第二章 5月4日 愛深きゆえに堕つ!
広場への道を急いでいると、不意に俺は足を止め左手で後続の二人を制した。
「どうした?」
「しっ!」
いぶかしむ智代を立てた人差し指を口にあてるジェスチャーで黙らせ、くいっと道沿いの茂みの少し離れた所を顎で指す。
茂みの下部がわずかにだが不自然に揺れ、かすかにガサガサと音もしている。
智代もそれに気付いたか、銃を構え鋭い視線を茂みに向けた。
揺れと音は次第に顕著になり、その主の登場を予感させ緊張が走る。
ガサガサガサ
「ぷひ」
なんか茶色くて丸っこいのが出てきた。
猪の子供、うり坊っぽいが……ナベか?
そいつはこちらに気付いた様子もなく、草でも食べているのか、茂みの前で一心不乱に地面に鼻をこすり付けている。
「……何だ。動物か」
「動物ね」
「子グマだろうか……?」
いや、クマじゃねえし……。
智代は敵ではないとわかって銃を下げ、ふらりとそちらに向かおうとする。
「馬鹿!油断するな!」
慌てて俺は遮る様にして智代を背に隠し、樹上や茂みに潜んでいるかもしれない敵を探す。
大山鳴動鼠一匹……と、気を抜いた所を狙撃や奇襲するやもしれん。
何しろ、ナベ……本当の名前は何だったか……?
まあ、いい……ナベは秋生さんにも餌付けされている。
我が盟友とは言え、敵方で無いとは限らないのだ。
「ぷひ?」
俺の声が聞こえたのか、うり坊は食べるのを止めこちら向く。
「ぷひぷひ~♪」
すると、嬉しそうに短い尻尾を振りながらこちらに走り寄ってきた。
やっぱりナベか。
だが、手前まで来た所で、
「ぷひっ!?」
ナベは何かに驚き短い四肢を踏ん張り急ブレーキをかけようとする。
だが、
「ぷ、ぷひぃ~~~!!」
結局止まりきれず前につんのめり、そのまま俺の足元までコロコロと転がってきた。
仕方なくナベを拾ってやろうと、前屈みになったその時だった。
ザザーッ!!
「もらったぁ!!」
ナベが出てきた茂みを割り、長身の男が飛び出してきた。
秋生さんだ!
誘い出す為にあえて隙を作った俺は、瞬時にセンサーを防御しつつ転がってきたナベを足の甲に乗せ、サッカーボールの要領で浮かせてそれを空中でキャッチする。
「ぷ~ひ~……」
目を回してぐったりしていたが、まあ大丈夫だろう。
待望の敵の出現に、智代は俺の右腕に抱きつくように密着しながら半身を乗り出して銃を構え、朱鷺戸は左の茂みに飛びそこから機をうかがう。
「ちっ!」
秋生さんは舌打ちだけを残すと、すぐさま道を挟んで向かいの茂みに隠れてしまった。
どうやら、秋生さんもあえて誘いに乗ってくれただけらしい。
「おい……そっちのリボンの子は何者だ?」
姿を現す事無く秋生さんが訊いてくる。
もしや……秋生さんは朱鷺戸を見る為に現れたのか?
だとすると、朱鷺戸が現在の撃墜数トップである事も知られているかもしれない。
それはつまり……秋生さんも商店街の人達とグルって事か?
「ただの飛び入りの知り合いですが?」
あちらの思惑を探る為にとぼけた返答をしておく。
けれど、やはり秋生さんは一筋縄ではいかなかった。
「ほう……んで、どっちがおまえの彼女だ?」
「!」
そうきたか……!
こちらの動揺を誘う為の見え透いた問い。
しかし、智代はそれにまんまとハマったらしく、一度朱鷺戸の方をキッと睨んでから俺の腕に回す手に力をこめてくる。
つうか、掴まれてると腕動かせないんだが……。
「別に……どっちもただのダチですが?」
「とぼけんじゃねえ!てめぇに彼女が出来たってぇネタは、とうに上がってんだ!さあ、この場ではっきりしやがれ!」
静謐の森に秋生さんの怒声が響き渡り、それに驚いた小鳥が一斉に飛び立つ。
何故キレられてんのか訳わからんが、これはマズイな……。
朱鷺戸はまったく動じた様子もないが、智代はさっきから万力の如く腕を締めつけ続けてくる。
痛い……血流が止まって痺れてきた……そろそろ我慢も限界だ……。
このアホな状況を、如何に打開すべきか……?
