第二章 4月30日 サッカー部<春原
「いやっほぉ~~~~~~っ!!ぽうっ!!」
きっちりごっつあんを決めた春原さんは、さっそく観客達に某ジャクソンらしきダンスを披露する。
だがしかし、ゴールを告げるホイッスルはまだ鳴らされていない。
「審判、笛を」
「えっ……!?い、いや……」
呆けていた審判を促すも、何とか言い訳を捻り出そうとしているのか、一行に笛を吹こうとはしなかった。
だが、頼みのキャプテンは倒れたままだ。
ピッピーーー!
見かねたように小笠原先輩が代わり笛を吹いた事で、ようやくゴールが正式に認められる。
「な、何勝手に吹いてんだ!?今のは完全に反則だろうが!」
上体を起こしたキャプテンが、顔をしかめながらそれに抗議する。
まだ足を押さえている事から、どうやらブラフではなく本当にどこか痛めたらしい。
それに対し、小笠原さんもまた憮然として答える。
「ああ、お前がな。わざと足狙いやがって、一発レッドもんのファールだ」
「てめえはまだ審判じゃねえだろうが!そもそも、部外者がしゃしゃり出てくんじゃねえ!」
「あん?ざけんなてめえ。お前らが審判すらまともにやれねえって言うから、わざわざ俺が呼ばれたんだろうが。恥ずかしい試合しやがって。謝れ!全世界のサッカー愛好者全てに謝れ!」
力関係的に対等か、あるいは小笠原さんの方が上なのか、部内では独裁者であるキャプテンがボロクソ言われていた。
雰囲気的に実力は小笠原さんの方が上っぽくもある。
「うだうだ言ってる間に、怪我の治療した方がいいぞ。あっちでキーパーのびてるし」
そう、今はそれが何より先決だ。
智代のシュートを顔面に受けた相手のキーパーだけでなく、俺に吹っ飛ばされた荒川も足を押さえて立ち上がれず、そしてこちらも、岡崎さんが肩を押さえてうずくまっているのだから。
「朋也!!」
「岡崎、平気か!?」
心配して杏さんと智代が岡崎さんに駆け寄る。
「くっ……、大丈夫だ……つぅっ!」
「ちっとも大丈夫そうじゃないじゃない!」
「無理をするな」
「宮沢、資料室から救急箱持ってきてくれ!」
「用意してあります!」
治療の為に宮沢を呼び、入っていいのか迷っているようだった渚さん達にも手招きした。
マズイな……これは最悪の事態も有り得る。
「朋也くん、大丈夫ですか!?」
「朋也くん、どこか痛いの?」
「大丈夫だ……!」
群がる女子達に精一杯強がって見せているが、脂汗がにじんでいてちっとも説得力が無い。
「コールドスプレーです」
「ああ、すまない宮沢」
救急箱を持った宮沢が到着し、とりあえず患部にスプレーをかける。
治療は彼女に任せるとして……問題は岡崎さんが続けられるかどうかだが……。
「どうだ?そっちはいけそうか?」
小笠原さんが様子をうかがいに来る。
サッカー部は荒川とキーパーが交代するのか外に出され、キャプテンも足を治療していた。
しかしあちらと違い、こっちには交代要員は居ない。
「あまり治療に時間がかかるようなら、交代するか、一人少ない状況で試合を始めるか?」
「だ、大丈夫だ……出られる……くぅっ!」
「ダメです!朋也くん無理をしないで下さい」
「そうですね。暫くは安静にしていた方がいいと思います」
「じゃあ、交代した方がいいな。誰が入る?」
審判の問いに、渚さん達は一度互いの顔を見合わせたが、
「わ、わたしが朋也くんの代わりに出ます!」
「私も、痛そうな朋也くんの代わりに出るの」
「あ、あの、私もあまり運動は得意じゃないですが、岡崎君の治療する間くらいなら……」
それで示し合わせたかのように三人同時に申し出てくれた。
だが、
「いや……おまえら運動苦手なんだろ?あいつらかなり荒っぽいし、任せるわけには……」
やはり岡崎さんが承諾しない。俺も不安だ。
「じゃあ、わたしが出ます!これでも運動は得意ですし、サッカーもお兄ちゃんの練習によく付き合ってました」
「わたしも、出られます。得意と言うほどではありませんが、いないよりマシだと思います」
「芽衣ちゃんは中学生だろ。怪我しちまうって。宮沢は……」
「宮沢もダメだ。“奴等”がこんな試合見てたら、絶対乱入してくる」
岡崎さんに代わって俺が宮沢を却下する。
わかってはいたが、代わりになれる人材がいない。
「やっぱ俺が出るしかねえだろ……?」
「でも……」
痛みに耐えながら無理にでも岡崎さんは立ち上がろうとする。
それ以外無いか……。
最悪の事態に歯噛みした、その時だった!
