CLANNAD 〜Light colors〜

第二章 ５月５日 リーサルウェポン登場

　負傷した秋生さんがピッチャーに指名したのは、まさかの渚さんだった。

　半端に投げれる奴がやるよりいいと言うのだが……それ以前の問題な気がする……。

　「えっと……あの……オーちゃん、投げますよ～」

　「どうぞ」

　「えい！」

　戸惑いながらも渚さんが投球練習に入る。

　目をつぶって全力で投げられたその球は、ゆっくりと大きな弧を描き、ふらふらと揺れながら下向きに構えたミットにギリギリ収まった。

　奇跡だ！

　正直、まず届くかどうかが不安だったのだが、ギリギリとは言え届いただけでなく、かなり際どいがストライクゾーンも掠めていた。

　それも、目をつぶって投げてだ……。

　超遅球山なりボール……確かにこれは一種の魔球と言っていいほど打ち難そうではある。

　「ナイスピー！」

　ピッチャーの気持ちを盛り上げるべく、精一杯威勢よく声をかけながら、ふわりとした山なりボールを返球する。

　渚さんはそれを少しオタオタしながらやはり目を瞑ってキャッチすると、「いきますよ～」と再び全力で魔球を投げた。

　う～ん……これは……ある意味卑怯じゃないかな……？

　負傷した父に代わって、病弱な娘さんが一生懸命投げているだ。

　こんな健気な魔球を、おもいっきり打てるのは鬼畜生だけだろう。

　三球の投球練習が終わり、先程秋生さんを怪我させた４番がヘルメットを取りぺこぺこと恐縮しながら打席に立つ。

　それに対し、ふるふると首を振り、やはりぺこぺことお辞儀を返した後、渚さんが投げる。

　「えい！」

　ブン！

　「ストライーク！バッターアウトー！」

　４番はボールの大分下を空振る。

　完全に贖罪三振だった。

　彼はもう一度一礼してから項垂れた様子で下がっていき、それをすれ違い様にドンマイと肩を叩いて慰めてから、恰幅のいい５番が打席に入る。

　「渚さん、気楽にいきましょー」

　「は、はい！」

　申し訳無さそうにしていたので、渚さんに発破をかける。

　４番は既に戦意喪失していたが……。

　「えい！」

　カン！

　打たれた！

　しかし、ふわりとした打球は数歩下がったショートの妹さんのグローブの中に。

　「アウトー！」

　あまりの球の遅さに堪えきれず、つんのめりながら泳ぐ様にして無理矢理当てた感じだった。

　「ツーアウト、ツーアウトー！」

　よしよし、テンポ良く二球でアウト二つ取れたのは大きい。

　このまま三人で終わってくれれば……。

　しかし、そうは問屋が卸さず、続く６番７番にはじっくりボールを見られ、結局フォアボールで歩かせてしまった。

　早くも見切られたか……。

　渚さんの球は正確にコントロールされて投げられてる訳では無い。

　ぶっちゃけストライクになるかどうかは運だ。

　目にも留まらぬ豪速球であれば多少の誤魔化しも効くが、この遅さではじっくりと見極められてしまう。

　打者からすれば、半分四球を狙いつつ、ストライクになりそうな物だけ打てばいい。

　四球なら心も痛まないし……。

　「ドンマイ！３点リードしてるんです。気楽にいきましょう！」

　本当に怖いのは、球数が増えれば増える程、渚さんの体力がそれだけ早く尽きてしまう事だ。

　毎日鍛えてる高校球児だって、一試合投げきるのは辛いのだ。

　病弱な渚さんの体力では、最終回までなんて持つハズがないだろう。

　早急に何かしら手を打つ必要が有る。

　にしても、今は渚さんに踏ん張ってもらう他無い。

　ストライクに入りさえすれば、手を出してくれて打ち取れる可能性は十分有る。

　ピッチャーの精神的消耗を少しでも抑える為にも、励まし続ける事が今の俺の役目だ。

　「ストライーク！」

　「えっ、入ってた？」

　「……ぎりぎり」

　辛くも８番を見逃し三振に打ち取り、この回は０点に抑える事が出来きた。

　どうやら、渚さんに同情してくれたのか、かなり甘目に判定してくれているらしい。

　審判を味方につけたのはデカイが、それでもストライクが入るのは３割程度。

　くさい所でもストライクになると解れば打ってくるだろうし、山なりボールにも慣れてくるはずだ。

　「坂上、ちょっと来い」

　「ん？ああ」

　ベンチに戻ると、智代に声をかけ裏に連れ出す。

　とりあえず、こいつに賭けてみよう。

　コントロールが定まれば、草野球レベルなら十分通用するはず。

　それでダメそうなら、杏さんに頼もう。

　「丁度良かった。私もお前に聞きたい事があったんだ」

　この辺でいいかと暫く離れた所で立ち止まると、智代の方からそう言って来た。

　「何だ？」

　「ボールを打つ時に、杏や美佐枝さんみたくボールを転がすにはどうしたらいいんだ？」

　「……」

　何かと思えば、大物スラッガーがミート打法の仕方を聞いてきやがった。

　そう言えば、さっきも何か言ってたな……。

　飛ばしたく無いって事か……？

　「バットを短く持って、力を入れずに振ってボールに当てるだけにすればいい。ダウンスイング気味にな」

　「なるほど。当てるだけにすればいいのか」

　「わざとやったら、軽蔑するけどな」

　「どうして！？」

　思いがけない俺の言葉に、智代は不満を顕わにする。

　「別にミート打法自体が悪い訳じゃない。長打より確実に出塁したい時や、フルスイングじゃ相手ピッチャーの球を打てそうに無い時には有効な打法だ」

　「なら、いいじゃないか」　

　「アホか。あくまで、その方がチームに貢献出来るならの話だ。打てるなら、ホームランがベストに決まってんだろ。そもそも、何でゴロを打ちたいんだ？」

　「そっち方が、女の子らしいじゃないか」

　「サイテーだな。やる気無いなら河南子と代われ」

　「どうしてそうなるんだ！？」

　自分で言ってて、わからないんだろうか？

　なら、ここははっきり言わねばなるまい。

　「当たり前だろうが。お前は勝つ為でもチームの為でも無く、自分の見栄の為に手を抜こうとしてるんだぞ。女らしいとか以前の問題だ。大方、相楽さんのヒットを見て思いつきで言ってるんだろうが、ベストを尽くさない人間が、どうしてあの人の様になれるんだ？」