チラリと眼だけを横に動かし、朱鷺戸とアイコンタクトを交わす。
彼女は一つ頷くと、音も無く茂みの中に消えていった。
あいつなら巧くやるだろう。
後は智代をどうするかだが……。
「ぷひ」
腕の中で復活したナベが鳴いた。
丁度いい。こいつにも一働きしてもらうとしよう。
「よし、やるぞ!」
「ぷひっ!」
真剣な眼差しで見据えてそれだけを言うと、彼もまたキリッとした男前な瞳で応えた。
熱き友情の前では、多くの言葉は不要である。
「智代」
「な、何だ?」
「ここで秋生さんと決着をつける」
「えっ……?何だ……その事か……」
決戦を告げると、智代はあからさまに落胆していた。
さっきまで戦いたがってたくせに……。
「こちらを動揺させる為の見え見え策だ。いちいち耳を貸すな」
「それぐらい、わかっている……」
さっきまでハマッてたくせに……。
「それと、俺がこれから何を言おうと、構わず敵を狙い撃て」
「わかった」
これで準備は整った。
後は……秋生さんの注意をこちらに引きつければ……。
「どうした!?早く答えやがれ!」
暫く黙っていると、秋生さんが急かし始めた。
そろそろいいだろう。
俺は一歩進み出て口を開く。
「俺が……好きなのは……」
十分に溜めながら、ゆっくりと告白を始める。
いくら策とは言え、さすがに恥ずい。
その躊躇いを深呼吸で吐き出し、覚悟を決めて俺は宣言した。
「俺が好きなのは……渚さんです!」
辺りがしん……と静まりかえる。
「ええっ!?」
そしてその静寂を破ったのは、背後からの素っ頓狂な声だった。
って……今の声は!?
聞こえてきた声は、秋生さんの物でも、智代の物でも、朱鷺戸の物でもなく、けれど聞き覚えのある、聞き間違えるはずのない声。
まさか……!?
恐る恐る振り返り、愕然とする。
そこには、赤面する渚さんと、目を丸くした岡崎さんと杏さんが立っていたのだ。
よりにもよって、本人に聞かれたーーー!!
「ぬぁぁぁにぃぃぃっ!?」
作戦通り、激昂した秋生さんも茂みから出てきた!
だが、結果的に最悪だ!挟まれた!!
「やらせない!!」
しかし、その秋生さんの目の前には、マイ守護天使・朱鷺戸が現れ閃光を放つ。
「ちいっ!!」
秋生さんはとっさに横っ飛びで攻撃を回避し、そのまま二人は激しく動き回りながら一騎打ち……と、なるかに思われたのだが、
「アッキー、覚悟!!」
「今日こそ勝たせてもらう!!」
「もう早苗さんのパンはまっぴらだ!!」
この機を待っていたかの様に、更に三人のオヤジ達までが秋生さんの周囲に現れ襲い掛かる。
あの人達も秋生さんの怒声に釣られてきたって所か?
よし、これで4対1。俺達も加われば6対1だ!
後ろの岡崎さん達には、とりあえず攻撃してくる気配は無い。
ここで一気に勝負をつける!
そう思い、踏み出そうとした矢先、
ビイイイイイイイイイッ!!
ビイイイイイイイイイッ!!
ビイイイイイイイイイッ!!
立て続けに鳴った三つの電子音に足を止められた。
瞬時に秋生さんが三人、いや、内一人は朱鷺戸が撃墜したのだ。
時間稼ぎにもならないとは……。
「やるじゃねえかっ!」
「おじさんこそ、さすがオーキ君のお師匠様だけの事はあるわね!」
ザザザザザザザザザッ!
