表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/159

4月10日:カテナチオ

 「くっ…!」

 何度目かの回転後、その勢いを利用して態勢を立て直し、片膝をついて顔をあげる。

 だが、警戒した追撃は無かった。

 まさかと視線を向けると、風になびく長い髪が、扉の中へと消えていく。

 どうやら俺を蹴った後、一目散に走り去った様だ。

 マズイな……。

 これは、完全に信じこんだか?

 てか、まさか今の一撃で終わった事にされた?

 何にせよすぐに追撃せねば、このままでは負けた事になる。 

 それじゃあ、全てが台無しだ。

 足に力を入れ立ち上がりながら、瞬時にダメージをチェックする。


 黙想……


 左頬がかなり痛い。右のハイキックの威力を“殺しきれなかった”せいだ。

 攻撃に逆らわず、わざと派手に吹っ飛んで尚これ程のダメージ。

 なるほど、とんでもねえ蹴りだ。そして出鱈目に疾い。

 確かに並みの奴等ならひとたまりもないだろう。

 それと威力を逃がす為に捻った首に多少のむち打ちと、若干まだ頭がクラクラする。

 後は転がった時の全身の軽い痛み。まあ、これは逆に気合が入るか。

 予想以上に効いた。

 おかげで、屋上から逃げられるという誤算が生じた訳だが。

 でもまあ、こうしてすぐに立てるのだから、俺なら何とかなるって事だ。

 むしろ、アイツの言葉の方が痛かった……。

 ああっ、そうだな……だからこそ俺は、負ける訳にはいかねえんだ!

 アイツに、“大事な事”を教える為にも……。

 

 全身に力が沸いてくる。

 よし、いける!

 まずはアイツに追いつかねばな。

 蹴られたダメージよりも、そっちの方がキツそうだが……。

 

 階段には、すでに坂上の姿は無い。

 飛び降りるように数段飛ばしで駆け下りて3階の踊り場で2択を迫られる。

 俺達2年の教室があるのは2階だ。

 だが俺は、迷わず3階の廊下へと躍り出た。

 いた!

 教室のある棟とは逆の、人気の無い特別教室棟の廊下に疾走する彼女の姿を見つける。

 やはりな。喰った物を吐き出す為に、トイレに向っているのだろう。

 しかしかなり離されていて、このままでは追いつけそうにない。

 「コラ!廊下を走るな!」

 半分ダメ元で叫んだのだが、効果は絶大だった。

 坂上は一度ピタリと止まると、カクカクとぎこちない早歩きに切り替える。

 まあ、人に屋上に入る事を注意するような奴だ。そうでなくては。

 よし、これで追いつける。

 そう思った矢先、俺の声だと気付いたのか、坂上は再び立ち止り一度こちらを窺った。

 軽い驚きと、当然の敵意。

 完全に向き直ると、坂上は全身に怒気を漲らせ、仁王立ちで俺を待ち受ける。

 「待てよ。アレで終わりにされても困る」

 「……うざい!」

 吐き捨てる様な呟きと残像を残し、再び彼女の姿が掻き消える。

 瞬時にして俺の足元の死角に侵入し、そこから突き上げる槍の様な蹴りを放つ。

 ガッ!!