　「！！」

　相楽さんの名前を出すと、ようやく目が覚めた様に目を見開きショックでそのまま硬直する。

　生徒会長目指してる奴が、そんなんでどうするんだ。

　カキーン！

　打撃音に目を向けると、杏さんがヒットを打ったらしく一塁へ走っていた。

　７番の妹さんがヒットで出塁し、一ノ瀬さんは三振した物の、岡崎さんがバントで妹さんを送ってツーアウト二塁。

　そして今のヒットで一・三塁となり、続くバッターは２番の相楽さんだ。

　「お前に回りそうだぞ」

　「あ、ああ……わかった……」

　智代はまだ気持ちが整理出来ていない様だったが、相手ピッチャーの事も気になるので、かまわず声だけかけて先にベンチに戻る。

　この状況で、敵のピッチャーはどうくるだろう？

　本気で抑えに来るのか、あるいは……？

　カキーン！

　相楽さんがワンストライク・ワンボールからの三球目を綺麗に流し打ちし、打球はライト線の深い所へ。

　「回れ回れー！」

　三塁の妹さんに続いて一塁の杏さんが生還し、打った相楽さんは二塁へ。

　これでスコアは５対０となった。

　ここでバッターは３番・智代。

　一度首だけ捻ってこちらをチラリと見てから、打席に入る。

　相手投手はまだプライドが許さないのか、コースをついてはいるが女子には変化球を投げていない。

　そして、智代に対しても、初球は抉る様な内角低めの直球からだった。

　普通のバッターであれば、当たる事を恐れてまず手が出ないであろう絶妙なコース。

　だが、坂上智代は伊達じゃない！

　シュッ！

　ガッキーン！！

　智代の身体が一瞬、残像を残しながら後方にスライドしたかと思うと、竜巻の如きアッパースイングで弾き返し、打球は文字通りの弾丸ライナーでスタンドに突き刺さった。

　女子高生に二打席連続ホームランを浴び、相手ピッチャーはガックリと崩れ落ちる。

　ツーランホームランで７対０。

　「全力で打ったぞ」

　祝福を受けながら戻ってきた智代が、不貞腐れた様に言う。

　俺はヘルメットをかぶりながらゆっくりと立ち上がり、ぽんぽんと軽く頭を叩きながら、

　「よくやった」

　と、一言労ってネクストバッターズサークルに向かった。

　４番の渚さんが三球三振し、三回表の攻撃に。

　最初のバッターである９番を歩かせると、続く１番はサードへの凡フライ。

　だったのだが、春原さんがこれをエラー。

　更に焦ってセカンドへの送球もそらしてしまい、杏さんがフォローした物の無死・一二塁に。

　「何をやってるんだ！」

　「何処投げてんのよ！」

　「おにぃちゃ～ん……」

　たちまち非難の嵐に。

　続く２番は、

　カキーン！

　打球は三遊間を抜けレフト前に、それをダッシュして取った智代が三塁に投げる。

　「春原！！」

　「うごっ！！」

　悪い予感的中！これが春原さんの顔面を直撃し、春原さんがダウン。

　それを見て９番は三塁を回り、ショートの相楽さんが転がったボールを拾ってバックホーム。

　「くっ！」

　だが、俺は間に合わないと判断し、あえてタッチにはいかず前に出て捕り直ぐさまサードに投げ返す。

　「アウト！」

　三塁にカバーに入った相楽さんが、一番をタッチアウトに。

