第二章 5月4日 双翼乱舞
俺達の反撃が始まった。
「いくぞ」
「ああ」
手短に打ち合わせを終えると、俺達は来た道を引き返し、拠点にしていた廃屋に向かう。
予想通り、そこには追撃を諦めた二人、貫禄がある肉屋のおじさんと、メガネでモジャモジャ頭のラーメン屋の小池さん(本名は鈴木さん)がまだ残っていた。
「来たぞー!廃屋だー!」
堂々と来た道を戻ったのだ。
当然、直ぐに見つかり、二人は周囲に向かって叫びながら廃屋の影に隠れてしまう。
やはり合流する部隊が有ったか……。
ならば、尚更躊躇している暇は無い。
かまわず縦列になり、俺達から見て右手にある小屋に突進を敢行する。
「やはりジェットストリームアタックか!」
「何とか援軍が来るまで持ち堪えるんだ!」
相手側も壁の隙間から銃を構え牽制してくるが、こちらも防御しながら接近している以上被弾する事はない。
だが、広場の小屋の中間程にさしかかったその時だった。
「ヒャッハーーー!!」
「もらったぜオーキィ!!」
小屋の前の草むら、俺達から見て左手から二人のトサカ頭のヤンキー、いや元ヤン床屋兄弟が威勢よく飛び出してきたのだ。
坊主やスポ刈りと言った男らしい髪形なら格安でやってくれる良心的な床屋で、店には歴代のヤンキー漫画が揃えられている事でも知られている。
何かとパーマや染髪を勧めてくるのが難だが……。
それはともかく、“V作戦”か!
“V作戦”とは、相手の右手に注意を向け、左手側でしとめる戦術である。
その形状と、左胸にしかない当たり判定の無いゾリオンにおいて最も有利な位置取りである事からその名がついた、必勝の戦法だ。
そしてまた、正面からは影になるニ列目三列目を狙い撃てる事から、ジェットストリームアタックへの対処法としても有効な戦術である。
あえて直ぐには合流せず、これを狙って潜んでいたのだろう。
だが、
ビイイイイイイィィィーーー!!
ビイイイイイイィィィーーー!!
「うげっ!!マジィッ!?」
「ぬおっ!?どっから撃ってきやがった!?」
俺達は一瞥して真っ直ぐひた走るだけで、銃をかまえてもいない。
にもかかわらず、出現したと同時に二人は兄弟仲良く電子音を響かせていた。
「何!?どういう事だ!?」
「まさか、他にも仲間が!?」
小屋の二人にも動揺が走る。
狙い通り必勝の形に持っていったにも拘らず、不可解な攻撃によって頼みの援軍を瞬殺されたのだから当然だろう。
そして、その隙を見逃す俺達では無い。
「いけっ!智代!!」
「ああ!」
さながら戦艦から発射されたミサイルの如く、長い髪を噴射炎の様になびかせながら智代は左方に離脱してゆき、俺達はyの字の軌跡を描く。
その躍動感溢れる少女の肢体に、二人の目はあちらに釘付けになった。
「すんません!」
ビイイイイイイイイイイイイッ!!
「うわっ!!しまった!!」
これもまたVの応用形である。
二人が智代に目を奪われている間に、俺は廃屋の障害物を逆に利用しながら接近し、突入して超至近距離からの攻撃で肉屋さんを討ち取った。
「ひえ~!!」
たまらず小池さんは逆方向に逃げようとする。
しかし、
ビイイイイイイイイイイイイッ!!