 「!」

 だが、驚きの表情を浮かべたのは、坂上の方だった。

 腹を貫かんとするその蹴りを、俺は咄嗟に左足を上げてブロックしていたのだ。

 “目視出来ていた”訳ではない。 

 ただ“読めていた”のだ。

 しかし、坂上も伊達に場数を踏んではいない。

 瞬時にその長い蹴り足を器用にたたんで納めると、低い体勢のまま床についた手を軸に回転しながら、今度は左足で俺の軸足である右足を払いにくる。

 下手なブロックや回避は間に合わない。

 「なっ!?ッ!!」

 俺はそれを、つま先の向きを変え踏ん張るだけで、大木の如く受け止め跳ね返してのけた。

 跳ね返った力は当然彼女の足を襲う。

 たまらず苦痛に顔を歪めながら、坂上は右足と全身のバネで飛び退いて距離をとる。

 「大丈夫か?足」

 思わずマジで心配してしまう。

 彼女の細く長くしなやかな足が切れ味鋭く美しい“日本刀”なら、俺の丸太の様な足はさながら頑丈さと重量で叩き斬る為に作られた無骨な“大剣”だ。

 身長の割りに重い俺と、彼女との体重差は10kg近くあるだろう。

 武器としての性能はともかく、単純に打ち合えばどちらのダメージが大きいかは明白である。

 「お前の蹴りは既に“見切った”。あの一撃で倒せなかったお前の負けだ」

 痺れているのか左足を引きずる様にしながらも、鋭く攻撃的な視線で俺を威圧し牽制する彼女に対し、俺はそれをあえて見逃す余裕と尊大さを見せ付ける。

 まあ、半分“はったり”だ。

 だが、自分の最も得意とする武器を“見切った”などと言われれば、自信を喪失するにしろ、憤慨するにしろ、穏やかではいられまい。

 そして同時にこれは、自分への暗示であり、誓約ゲーシュとなる。

 これでコイツの蹴りは俺には効かないし、効く訳にはいかなくなった。

 「せっかくあげたカツサンドを、吐き出されたらかなわんしな。どうだ?その身に時を刻み始めた時限式の爆弾を抱えた気分は?」

 冷淡な微笑を浮かべながら嫌味ったらしく訊いてやる。

 やばいな…悪役はまりそうだ。

 「…お前の様な卑怯で下劣な男は初めてだ!」

 「そいつはラッキーだったな。そう、お前が今まで勝ち続けてこれたのも、単に運が良かっただけの事。たまたま自分より強い奴と戦わずに済んできただけだ。その運も、今日で尽きたがな」

 「フッ、人を騙して睡眠薬を飲ませるような男が、私より強いと言うのか?笑わせる」

 ここにきて坂上は不敵に笑ってみせた。

 大した物だ。

 足の痺れは治まった…と言ったところか。

 だがその余裕も、俺の一言で鬼の形相へと変わる。

 「はあ?チョット弱みを見せて優しくしたら、コロッと騙された奴が何を言ってる?」

 「ッ!!」

 「これは一体何のスポーツだ?たった一人の女に数人がかりで挑むのも有り。木刀や鉄パイプ、刀を使うのも有り。だったら睡眠薬を使うのも、弱味を握ってそこにつけこむのも、本人を直接狙わず家族や友人を狙うのも、“何でも有り”じゃないのか?」

 「……」

 「そして、“何でも有り”なら、誰よりも卑怯で下劣な俺が“最強”だ」

 「……黙れ!」

 「でも、ある意味お前はラッキーだ。何しろ初めての相手が俺なんだからな。どこぞの馬の骨共に負けていれば、何人もの男達に群がられ、入れ替わり立ち代り相手をさせられていたかもしれないんだ。それと比べれば、むしろ光栄だろ?」

 「黙れと言ってるんだ!!」

 その咆哮と共に空気が一変し戦慄が走る。

 どうやら俺は、思い違いをしていたらしい。

 あの長い髪を逆立て全身からオーラを発している…かと錯覚を覚えるほどの覇気。

 寒気で全身の毛が総毛立ち、同時にその全ての毛穴から汗が噴き出てくる。

 その鋭く据わった眼光は、ただ目の前の獲物である俺しか見えていない様だ。

 これが本当の、“この町最強の少女”『坂上智代』か。

 やばい……やべえよ……!!

 ちょっとまっすぐ立てなくなってきた。

 生命の危険を感じ、種の保存本能がそうさせたか。

 はたまた優秀な遺伝子を持つ雌を屈服させたいという雄としての支配欲か。

 いや、理屈なんてどうでもいい。

 俺は自分にもはや殺意にも似た敵意を向けてくる目の前の少女を、世界にただ一人立つかの様な凛としたその姿を、神々しいまでに神聖で美しく、たまらなく魅力的で、押し倒してやりたい程かっこいいと思っていた。

 なるほど。こんな女を月下で見れば、甲冑を着た戦乙女にでも見えそうだ。 


 黙想……


 一瞬だけ瞳を閉じ、右手に意識を集中させる。

 

 君にずっと逢いたかった。


 俺と同じ“灰色の世界”を見ているかもしれない君と…………。


 一陣の突風が巻き起こり、それが嵐へと変じる。

 初手のハイキックを何とか両手でブロックするも、上がったブロックの隙間に間髪入れず放たれる蹴りの速射砲。

 「ぐうッ!」

 とてもガードは追いつかない。

 何とか肝臓や鳩尾と言った急所への直撃だけを防ぎつつ、残りは腹筋と気合で耐える。

 そしてガードが下がったと見るや、嵐は竜巻へと昇華する。

 髪でその軌跡を描きながら回転し放たれるローリングソバット。

 ドンッ!!