「風子……参上!!」
一陣のつむじ風が巻いたかと思うと、忽然とちっこい少女が現れたのだ。
突き上げた手に何か木彫りの星?のような物を持っている。
どこかで見た覚えがあるような……無いような……。
「岡崎さん、お困りのようですね。ここは風子に任せて下さい!」
「……おまえサッカー出来るのか?」
「当然です!これでも風子、『チョットアレミナ、エースガトール、スグレモノゾ』と、町中を騒がせてます!風子の噂で“チャンバ”も走ります!!」
「ちゃんばって何だよ?」
「仕方ありませんね。そこまで言うなら、風子の実力を見せてあげましょう!」
「だから、ちゃんば何だよ!?」
岡崎さんの執拗なつっこみを無視し、女の子は少し下がってボールも持たずに実演を始めた。
「ヒトデ・シュート!!ヒトデを相手に投げて、キーパーがそれを拾ってる間にシュートを決めます!」
「ヒトデ・タックル~!!ヒトデを相手に投げて、相手がヒトデに気を取られてる隙にボールを奪います!」
「ヒトデ・ブロック~!!シュートを打たれそうな所にこの可愛いヒトデを仕掛けておき、相手をほわ~んとさせて点を取ろうとする気を無くします!そう、こんな感じに……」
ヒトデを抱きしめた女の子は、ほわ~んを実演してくれる。
まったくどうでもいいんだが……。
「試合に余計な物の持込は禁止だから。その木のやつ没収な」
「……風子もう帰ってもいいですか?」
「どうぞ」
審判の的確なダメ出しの前に、存在も言動も謎の少女は風とともに去っていった。
一体何だったんだ……?
「……で、どうするんだ?」
「だから、俺が出るしかねえんだって……」
「待って!あたしが出るわ!」
今度は誰だ!?
やれやれといった感じで期待せず振り返ったが、そこに立っていた少女に暫し目を奪われる。
金色の翼を広げた……ブルマな天使。
いつの間に着替えたのか既に体操着姿で、足元にはどっからか調達してきたサッカーボール、やる気満々以外の何物でもない朱鷺戸沙耶がそこには居た。
「えっと……おまえはさっきの……?」
「『岬太郎』よ!」
えええ~~~!?
そう名乗ったかと思うと、岬くん?は足元のボールを器用に浮かせ、リフティングをはじめる。
「親の都合で子供の頃から世界各地を転々としてきたから、何処でも誰とでも友達になれるサッカーはわりと得意なの。普通の子よりは戦力になれると思うわよ」
キャプつばの岬くんチックな過去を語りながら、頭、肩、そして上体を前に倒して首の後ろに一度ボールを収め、跳ね上げて再びリフティングを続ける上級テクを朱鷺戸は披露して見せた。
やべえ……マジで俺より全然上手い。
「わあ、岬さん凄く上手です!!」
「へえ~、言うだけの事はあるわね……!」
「でも、太郎と言うのは変じゃないか?どう見ても女の子じゃないか」
「太郎よ!ねえ、オーキ君?」
空気を読まない智代の無邪気過ぎる疑問に、朱鷺戸はノリで堂々と嘘をつき、妖艶な視線で片棒を担ぐ事を求めてくる。
このアマ……どうしてくれよう?
「太郎だ。実はこいつ男なんだ」
「へっ……!?え、ええ、そうよ!」
俺もノッて断言してやると、そこまでは予想外だったのか岬くんの表情が一瞬引きつったが何とか持ち直す。
「そんな訳あるか!おっぱいだってちゃんと有るじゃないか!」
「これは……偽ぱいよ!」
「偽ぱい?偽物って事か?」
「そうよね!いくらなんでも、世の中胸が大きい子ばかりじゃないわよね!」
何故か杏さんが偽ぱいに食いついた!
渚さんや妹さんも胸の辺りを気にしてか引っ張ったりしている。
でも、残念ながら多分本物です……。
「体操服だって女物じゃないか。もし本当に男だとしたら、変態だな!」
「うぅ……!」
「だから何だ?女装する男子、いわゆる“男の娘”は最近流行りなんだぞ。お前はその程度の個人的趣味で、人を差別するのか?」
“変態”呼ばわりに怯む朱鷺戸を、すかさず援護射撃。
すると智代は、益々むきになってこちらに詰め寄ってきた。
「どうしておまえがこいつの味方をするんだ!?大体、おまえたちは一体どういう関係なんだ!?まさか、おまえも本当は男が好きなのか!?」
「そうだ……と、言ったら?」
ズーーーーーーン!!