「うひゃ~!」
そこには建物の後方から回り込んでんでいた朱鷺戸が待ち構えていて、あえなく撃沈。
俺達は瞬く間に拠点奪還に成功した。
「制圧完了ね」
「ああ」
得意顔で寄って来た朱鷺戸と廃屋内でハイタッチを交わす。
そして、一人外にぽつんと立っていた智代はと言うと……、
「……」
またむくれていた。
全ては読み通りに事は運んだ。
敵の部隊は恐らく3つ。前の5人と広場の2人、そして後方に3~4人。
数で優る敵は、常に数的有利を保ちつつこちらを包囲_部隊間を結ぶ線の内に俺達を入れておきたいはずである。
こちらの選択肢は逃走か反撃の二択だが、ここまで守りに専念していた事や、機動力はこちらの方が上な事から、そのまま逃走する可能性が高く、またそちらの方が厄介だと相手は考えたはず。
広場の部隊がすぐに追撃を止めたのも、体力的な事もあるだろうが、自分達が深追いする事で反撃や、俺達がより遠くまで逃る事を危惧したからだろう。
そして、それでこちらを油断させておき、こちらが気付いていない(と、あちらは思っている)前後の伏兵部隊で追走、一隊を先回りさせ挟撃あたりを狙っていたんじゃなかろうか。
一方、俺達が反撃に移る可能性も当然考慮するだろう。
そうすると、数的不利を補うべく前の部隊から2名を広場に回し、こちらの“ジェットストリーム”には地の利と“V作戦”で対応するのが一番“無難”であり、他の部隊を呼び戻す時間を稼げば挟撃にもなる。
そこまで読んだ上で、俺が立てた作戦は『ジェットストリーム・ファントム』とも言うべき物だ。
“ジェットストリームアタックは三位一体の技である”と言う概念を逆に利用したのである。
朱鷺戸を予め別働隊として建物の後方から向かわせ、俺と智代の二人によるジェットストリームアタックで三人居ると相手に錯覚させつつ注意を引き付けておき、その隙に朱鷺戸を廃屋の影に潜ませ敵の作戦に対応させたのだ。
そう、元ヤンブラザーズを狙撃したのはやはり朱鷺戸である。
もちろん、予想が外れる可能性や、二人しかいない事を気付かれる可能性もあったが、朱鷺戸であれば臨機応変に対処してくれるだろうと確信していた。
そして、目論見通り作戦は成功した訳だが……、
「どうしておまえが全部倒してしまうんだ!?私の分が無いじゃないか!」
またも戦果無しの智代さんが、またゴネだした。
「仕方ないじゃない?あのまま逃がす訳にもいかないし」
「私なら、すぐに追いついて倒せた!」
「智代!」
名実共にエースである朱鷺戸に難癖をつける彼女を、またかと溜息を一つついてから真顔で名前を呼び、じっとみつめながら近寄っていく。
「な、なんだ?」
強気に振舞おうとしながらも、俺が怒る様な事をやったという自覚はあるのか怯んで後ずさる。
そんな叱られる悪戯っ子の様な彼女に対し、俺は真摯な眼差しのまま言った。
「よくやった。作戦がうまくいったのも、お前のおかげだ」
これは世辞でも何でもなく、事実だ。
そもそも、ジェットストリームファントムを可能にしたのは智代の存在感あっての物であり、最後にこいつが囮になったからこそ、最も困難な建物内を容易に制圧出来たと言える。
しかし、意外な賛辞に一瞬嬉しそうな表情をした物の、智代はすぐに目を伏せ顔を背けてしまう。
「よしてくれ……私はまだ一人も倒せていないんだ……」
「アホか。大事なのはチームが勝つ事であって、誰が何人倒したかなんて大した問題じゃないだろ?」
「それはそうかもしれないが、やっぱり私も敵を倒したいんだ。このままでは、まるで私が足手まといみたいじゃないか……」
「お前はちゃんと作戦通り役目を果してるつったろ?それでもまだ足りないと思うなら、やるべき事は駄々をこねたり、朱鷺戸に八つ当たりする事じゃないはずだ」
正直、「なら、チーム解散だ!」と伝家の宝刀を抜きたくなったが、益々ゴネるだけだろうし、こいつの為にもならないので、大人になって堪え諭す事にした。
まだまだ一匹狼だった頃の気分が抜けきれてないと言うか、負けん気や責任感も大事だが、それでチームワークをぶち壊しては元も子もない。
これから人の上に立とうというのだから、尚更だろう。
折角、こうして大勢でのイベントに参加したり、チームで動く機会が有るんだから、そういった物を学んで欲しいのだが……。