 ガードした腕がミシリと軋みをあげ、そのまま後方に吹っ飛ばされながらも、それを利用して何とか距離をとった。

 「どうした?私の蹴りは見切ったんじゃなかったのか?」

 乱れた髪をバッと手で払いながら、見下した様に感情を殺した声で訊いてくる。

 だから余裕の笑みで答えてやった。

 「ああ。だから一つ忠告しておいてやる」

 「…言ってみろ」

 「そんな短いスカートで暴れるから、さっきからチラチラ白いの見えてるぞ」

 「お前は…!!」

 『何を見切ってるんだ!』とでもつっこんで欲しかったが、代わりに激昂し言葉を失った彼女の足が飛んでくる。

 脇腹を狙ったそれは、何だかんだで俺の忠告を意識した物に思えた。

 が、その軌道が、当たる直前で跳ね上がる。

 「うお!?」

 咄嗟にのけ反りながら首を捻ってそれをかわそうとするも、蹴りは俺の頬を捕らえた。

 「!?」

 しかし驚愕の度合いは、はるかに坂上の方が上だろう。

 何しろ、俺は食らいながらも、その戻り際の彼女の足首を掴んだのだから。

 まさに肉を切らせて何とやら。

 彼女の蹴りが変化し、それゆえに威力が半減したからこそ出来た芸当だった。

 「くっ、離せ!!」

 「だから、見えるつってるだろ?」

 片足を高く上げたままの体勢は、もはやチラどころの騒ぎではなく、その白きデルタ地帯の眩さにさすがに照れ臭くなって視線を逸らす。

 「うわあああああああああああああ!!」

 「っ!?」

 狂乱したかの様な叫びを上げ、坂上は片足を捕られているにもかかわらず、残りの足で踏み切り、その足で無数の蹴りを乱射してくる。

 ドガガガガガガガガガ!!

 狙いなんてあってない様な物だが、こんな無茶な体勢から空中で蹴りを撃ちまくるとか、一体どんな身体能力してんだこいつは?

