうに智代は納得した。
まあいい。ついでに例の件を話しておこう。
「なら、そいつがピッチャーをやるのか?」
「いや、ピッチャーはお前だ」
グラウンドに戻ると、審判に抗議している春原さん以外全員マウンドの渚さんのもとに集まっていた。
そうだな……まずは彼女に真相を告げるべきだろう。
「おっ、川上、何かわかったか?」
意を決してそちらに向かって行くと、こちらに気づいた岡崎さんに先に訊かれた。
振り返った渚さんと目が合い、思わずペコっと小さく頭を下げる。
不測の事態に当惑してはいる様だが、それ程落ち込んではいなそうだ。
「実は……こいつが撃ち落したっぽいです」
連れて来た背後の容疑者を親指で指しながら、単刀直入に真相を告げる。
「ええっ!?」
「撃ち落したって、銃か何かで飛んでた球を撃ったって事?」
「はい……」
皆の視線が一斉に女ゴルゴに集まる。
すると彼女は無言のまま、照れた様にニコリと笑って誤魔化す。
「マジかよ……確かにそいつ、昨日のゾリオンでもおっさんと互角に戦ってたから、凄えのは知ってるけど……」
「でも、あれはただの光線銃でしょ?」
「ああ、こいつモデルガンみたいなのも持ってるんで、それかと」
「えっ!?何故それを……って、昨日自分で突きつけたんだろうが!」
つっこむ前にセルフつっこみをしていた。
「最近のモデルガンて、そんなに威力有るんだ……一つ買ってみようかしら……?」
「じゃあ、やっぱりホームランて事になる訳?」
「……実際に当たったかどうかも、風の仕業では無いと言う証拠もありませんが……」
俺が尋ねる様に渚さんに視線を向けると、他の皆もそれに倣う。
いや、渚さんの背後に居た河南子だけは一人ニヤニヤして俺を見ていたが……。
答えはわかっていた。
だが、あえて渚さんに……って、河南子!?
「河南子!!どうして敵チームのおまえがここに居るんだ!?」
気づいた智代先輩がすかさず尋問する。
だが、それにまったく怯む事なくスパイは不敵に笑う。
「ふっふっふっ……確かに真相を聴きましたよ……犯人はおまえだ!!」
そう言って河南子探偵は自信満々に俺を指した。
「違う。こいつだ」
訂正しながら智代がその指を掴んで真犯人に向ける。
「ふっ、引っかかりましたね先輩!今のは自供を促す為のトリックですよ!」
「なっ……しまったーーー!!」
嵌められたと知って、ガックリと智代は膝をつく。
実は自供でも何でも無いのだが、勢いだけでこうも容易く坂上智代に膝をつかせるとは……。
まあ、今はそんな事はどうでもいい。
俺は丁度いい位置に来ていた智代の頭をぽんぽんと叩いて慰めつつ、再び渚さんと目を合わせ頷く。
彼女は更に岡崎さんともアイコンタクトを交わしてから、深呼吸をして口を開いた。
「あの……さっきのはホームランだと思います」
「なるほど。あくまでシラを切る訳ですね……って、何ぃ!?」
渚さんがあっさりホームランと認めた為、似非探偵が逆に驚く。
「わたしの所為で逆転されてしまう事は、みなさんに凄く申し訳ないです。でも、坂上さんの後輩さんだって正々堂々勝負してホームランを打ったんです。それなのに、ルールに違反しているのに黙っているのはフェアじゃないと思います」
「まっ、あんたならそう言うと思ったわ」
「そうね。証拠が無いからと突っぱねて変にしこりを残すより、素直に認めて取り返す事を考えた方がずっといいと思う」
「私も、渚ちゃんの為にも頑張るの」
俺があれこれ考える必要は無かったな……。
チームの結束がかえって強まったのを見てとり、フッと自嘲する。
「そう言う訳だ。ホームランにしてやるから、安心して帰れ」
「何だ、その上から目線は?まあ、いいでしょう。これからもお互いスポーツマンシップに則って戦いましょう」
しっしっと追い返そうとすると、河南子はドヤ顔で腕組みしたままベンチに戻っていった。
部外者が十分離れたのを見届けてから、俺は向き直って今後のプランについて話しはじめる。
「古河先輩、まだ投げられますか?」