「別にそんなつもりじゃない……ただ、おかしいじゃないか!そいつはほとんど一撃で倒しているのに、私の攻撃はいくら撃っても当たらないんだ!私の銃、壊れてるんじゃないか?」
だが、俺の想いはまったく伝わっていないのか、今度は物に当たりだす始末。
「ほら、俺のと交換してやるから、貸せ」」
そりゃ腕の差だと嘆息して、やれやれと俺は自分の銃を差し出した。
それと俺の顔を交互に見ながら、バツが悪そうに智代は俺の銃を受け取り、代わりに自分のを差し出す。
「ちゃんと照準合わせて撃ってるか?」
右手を真っ直ぐ伸ばしつつ右を向き、銃を構えて片目をつぶり照準を合わせる見本を見せる。
「照準?それは小さい望遠鏡みたいなヤツが要るんじゃないのか?」
「……それは遠距離狙撃用のスコープだ。まあ、練習も無しに撃てる物じゃないよな……」
そういえば、朱鷺戸がいきなりやれてたので、ちゃんと撃ち方を教えるのを忘れていた。
こいつなら、いきなり化けるかもしれんし、ここでレクチャーしておくとしよう。
拠点を奪還してから暫く経った。
敵がこちらに戻ってくるには十分な時間が過ぎたはずだが、依然として周囲に敵の気配は無い。
「敵が来ないな……もう、私達を狙うのは諦めたんじゃないか?」
覚えたての銃の試し撃ちをしたくてウズウズしていた智代が、痺れを切らしたように言った。
確かに、あちらの人数は既に6~7人になっているだろうから、戦力的にここに陣取る俺達を攻めるのは厳しかろう。
樹上から見張りをしてくれている朱鷺戸も発見出来ていない事を考えると、もう近くにはいないのかもしれない。
「かもな……でも、こちらの油断を誘って機を窺ってるだけかもしれんし……」
その時、
パーーーーーーン……!
電子音とは違う乾いた音が木霊した。
「敵か!」
「違う!慌てんな」
勇み足で飛び出して行こうとする智代を遮り止めると、外を警戒しながら窓から顔をだけ出し、樹上に居る朱鷺戸の方はあえて見ずに話しかける。
「何か異常は?」
「今の空砲くらいね……何かの合図かしら?」
「ああ。人数が10人以下になったから、これからフィールドの範囲を狭めるって事だろう」
「なんだ。そういう事か……」
わざわざ左肩に乗っかる様にしながら俺と同じ狭い所から顔を出し、智代が話に混ざってくる。
と言うか、おもいっきり二つ程乗り上げ顔にもムニっと当たってるのだが、雑念を振り払うべく思考に没頭するとしよう。
ここまでの把握出来ている戦果が、俺が2人に朱鷺戸が11人。
残ったメンバーは俺達が3人、交戦していた商店街連合が残り6~7人、先輩達が7人、プラス秋生さんの計17~8人。
その内、7~8人以上が既に脱落している事になる。
とすると……、
「先輩達は、秋生さんに全滅させられたかもな……」
「岡崎達がか?」
「丁度頭数は合う……いや……」
声に出してみると、嫌な予感がした。
そもそも、先輩達と秋生さんが戦っているというのは、始まる前に先輩達が話していた事を鵜呑みにしての憶測だ。
実際は、非戦闘員の多さから戦闘を回避しているかもしれないし、或いは、戦ったとしても、全滅しているとは限らない。
また、商店街連合の動きが掴めなくなったのは、既にやられたからであるとも考えられる。
だとしたら……秋生さんは直ぐ間近に迫っており、襲撃の機を窺っている?
「朱鷺戸、移動しよう。降りてこい」
「何処に行くんだ?」
「中央の広場だ」
「中央の?そこはやられてしまった人達が集まる所じゃないのか?」
「別に入っちゃいけない訳じゃない。遮蔽物がほとんど無いから、あまり行くメリットは無いがな。でも、最終的には決戦は広場とその周囲だけになって、どの道ここには居られなくなる。今の内に移動しておくのも手だろう?」
何より、広場に行けば誰がやられたかは一目瞭然、判らないなら直接確かめに行くまでだ。
無論、広場までの道のりこそ危険極まりない物ではあるが……。
「うん。行こう!」
「ラジャー!」
ひょっとしたら、他の残った面子も同じ事を考え、或いは、利用し罠を張って待ち伏せをしているかもしれない。
だが、この二人とならば、それも一興と思えてくる。
例えそれが、秋生さんであってもだ。
「行くぞ。周囲の警戒は怠るなよ」