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ストーリー短編小説集

シェイプシフター

作者: 84g

 クリスマスの夜。

 トランクにガソリンの携行缶を置き、アルコールを増やしたいので後部座席に缶ビールを置く。

 こうしておけば、トランクで燃え上がれば後部座席に籠る熱で缶ビールが気化して死体も残さず燃え尽きる。

 親父は何度も死んだと云うが、俺は初めて死ぬことにした。

 父親から俺が習ったことでまだ試していないいくつかのこと、自分の死を偽装するときの燃やし方。


 そもそも、俺がなぜ自分の死を偽装しなければならないか。

 なぜ何度も死ななければならないか、いや死んだふりをしなければならないのか。俺と父親はシェイプシフターだ。

 超能力でも妖怪でも怪物でも、好きに呼んで良い。

 母親がどんな人間なのかも知らない。俺が子供の頃には、俺は自分が常人ではなく、帰るべき家なんて重苦しいものを持たないということに気が付いていた。

 地球上に何体存在するかは知らない。学術的な分類が哺乳類で良いのかも知らない。

 なぜならば俺たちは、姿を持たないからだ。

 なろうと思えば、どんな姿にでもなれる。腕を曲げるのと同じくらいの手軽さで身長を伸ばし、遠くを見るために目を凝らすのと同じように瞳の色を変えられる。

 戸籍もなんということはない、役所の職員にシェイプシフトすればいくらでも新しくできる。

 ただ、居なくなるときには面倒だ。一応、死んだことにしておきたい。

 戸籍だけでなく、居たというには死んだことにしないと探されて面倒になる。いや前に手を抜いて、ただ消えたことが有った。

 それが原因かはわからないが、今の俺が直面している歯痒い現実は、俺が高校一年生をやっているときから引きずっている。




「ねえ、恭平きょうへいくん! 私と付き合ってくれないかな!」


 今の日本では高校生というのは稼げる仕事だ。

 息子が不登校だと困るという親から頼まれたり、学校生活の関係性を良くして欲しいとか。

 俺としても、高校の勉強はする価値がある。

 父親が云うには、父親の主な収入源は替え玉受験で、高校入試か大学入試を突破する程度の学力さえ身に付ければ、入試のシーズンだけで一年分の食い扶持を稼げる。

 その一環として日当を受け取りつつ、高校生活をしているとき、その女は声を掛けてきた。

 目立たないように、それでいて落ちこぼれにはならないように、それが俺の目的だというのに、その女は教室のど真ん中で云い放った。


「えっと、なんで? 俺?」

「恭平くん! みんなが見てる前でそういうことを女の子に云わせちゃダメだよ! 恥ずかしいじゃない!」

「いや、そういうなら皆の前で告白しないでくれない?」


 変な同級生だった。

 やめてくれ。俺を巻き込まないでくれ。

 父親は俺によく云った。“自分たちシェイプシフターは、どこにでも行ける。だからこの世で最も贅沢な生活もできる。好きに生きろ。だから女も友達もいつでも切れるようにしておけ。それは荷物になる”。