智代は膝から崩れ落ちた。
本当に冗談の通じない奴だな……。
まあ、今の内に話を進めるとしよう。
「……で、結局どうすんだ?早く決めてくれ」
「ああ……岡崎さん、こいつでいいですか?」
「そうだな。そいつなら俺より戦力になりそうだ。えっと……岬……だっけか?頼んだぜ!」
「ええ」
こうして名誉の負傷をした岡崎さんは、渚さん達に連れられコートを後にした。
「あれ?岡崎交代すんの?うひょっ、天使ちゃん!!何故ここに!?」
「岡崎先輩が怪我したみたいなんで交代しました。よろしくお願いしますね、先輩!」
「マジで!?フッ……僕のより近くでカレーでフランケンなプレイを見たいって事だね!!」
「ふらんけん?え、ええ……」
春原オンステージから戻ってきた春原さんは、どうやら岬くんの件は聞いていなかった様だ。
まあ、ここは彼のモチベーションを下げない為にも、黙っていた方がいいだろう。
後は……、
「杏さん、キーパーなんですが……」
「ん?ああ、OK!あたしがやるわ」
「すいません」
「ま、正直そろそろ走り回るのしんどくなってきてたしね。それにちょっとやってみたい事もあるし」
「なるべく打たせませんので」
岡崎さんの負傷で覚悟していてくれてたのか、杏さんはすんなり承諾してくれた。
残る問題は……いまだに四つん這いのままぶつぶつ言ってるこの娘か。
「ほら、立て。試合始まるぞ」
右手を差出ながら、耳元でたしなめる。
「オーキは……男が好きだったのか……だから最近私に冷たいのか……!?」
「いい加減にしないと、揉むぞ!」
「揉むな!!」
腕を掴みながらようやく上がった顔が、間近で俺を睨み付ける。
まったく、こいつは……。
その可愛さにあてられ、耐えられそうにないので腕を引っ張り半ば強引に立たせた。
「お前は、男が好きなのか?」
「んな訳ねえだろ。冗談くらいわかる様になれ」
「じゃあ、あいつとは一体どういう関係なんだ?随分と親しそうじゃないか」
「ただのダチだ。始まるぞ。試合に集中しろ」
ピーーーッ!
背中を押した所で、それを待っていたように試合が再開する。
サッカー部からのキックオフ。
どうやらあちらも荒川とキーパーが下がり、三年の7番と正キーパーに代わった様だ。
残念ながらキャプテンは大した事なかったらしく、引き続き出てきている。
「見ててくれ天使ちゃん!!」
春原さんが猛然とボールを取りに向かう。
って、しまった!!
「へっ!?」
前半の時と同様、普通にパスを回され、あっさり春原さんは抜かれてしまった。
「パス出すなんて卑怯だぞ!!」
まずいな……ごたごたしてて、色々と調整出来ていない。
前線に智代と春原さんが行ってしまい、守備人員が足りない状態だ。
てか、春原さん浮かれ過ぎだろ!少し調子に乗せ過ぎたか?
「智代、戻れ!」
ひとまず前線の智代を呼び戻すも、攻め手は3人、こちらは俺と朱鷺戸の二人。
ここは攻勢を少しでも遅らせて、智代が戻るのを待つべきか……。
って、あれ?朱鷺戸は?
近くに居たはずの朱鷺戸の姿が無い。
一瞬目を離した隙に……こんな時に何処行った!?
「もらうわね!」
「えっ!?」
「なっ!?」
ようやくその姿を発見出来たのは、朱鷺戸が相手からボールを奪った瞬間だった。
何だ今のは……?
この俺が、彼女の動きを把握出来なかった?
いや、俺だけでなく、ボールを奪われた相手もほとんど何も抵抗する事なく、そう、まるで朱鷺戸の接近に気付いていなかったかのような感じだった。
まさか……ひょっとしてあいつは……マジ岬くん!?
「坂上さん」
朱鷺戸から戻ろうとしていた智代にパスが通った。
そのまま智代はノーマークでライン際を上がっていく。
「智代ちゃん、パスだ!」
中央に走りこむ春原さんがセンタリングを要請する。
まさに絶好のチャンス。
いや、ダメだ!
「智代、直接打て!!」
前半幾度も繰り返された光景が脳裏をよぎり、俺は叫ぶ。
マークを連れた春原さんに対し、智代は角度はある物のノーマーク。
何より、もう智代のシュートはゴールの枠(相手キーパーの顔面)に行くのだ。
ここは直接打たせるべきだろう。
そして、跳ね返った所をまた春原さんがごっつあんすれば……いける!
勝利を確信し、思わず拳を握る。
この二人が居れば、例えこれで点が入らなくても同点ゴールは時間の問題だ。
俺の指示通り、ゴールだけを見据え智代がシュート体勢に入る。
ボンッ!!
智代の人間離れしたバネから放たれる、弾丸シュート……が真横に飛んだ!?
べコッ!!
「ふごっ!?」
そして正確に春原さんの横っ面に直撃!!
跳ね返ったボールは……ゴールの枠を大きく外れていった……。
…………ええっ!?
何で!?どう蹴ったら真横に飛ぶの!?
「どこ蹴ってんだよ、このノーコン!!」
「今のはパスだ!おまえがパスを出せと言ったから出してやったのに、何をやってるんだ!!」
そして再び言い争いを始める二人。
ハ……ハハッ……。
どうやら、まだ楽には勝たしてくれないらしい……。