「それは……大分休めたので投げる事は出来ますが……このままわたしがピッチャーでいていいのでしょうか?」
「普段から練習している訳でもない先輩が一試合投げ抜けたら、物凄い事ですよ。秋生さんもそこまで出来るとは思ってないと思います」
「それじゃあ……」
「具体的な事は秋生さんとも相談しないとですが……控えも見つかったので、辛くなったらいつでも言ってください」
「控えって……ああ、その子ね」
「じゃあ、リリーフもそいつがやるのか?」
「いえ、こいつも野球はやった事無いらしいんで、坂上か藤林先輩か、春原先輩になると思います」
「春原にやらせたら負け確定だな」
「それだけは避けたいわね……実質、智代とあたししか居ないか……」
「ま、まあ、そんな訳なんで、気楽にいきましょ」
「わかりました」
渚さんが笑顔になったのを確認して、俺は秋生さんと審判の方に向かう。
プレッシャーかけたくないのでああ言ったが、実際は練習時間も欲しいので、何とかこの回だけでも踏ん張って欲しいのが本音だ。
事情を説明すると、春原さんはそれでもゴネたが、秋生さんがすんなり受け入れた事で判定はホームランという事で落着した。
秋生さんは勝負事に熱くなる人だが、本来細かい事にケチをつける様な度量の狭い人ではない。
半分は愛娘を想うが余りの抗議であり、もう半分は渚さんを少しでも休ませる為の作戦だったのだろう。
河南子のスリーランにより、ついに逆転されて7対8。
四回表、ツーアウト、バッターは5番から試合は再開された。
しかし、やはり体力的に限界なのかボールが先行してしまい、5番6番をフォアボールで出してしまう。
そして続く7番。
カキーン!
セカンドの妹さんが飛びつくも届かず、抜けた打球はセンターとライトの中間辺りに転がった。
それを見て二塁にいた5番は鈍足ながらも三塁を蹴り、そのままホームに向かう。
ダメか……。
俺はバックホームを待ってホームベースの前に出ていたが、間に合わないと判断してだらんと構えを解いて項垂れた。
それを見て5番は余裕で間に合うと思ったか、途中まで来て走っていたペースをガクンと落とす。
「バカ!走れ!」
仲間の罵声で振り返り、焦って走りだしたが時既に遅し。
「アウトーーー!!」
ボールに追いついたライトの杏さんがイチローばりのレーザービームの如きバックホーム。
それを俺はギリギリまで項垂れたままミットだけ出してキャッチし、そのままタッチアウトにしたのだ。
元々、太……いや、中年の貫禄がある5番は走るのが遅く、全力で走るのが辛そうだった。
そこで俺は杏さんの強肩に賭け、ダメ元で“まだ返球が来ない”体を装い油断を誘った訳だが、うまくいってくれて良かった。
何とか乗り切り、四回裏のこちらの攻撃に移る。
「杏ちゃん、オーちゃん、ありがとうございます。二人ともやっぱり凄いです」
「ああ……いや……俺のはただの小細工なんで……」
「あんたやっぱああいうトコ抜け目無いわよねえ」
「それより先輩、投球練習しましょう。坂上と春原先輩も」
「おっ、ついにエースの僕の出番か!」
トリックプレイを褒められる気恥ずかさから逃げる様に、三人と協力を申し出てくれた妹さんを投球練習に連れ出す。
「とりあえず、藤林先輩と坂上同時に投げてもらいましょう。春原先輩は坂上のキャッチャーをお願いします」
「どうして私の相手が春原なんだ!?」
「何でエースの僕がキャッチャーな訳?」
智代が詰め寄りながら、春原さんが両手を頭の後ろで組みながら不満を漏らす。
「いや、藤林先輩と坂上は打順が近いので時間があまり無いですし、それにまだ四回ですから抑えの切り札の登場は早過ぎるかと」
「まあ、それは一輪有るけどさ……」
「確かめたい事が有る。時間も少ないし、とにかくやってみてくれ」
「考えが有ると言う事か……わかった」
花が?と思いつつもスルーして、智代には耳打ち戦法で諭して納得させた。
2組並んで練習開始。
「ヘイヘイヘーイ!バッチこーい!」
春原さんの掛け声と共に二人がほぼ同時に投球モーションに入り……投げた!