 俺が自分で稼げるようになった頃、親父は消えた。俺も知らない名前と顔で生きているのだろう。おそらく、もう二度と探し出すことはできない。

 親父にとっても俺にとっても、お互いに重荷だった。家族が欲しければ適当な家族になり切れば良いだけだ。

 それで良い。面倒になったら消えれば良い。そうやって生きてきたんだ。

 その俺と付き合いたい? バカじゃないのか? 俺にメリットがない。

 相手にメリットがない話を提案する、バカそのものだ。


「ね! お試しで良いから! 三ヵ月取ってくれた今なら巨人のチケット付けちゃう! 一緒に観に行こ!」


 バカに返す言葉が無い。

 俺は無言で立ち上がり、カバンだけ持って出て行った。

 沢井田恭平は、居なくなったりしない。明日からは沢井田恭平は不登校に戻るだけだ。

 中学卒業から引き籠っていたアイツが、また高校に来なくなる。

 沢井田さわいだ恭平の両親との契約は高校卒業までだが、別に構わないだろう。あいつらも俺を見つけることは出来ないわけだ。

 そうやって、俺の名前が沢井田恭平ではなく、高校生の山岸昴やまぎしすばるになった頃。

 本物の山岸昴は性病で療養中。相手の持っていた病気を貰ったらしい。高校二年生でそれはいくらなんでも面目が悪いということで俺がアリバイを作るために通っていた。

 放課後、女教師が唐突なことを云いだした。


「ねえ昴くん、付き合ってくれない? 巨人戦のチケット有るの。一緒に観に行かない?」


 いや、おかしいだろ。俺巨人ファンじゃないし。

 俺は奇妙な歯痒さに何も云わずに立ち上がり、そのまま姿を消した。


 その次は、俺が高木自由たかぎじゆうになったとき。

 プロ注目の選手で、高校卒業と同時にドラフト指名も考えられていたが直前で骨折。その間の文字通りの代打として野球部に所属しているときだ。

 俺は高木自由にシェイプシフトしているので、運動能力もそのものになる。脳の運動中枢もシフトできるし、部分的に必要ならば他の選手にもシェイプシフトできる。

 天才と呼ばれる人間にシェイプシフトさえすれば、俺はどんなスポーツでも万能になれるし、適当に時間を潰せる。

 部活終わりに部室で片づけをしているとき、一年生のマネージャーが云い切った。


「自由さん、私と付き合ってください。巨人は好きですよね? 野球部ですし!」


 俺はもちろんその場から離れた。

 高校生もそれぞれに一年ずつはやり、学力的には充分になっていたし、明日から骨折でもなんでも公表すれば良い。困るのは俺じゃない。

 その次は大久保健司おおくぼけんじ

 大学生で、ただ単に遊ぶ時間欲しさに俺を雇った。ギブアンドテイクが噛みあった事例として居心地が良かった。

 ただ大学に通い、卒業さえすれば良い。そんなとき。

 クリスマスイブに道を歩き、ポケットティッシュ配りの女に手を握られたときだった。

 なぜか、来年の巨人のオープン戦チケットを一緒に握らされていた。


「すいません、では今度行きましょうか? 付き合ってくれますよね?」


 おかしい。

 おかしすぎる。

 いや、女に告白されること自体はおかしくないかもしれないが、毎回巨人戦に誘われるか? 別の女に毎回、なぜか巨人戦を誘われる。どういうことだ?

 俺は、親に……というか、本物の大久保健司の親に渡されていた軽自動車にガソリンの携行缶とビールを積み込んだ。

 人間の身体は燃える素材になっている。行方不明にさえなれば死体が燃え尽きた扱いになる。

 だが、俺は行方不明にはならない。

 本物の……大久保健司が生きていれば、警察は“俺”を探さないだろう。

 警察が探さなければ、あの奇妙な女たちが俺を追い回しているとしても、“俺”が燃え尽きたと判断するだろう。

 ……警察は探さない、探すとしても本物の大久保健司で、探すのは俺じゃない。

 ならば、俺を探している可能性があるとしても、あの女たちだけか?

 燃料代わりのビールで渇きを癒したい。冬の空気が乾いているせいだ。声が出ない、目玉も瞬きを忘れて涙を滲ませる。

 悲しいわけじゃない、悲しいわけがない。俺は誰でもないんだから。誰でもない男が涙を流すわけがない。


 俺は初めてだが、父は何度かそうやって自分を消していたという。

 俺は死なないが、もし俺を追っている巨人戦女が居るとしても、俺の存在だけが死んだことにできるかもしれない。

 