 たまらず手を離すと、坂上は空中で後方に回転しながら片手のみでバク転を決めその勢いで距離をとった。

 「大丈夫かお前?」

 「思いっきりパンツを見られて、大丈夫な訳無いだろ!!」

 羞恥と怒りで真っ赤になりながら怒鳴り返してくる。

 あんな無理な体勢から蹴りを撃って、筋とか痛めてないかという意味だったのだが…まあ、特に問題無さそうだ。

 抜群の柔軟性と、日本人離れ、いや人間離れした全身の“バネ”。

 それが見た目は普通の少女でしかない坂上智代の、出鱈目な強さの秘密なのだろう。

 早い話、天然の“ゴムゴム人間”と言えばわかってもらえるだろうか。

 一度身体の隅々までじっくりたっぷり調べてみたい物だ。

 「忠告しておいて何だが、今更パンツなんて気にしてもしょうがないんじゃないか?後数分もすれば、パンツを見られるどころじゃ済まなくなるんだからな」

 「お前みたいな奴に……!!」

 再び長い攻防が始まる。

 もし傍から観ている者が居れば、どう観ても俺が一方的にやられているようにしか見えないだろう。

 坂上の息をもつかせぬ疾風怒涛の攻撃の前に、俺は反撃どころか致命打を防ぐのがやっとだ。

 しかし、実際精神的に追い詰められているのは、坂上の方なのである。

 裏切られ、騙されたショック。いつ効き目が現れるかも分からない睡眠薬の恐怖。そして、どれだけ攻撃を受けようとも、倒れるどころか余裕の笑みすら浮かべる俺。

 ある意味、完全に逆上しているからこそ戦意を保てている様な物だろう。

 それこそが術中なのだが。

 坂上は俺の三倍は疾い。

 だが彼女は素直すぎる。

 強すぎる瞳の光が、ダイナミックに動きすぎる身体が、オーラの様に発散される“氣”が、俺に次の攻撃の狙いとタイミングを教えてくれる。

 そしてまた、彼女の攻撃は荒く、全てが思いつきだ。

 そのあまりの疾さと威力ゆえに気付く人間はそうは居ないだろうが、的確にこちらの急所をついてきたり、高度な戦術性のある連続技という物が無い。

 繋がっているように見えるのは、回転が速過ぎるからだ。

 だから初めから食らう覚悟で、やばい攻撃のみ食らわなければ、我慢は出来る

 もしこの疾さで的確に急所のみを確実な連続技で狙われれば、俺とて防ぎようが無かっただろう。

 例えるなら、“MAX160キロを投げる熱血超剛腕投手”だ。

 ストライクに入りさえすれば、打てる人間は滅多に居ない。

 運が良ければ甲子園優勝くらい出来るかもしれない。

 だが、プロの世界では、それだけでは通用しなくなる。

 ただ速いだけの球なら、打てる人間はごろごろいる。

 コントロールが良くなければ、無駄球や四球が増え、体力の消耗が早くなる。

 状況を冷静に把握し、的確な判断やかけひきが出来なければ、ベストなプレーをする事は難しく、試合に勝つ事は困難だろう。

 とどのつまり、坂上智代は戦闘の『素人』だ。

 その事実に、驚愕と羨望を禁じえない。

 だってコイツは、天性の身体能力と格闘センスだけで“この町最強”になったのだ。

 この強さで、これだけの光を放ちながら、いまだ“原石”なのだ。

 こっちはすでに限界を感じているというのに、ここから伸びるばかりなのだ。

 磨けばどれだけの輝きになるだろう?

 ああっ、コイツの未来が見てみたいな。出来れば、コイツの傍で……。

 そんな衝動が沸き起こる。

 フッ…でも、もう遅いか。

 どうやら俺は、またも選択肢を間違えちまった様だ。

 せっかく良い雰囲気だったのに…何やってんだ俺?

 まあ、女の扱いとかよく分からんし、“ガラ”じゃないから仕方無いか。

 せめてこの“経験”が、彼女にとって意味のある物にならん事を……。



 

 底無しかとも思えた彼女の猛攻が、失速の兆しをみせる。

 離れていても聞こえてくる荒い息、激しく上下する肩、ぬぐった手から飛び散る汗の飛沫……。

 さすがに攻め疲れたか。

 まあ、あれだけ飛んだり跳ねたり蹴ったり蹴ったり蹴ったり蹴りまくったのだから当然だろう。

 かく言う俺も、全身あざだらけだ。

 特に盾代わりにしている両腕は、内出血で赤黒く変色している。

 今は昂り気合が充実しているからさ程ではないが、暫くはチョット動くだけでも億劫になり、風呂は地獄だろう。

 「もう諦めろ。大人しく負けを認めるなら、酷い事はしないと誓っても良い」

 それまでの挑発的な態度では無く、諭す様に降伏を勧告する。

 「だまれ…!」

 しかし彼女は、毅然としてそれを跳ねつける。

 「お前の様な…卑怯な男にだけは…負けてたまるか!!」

 言葉で自ら鼓舞し、運命に抗おうと再び向ってくる。

 そうだよな。こんな卑怯な男に屈服するような女じゃないよな。

 愛おしさに胸が熱くなる。

 おそらくこれが最後だ。

 俺は、盾としていた両腕を、ズボンのポケットに突っ込む。

 「!?」

 俺の不可解な行動に、坂上は驚き一瞬その動きを止め身を引いた。

 だが、二瞬目には唇を噛み締め覚悟を瞳に宿しながら、やや遠目の位置から跳躍する。

 ここに来て彼女が見せたのは、空中で一度背を向けるように左向きに回転しながら、天高く振り上げた右足で大きな弧を描き、そこに跳躍力、キック力、回転力、遠心力、全体重、全てを一点に込めぶつけてくる。

 大技『フライングニールキック』だ!!

 ドオオオン!!