二人は不敵な笑みと言葉を交すと、そのまま茂みを突っ切り、雑木林に戦いの場を移し、改めて一騎打ちを開始する。
実力まったくの互角。
ゾリオンは、言わば相手のセンサーを狙える場所の取り合いである。
小回りでは朱鷺戸が有利だが、秋生さんはダイナミックでトリッキーな動きで対抗し、二人の戦いは二次元から三次元へ、木々の枝や幹を使ったよりアクロバティックな戦いへと変化していった。
「すげえ……」
「ぷひ!」
一騎打ちに気を取られていると、ご主人様を発見したナベは、俺の腕から抜け出て杏さんの方に走っていった。
まあ、単にノリだけで何の期待もしてなかったけど……ちょっと寂しい……。
「ぷひぷひ~~~♪」
「えっ?ボタン?」
ビイイイィィィッ!!
「ぷひっ!!」
突如撃墜を告げる電子音とそれに驚いたナベが鳴いた。
誰だ?まさか二人の決着がついたか!?
「ちょっと智代、あんた何撃ってんのよ!?」
どうやら、犠牲者は杏さんで、撃ったのは……智代?
寄ってきたナベを抱きかかえようとした所を狙った様だが……。
「ん?撃っちゃいけなかったのか?」
「まあ、一応敵同士なんだから悪くはないけど……」
まったく空気を読まない智代の態度に、改めてナベを抱えた杏さんは苦笑する他無い。
そして智代の意識は、そのまま岡崎さん達へと向けられる。
「春原が居ない様だが……一緒じゃないのか?」
「春原さんは……」
「あいつは真っ先にやられたよ」
智代の問いに、渚さんは申し訳無さそうに言葉をつまらせたが、答えた岡崎さんは何故かちょっと得意気にすら見えた。
まさか……いや、まさかな……いくら何でも裏切ったりは……。
岡崎さんの反応から、俺には春原さんの悲惨な顛末が思い浮かんだのだが、智代の興味は居ない人間よりも目の前の獲物に向けられる。
「そうか。どうせなら二人まとめてと思ったが、仕方ない。まあ、おまえに春原を起こしに行かせれば問題無いか」
「はあ?何の事だよ?」
「私が勝ったら、おまえは今後遅刻せず、毎朝春原を起こして登校するんだ!」
「何だよそりゃ~!?」
理不尽な要求と共にロケットスタートを決めた智代は、一瞬にして距離を詰め岡崎さんのセンサーに狙いを定める。
それに面食らった岡崎さんは、後ずさりながらトリガーを引いて牽制し、止められないと悟るや背を向け逃走しようとする。
だが、
「逃がすか!」
一瞬で追いつき左側に並走するや、智代は銃を岡崎さんのセンサーに密着させて引き金を引く。
ビイイイイイイッ!!
「クソッ!速過ぎんだろ!」
俺が前にやって見せたゼロ距離射撃。
狩猟者として目覚めた智代は、杏さんに続いて岡崎さんまでも葬ってしまった。
そして血に飢えたクマさんはゆっくりと振り返り、残った獲物である小動物の様に頼りなさげな渚さんに銃を向ける。
「古河さん、すまない。これもゲームだから仕方ないんだ」
「坂上さん……気にしないで下さい。覚悟は出来てますから……」
仲間を全て失い、自分一人ではとても生存出来ないと悟ったのか、渚さんはこれから自分を撃とうという智代に優しく微笑みかける。
ダメだ……。
撃っちゃダメだ!
「撃つな智代ー!!」
俺は思わず走り出し、渚さんを庇おうとする。
だが、
ガサーッ!!
「はぅっ!」
「うおおおっ!!渚ああああああっ!!」
渚さんを肩から身体を入れる様にして押し退けた瞬間、目の前の茂みから、朱鷺戸と戦ってたはずの秋生さんが飛び出てきた!!
「ちょっ、まっ!!」
ドォォォォォォン!!
そのまま俺はフライング・ボディアタックを食らい、秋生さんに頭を抱えられる様にして抱きつかれる。
「大丈夫か渚!?って、渚じゃねえぇぇぇっ!!」
「何やってんですか……!って……」
胸に抱いた愛娘を気遣うも、それが俺だと気付くや秋生さんは慌てて離れ、両手で頭を抱えるオーバーアクションで絶叫する。
すると、丁度目の前にがら空きのセンサーが。
ビイイイイイイイイイ!!
なので、とりあえず撃っておいた。