　「ナイスカバー！」

　しかし、今ので一点返されてしまった。

　う～ん……味方のミスでとは言え、渚さんが気にしないといいが……。

　「ドンマイ！まだ一点返されただけです。落ち着いていきましょう」

　危惧した通り、渚さんはストライクが入らなくなり、三番もフォアボールで歩かせてしまった。

　ワンアウト・一二塁。

　ここで本来なら最も怖い４番の登場だが……俺はそこまで不安を覚えなかった。

　恐らく、秋生さんを怪我させた事をまだ悔い、全力は出せないはず。

　そう高をくくっていたのだが……予想外の事が起きた。

　「バッター交代。代打松井」

　何と、４番に代打を送ってきたのだ。

　思い切った事をしたな……でも、メンタル的に戦力にならないなら妥当な判断だろう。

　そう思いながら打席に立とうとする打者に目を向けた俺は、驚愕のあまり思わずマスクを取りながら立ち上がって凝視した。

　「ＨＥＹ！ＨＥＹ！ＨＥ～Ｙ！ 」

　外人ぽくバットをゆらゆら回しながら打席に立ったのは、なんと女の子だった。

　て、言うか河南子だ。

　「どうしておまえがそっちのチームで出てるんだ！！」

　レフトから智代がつっこむ。

　「移籍しました」

　まったく悪びれた様子も無く、しれっと答える。

　「違約金を払え」

　「んだ？ぺっぺっぺっ！」

　「なっ！？てめっ！！」

　暗にアイスを返せと主張すると、上から唾攻撃してきやがった！！

　「君、唾を吐いちゃいかんよ」

　「はいはい、もう返し終わりましたんで」

　唾がアイスの違約金かよ！

　審判に注意されても、マイペースで余裕でかわす。

　「河南子！ちゃんと説明しないか！」

　「うっ……！」

　しかし、怖い智代先輩が目を怒らせながらホームに向かって来るとさすがにちょっと怯み、後頭部をかきながら言い訳を始めた。

　「いや～、やっぱりこっちの方がちゃんとした勝負になるかな～って……」

　「だからって……」

　「いいよ坂上。戻れ」

　俺は智代の言葉を遮り、押すジェスチャーで帰らせる。

　そうしてから、河南子に目を向け訊いた。

　「いいんだな？」

　「へへっ……このあたしを敵に回した事を、後悔させてやるぜ」

　「お前が勝手に敵になったんだろうが……まあ、いい。あちらのチームに迷惑かけんなよ」

　「余計なお世話だってーの」

　やれやれとミットをかぶり、「すみません」と審判に恐縮してプレイ再開。

　まさか、敵チームに取り入るとは……。

　まあ、昔っから何故か妙に人に好かれると言うか、合気道の道場でも可愛がられていたからな……。

　マジで戦力として期待してたんだが、これ以上相手チームに迷惑かける訳にもいかない。

　ここは仕方ないと割り切ろう。

　「えいっ！」

　一生懸命その物の渚さんが、超遅球山なりボールを投げる。

　それに対して、河南子は早めに投手側の左足を一度上げて引き付けタイミングを取ると、

　「チャー、シュー……」

　前に大きく踏み出しながら腰を落とし、突き上げる様なアッパースイングを開始する。

　「メェェェ～～～～～～ン！！」

　カキーン！！

　ジャストミートしたその打球は大きな弧を描き、レフトスタンドに消えた。