第二章 5月2日 風評注意報
夜、鷹文から電話がかかってきた。
『ねぇちゃんと仲直りしたみたいだね』
『別にアホな事してっから叱っただけだ』
『にぃちゃん的にはそうなんだろうけど。ほら、ねぇちゃん叱られ慣れてないからさ、この世の終りかってくらい落ち込んでたよ』
『だから俺が厳しくしてんだ。ほっといたって慣れないままだろ?』
『そりゃあ、つきあってたら喧嘩くらいするだろうけどさ。わかってると思うけど、ねぇちゃんアレで打たれ弱い所有るし、手加減してやってよ』
『いや、別につきあってねえし』
『ええええええええ~~~~~~~~~!?まだつきあってなかったの!?』
『前に言わなかったか?』
『いや、聞いたけど、あれから大分経ったし、色々噂とかも耳に入ってくるからさ。あのねぇちゃんに恋人が出来たって、うちの学校でも結構話題になってるよ』
『お前の中学で?まあ、あいつの出身校でもあるから変じゃないか……』
『光坂に編入した事も、生徒会長に立候補した事も、全部にぃちゃんの為って事になってるよ?尾ひれがついて、この前なんか既に同棲してて子供まで居るって話になってたし』
『お前もその年でおっさんか』
『いや、せめて叔父さんって言ってよ!じゃあ、にぃちゃんが昔ねぇちゃんともめた人達に話つけて回ってるってのも、ただの噂なわけ?』
『それは面倒事が起きる前に手を打ってるだけで、別にあいつの為だけじゃない』
『やっぱりこれは本当なんだ』
『あいつには言うなよ。面倒だから』
『隠しておきたいなら言わないけどさ。でも、うちの学校にまで噂が届いてるくらいなんだから、ねぇちゃんの耳に入るのも時間の問題だと思うけど』
『そうだな……既に手遅れかもしれん……か』
5月2日(金)
わかってはいた。
何処に居ようと目立たないはずがない坂上智代の、誰よりも近くに居たのだ。
俺だけスルーしてくれるはずが無い。
「オーキ君と智代ちゃんの噂ぁ?いっぱいあるよぉ!」
色々気になったので門倉に尋ねると、かいつまんで羅列されただけで休み時間が余裕で一つ潰れた。
教室に迎えに来たり、腕を組んで登下校したり、二人っきりで遊んだり……。
その辺は目撃されていて当然だから仕方あるまい。
改めて他人の口から指摘されると顔から火が出る思いだが、覚悟はしていた。
裏で智代に遺恨がありそうな連中の所を回ってる事も、ヤンキーネットワークを通じて外部に洩れる事は想像出来る。
しかし、ポスターの件までバレているとは流石に思わなかった。
あの時は既に休み時間も終わっていて、周囲には教師以外いなかったはずなんだが……。
「まさか門倉、お前がバラしたんじゃないだろうな?」
「え~、してないよぉ!私だって実際にやったかまで知らなかったしぃ」
そうだ。俺だって匂わせてはいたが、はっきりとやったとは言ってないはず。
とすると、
「じゃあ、教員の誰かが漏らしたとか?」
「もしくはぁ、憶測が本当になっちゃったとかぁ?ほらぁ、うちの学校の子頭いいしぃ」
確かにうちの生徒なら、推理力旺盛な奴もいるだろう。
特に目の前のこいつとか……。
「だからぁ、本当に私じゃないよぉ?」
眼鏡越しにある大きな瞳の深奥を見透かさんと疑惑の眼差しで凝視してやると、少し赤くなりながらニコリと笑って否定する。
やはりこいつの魂胆はまったくわからん。
まあ、広まってしまった物に是非も無い。
「それで、噂に対する反応は?」
「前は色々言われてたみたいだけどぉ、ポスターの件や試合での大活躍もあって、今は概ね好意的だと思うよぉ。智代ちゃんのファンクラブでも、二人の仲は公認みたいだしぃ」
既にファンクラブとかあんのかよ……!
公認か……それはもう外堀は完全に埋められ包囲完了って事ですか?
「てか、色々ってなんだ?」
「ん~、オーキ君が無理矢理智代ちゃんを手篭めにしちゃったとかぁ、オーキ君がこの学校を影から支配する為に恋人の智代ちゃんを送り込んで生徒会長にしようとしてるとか?」
「手篭めって……」
そっちは主にヤンキー系が出所のネタだろうな……。
鷹文も子供が居る事になってるとか言ってたし。
まあ、影の支配者と言うのは当たらずとも遠からずだが。
「でもぉ、あまり気にする事は無いと思うよぉ?噂は噂だしぃ。むしろぉ、今は相乗効果で智代ちゃんにとってプラスに働いてると思う」
「“今は”な……」
窓枠に切り取られた小さな空に目を移す。
生徒会長になるだけなら、生徒の人気だけ取れればいい。
だが、あいつの目的の為に必要なのは、むしろ教師を、大人達を味方にする事だ。
それにはやはり、この風評はマイナスにしかなるまい。
「また何かあったら頼む」
「うん。まったね~」
丁度そこでチャイムが鳴り、俺達は自然と解散となった。