バシッ!
ミットが気持ちの良い音を鳴らす。
しかしそれは、杏さんのボールを受けた俺の物だけだった。
智代のボールは、相変わらずの大暴投。
「何処投げてんだ下手クソ!」
「うるさい!」
代えのボールを投げながら、春原さんの野次が飛ぶ。
続けて三球を投げてもらったが、スピードもコントロールも良い杏さんに対し、やはり智代のコントロールは定まらなかった。
球拾いをしてくれている妹さんがありがたい。
う~ん……アテが外れたか?
「お姉ちゃん、次回って来るよ」
「了解。それじゃあ、あたしの打つ番だから」
相手投手は河南子が続投し、8番の一ノ瀬さんがサードゴロに倒れた為(それでも打てただけで満足そう)、9番の岡崎さんの次に打席が回って来る杏さんが先に抜けた。
「なあ、まだ春原がキャッチャーなのか?」
それで俺がフリーになった所で、智代さんがすかさずチェンジを希望する。
「あのねえ、こんなノーコンじゃ、誰がキャッチャーでも同じだっての!一球も構えた所に来てないじゃんか!」
「おまえがごちゃごちゃ言う所為で、こっちは集中出来ないんだ!」
「まあまあ、先輩の言うとおりだ。ノーコンのお前が悪い」
とりあえず春原さんを立ててなだめつつ、目を怒らせ猛るクマさんの方に寄って行く。
「おまえまであいつの肩を持つのか!?」
「お前のノーコンは事実だろ。そんなんで、渚さんの代わりにピッチャー務まると思っているのか?」
「私だって、必死に頑張ってる古河さんと今すぐにでも代わってあげたい。でも、あいつがムカつくんだ。いちいち癪に障ることを言う……どうしておまえが受けてくれないんだ?」
「俺が受けても、コントロールは直んなかったろ?」
「それでも、あいつが受けるよりずっとマシだったはずだ」
確かに、ここ数日の練習で上達はしていた。
ストライクも暴投と同じくらいには入る様になったし……。
だが、まだまだ試合で使い物いはならない。
もっと根本的な解決策が無いかと、春原さんと組ませてみた訳だが……更に荒療治が必要と言う事か。
「わかった。俺が受けてやる」
「うん、そうしてくれ」
「でも、その前に……今度は春原さんにぶつけるつもりで投げてみろ。顔めがけてな」
荒療治の為とは言え、我ながらとても酷い事を言っていた。
「あいつの顔にか……?出来るだろうか……」
少女は行いその物にではなく、可能か不可かで迷っていた。
そこで俺は、強い眼差しで彼女を見据え後押しする。
「無理だと思ってたら、初めからピッチャーやれなんて言ってない。お前ならやれるはずだ。必ずな」
「わかった。オーキがそう言うなら、仕方がない……やってみよう」
少女は迷いを吹っ切り、“殺る”気になった。
「いくぞ春原!」
「おし、こい!」
智代は大きく振りかぶると、秋生さんを想わせるこれまで以上にダイナミックフォームで……投げた!
しゅっ!
「ごぶっ!!」
春原さんの体が後方に吹っ飛ぶ。
放たれた目にも留まらぬ豪速球が、ミットをかまえた春原さんの顔面を直撃したのだ。
成功だ!
感動と確信で全身が総毛立つ。
これでコントロールの為にセーブして投げられた球では無く、全力投球でストライクがとれるはず。
俺の目に狂いはなかった!
「おにいちゃん!!」
顔面にボールをめり込ませたまま倒れて動かない春原さんに、妹さんが血相を変えて駆け寄っていた。