「誰か俺を探してくれているのか、誰が俺を追っているんだ、俺を……だが、俺は誰だ?」

「あなたでしょ。あなたは」


 車に火を付けようとしている背後に、現れた気配。

 高校一年生のときに告白してきた女だ。


「もったいないから燃やさなくて良いよ。それに乗って巨人戦、行こうよ。宮崎だから車有った方が良いよ」


「いや、なんで……?」

「なんで分からないのかなー、って思ったら、あなたの一族はメタモルフォーゼを見分け出来ないのね。てっきり追いかけっこでもしてるのかと思っちゃった!」


 そこには二年生の時の女教師が居た。


「私たち一族って、あなたみたいなイケメンが居ないのよ」

「いや……この顔は……」


 次に現れたのは、野球部のマネージャーだった女。


「雰囲気、っていうのかな。そういうのがイケメンってわかるのよ。本当の意味の雰囲気イケメン?」

「俺が、分かる、のか?」

「あなたがどんな顔をしていても、どこに居ても、私にはあなたが分かるわ……どうしたの?」

「……こんなとき、使うんだろうな。合わせる顔がないというのは……」


 涙が止まらない俺を見て、ニヤリと彼女が笑った。


「顔だけは困ったこと、無かったのにね?」


 俺には仲間と、そして人生の目的ができた。

 彼女が俺がどんな姿でも見つけてくれたように、俺も彼女がどんな姿でも見つけられるようになることだ。


 レギュレーションを見た当初、「クリスマスの戦場で死体を装い、生き残ろうとする兵士」の話を考えてたんですよ。

 気温が低くて、息が白くなるのを抑えるため、仰向けからうつぶせになったり、

 流れ弾が被弾しても悲鳴を上げず、震えないっていう。


 これはこれでアリかな、と思ったんですが、ハルカさんの前回の企画で俺が出した作品が「冬山のスナイパー」でして。ダダ被り。残念。

 その後、「トンネル事故に遭遇の吸血鬼、人間なら死んでる傷を負うが吸血鬼とバレないように死んだふりをしながら他の人を助ける」とか、

 「詐欺師集団、死んだふり詐欺をしているときに強盗が入ってくる」コントなどが発生するもノリが悪くボツ。


 で、そもそもこのレギュレーション、

 「死んだふり」というオチを先にバラしてるんですよね。

 このままオチるとインパクトが弱くなりやすいし、

 導入に使うには特殊すぎるし、文字数がギリギリ。


 で、主催のハルカ姉さんに愚痴ったわけですよ。「テーマ難しくないか」と。

 したら「雰囲気から考えれば大丈夫(超訳)」という、「あ、そういえばこの人、文章で空気感を出す達人だったな」と思い出す結果に。

 それ、あなた以外は出来ないから。それ、他の物書きから見ると十二分に特殊能力だから。


 で、もう仕方ないから適当に書き出した。燃えろ俺の特殊能力、アドリブ力だ。

 一行目で車を燃やそうとした。ガソリンと酒の爆発で死体が燃え尽きたことにしようと。

 で、「そのあとはどうやって生きる?戸籍無くなるけど?」と思ったら、「最初から戸籍が無い男=シェイプシフター」が誕生。

 「戸籍も顔もない男を追っている誰かが居る」→「でもそいつ、本当の理解者では?」と話が完成。


 結果、「誰にでもなれるが、死体になったら誰でもない男が死体ゴッコ」という訳のわからない話に。

 大丈夫かこれ。

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[良い点] 企画に参加してくれてありがとう、大丈夫やで!(あとがき読んだ 感想に入る前に、沢井田だけ、思いつく選手がいなかった。山岸、高木、大久保は全部プロ野球選手に同じ苗字あるやん。でも、べつに巨人…
[良い点] 怒涛の巨人推しに笑ってしまいました^^ [一言] 企画より拝読させて頂きました。 前回の企画のときも読ませて頂きましたが、今回はまた雰囲気が違う感じでしたね。 自分もこのテーマ難しい! と…
[一言] とっても面白かったです。 デートの誘い文句が常に巨人のチケットと一緒というところに笑ってしまいました。絶対に逃さないぞという新聞屋さんや、NHKの集金人のような意気込みを感じますね。 追い…
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