 坂上が己の存在全てを乗せた一撃、それを俺は避ける事も防ぐ事もせずに真っ向から受けて立った。

 “意地”と“覚悟”と“想い”で。

 「うおおお!!」

 胸板に炸裂し肋骨にめり込むそれを、サッカーのトラップの要領で全身で威力を殺し、残りを気合で相殺してゆく。

 それでも完全には抑えきれず、俺の身体は弾ける様に斜め後方に飛ばされ壁に激突した。

 体勢を崩したところに、見事なバランス感覚できれいに着地を決めた坂上が迫る。

 まずは最速の腹への左の前蹴りで、俺が体勢を立て直すのを封じ、“く”の字になった所に、続けて左足が下がる反動を利用してのアゴへの右膝。

 壁にもたれかかった俺は、もはや“人間サンドバッグ”と化した。

 それでも、口端の笑みだけは絶やさず、彼女の目を見つめ続ける。

 「一体……なんなんだお前は!?」

 攻撃を続けながらも、たまらず坂上が苦渋の表情で疑問を口にする。

 そりゃあそうだろう。

 今までノーガード戦法を使う奴くらいは居たかもしれないが、彼女にとってノーガードノーアタックなんて在り得ない筈だ。

 「私の攻撃なんて効きはしないと……馬鹿にしているのか!?」

 しかしこれこそが、かの『マハトマ・ガンジー』が編み出した“究極の守り”の一つ。

 『サチャグラハ』すなわち、“非暴力不服従”である。

 「これではまるで……私が苛めているみたいじゃないか!!」

 ついに彼女の攻撃が止まった。

 伝え聞く限り、彼女が相手にしてきた敵とは、周囲に迷惑をかける人間、もしくは自分に敵意を持った人間だった筈だ。

 そんな輩を倒すのに、何の疑問も罪悪感も抱かないだろう。

 だったら、それを抱いてしまったら?抱かせたら?

 いかに怒りで我を忘れていたとはいえ、俺に攻撃する意思が無い事ぐらい、いい加減気付いている筈だ。

 『睡眠薬を飲ませたから、時間切れを狙っている』

 さっきまではそれで説明がついた。

 しかし、ガードすらやめてしまった今、彼女にはその理由が解らない。

 疑念と無抵抗な人間を攻撃し続ける精神的負荷。

 それが、どんなに俺を悪人だと思い込もうとも、ジワジワと戦意を蝕み、そこに早く終わらせようとどんなに攻撃しても倒れず、目の光を失わない不撓不屈ぶりだ。

 “嫌”にならない筈はない。

 もはや彼女の心に“鍵”はかけられた。

 「どうして……?お前はこんなにも強いのに……どうしてこんな卑怯なマネをするんだ!?

お前なら、普通に戦っても十分強いはずだ!なのにどうして……!?」

 その悲痛な問いは、心が折れかけている彼女の、最後の抗いだった。

 あるいは答えようによっては、今の弱り様なら“落とせる”かもしれないな。

 邪悪な考えがよぎる。

 これだけの事をしたんだ。彼女との関係は修復不可能かもしれない。

 だったら、例えどんな形であろうと、彼女をものに出来るならそれも有りか…?

 「『戦いは必勝にあらざれば、以って戦いを言うべからず』本当に強い奴ってのは、まず自分が必ず勝てる状況を作り出してから戦う物だ。それに、こうでもしないと、お前本気で戦ってくれないだろ?」

 それこそ本末転倒か。

 邪心を払い、予定通りの台詞を言う。

 俺が見たいのは、あくまでコイツの“輝き”なのだ。

 その俺が、光を奪ってどうする。

 「…そんなに私と戦いたかったのか…?」

 「違う。お前に勝ちたかったんだ。“この町最強の女”にな」

 俺の言葉に、彼女の失意が色濃くなり、フッ…っと俯き自嘲的な笑みを浮かべた。

 「なるほど。所詮お前も、他の連中と同じだったと言う事か……」

 「だって、そんな称号背負ってたら、いつまでたってもお前、普通の女の子になれないだろ?」

 「えっ……!?」

 驚きで顔が上がる。

 「例えお前が望んでいなくとも、最強の称号がそれを求めるアホ共を呼び寄せちまう。お前はこの町に居る限り、誰かに負けるまで争いごとから抜けられないんだ。でも、今日から俺がそいつを背負ってやる。だからお前は、この学校で普通の女の子やってろ」

 突然真意を語り出した俺を、坂上は大きく瞳を開いたまま暫し呆然とみつめる。

 そして眉を寄せ複雑な表情を浮かべ抗議を始めた。

 「何なんだそれは…?今更そんな事を言われても、素直に信じられるか……。それなら、こんな手を使わなくとも、初めから言ってくれればいいじゃないか!!」

 「何て?戦いもしないで、お前は納得したか?」

 「だからって、睡眠薬を飲ませる事ないだろ!!この後一体どうするつもりなんだ!?まさか、本当にHな事をするつもりじゃないだろうな!?」

 「いや、てか、そもそも睡眠薬なんて入れる訳無いだろ?冗談だ」

 「………はあ!?」

 「冷静になって考えればすぐ分かるだろ?ここでお前と会ったのも、パンをやる事になったのも、全部偶然なんだし、ずっと近くに居たんだから、何か仕込む素振りしてたら気付くだろ?」

 「………」

 坂上は言われた通り記憶を辿っているのか、暫く固まった後、

 ズーーーーーーン!!

 突然その場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