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卓巳君の憂鬱(6)

 俺は頑張った。やりきった。

 とりあえず、アドリブでの、練習無し本番にしては頑張った。

 と思う。

 直樹はさっきよりも落ち着いたみたいだった。

「すごいね、卓巳。僕、色々とクラッシャーだなって、うん」

と、満面の笑みを浮かべた直樹から賞賛の言葉をもらった、たぶん。


「どう?日本の伝統芸らしいぞ?

 練習が足りなくてごめんな。

 喜んでくれた?」 

「うん、すごいね、破壊力抜群だよ。とても面白いし、筋肉が動くから笑えるし。

 卓巳のセミヌードに僕がお行儀よく耐えられるなんてさ、凄すぎ。

 僕、色っぽい気分が全部、吹っ飛びそうになった。

 でも、ありがとう。

 一生懸命な卓巳の気持ちが嬉しくて、すごく元気が出た」

 直樹がにこにこしながら起き直り、隣に座って背中の汗を拭いてくれる。

「そうかな?じゃ、やった甲斐があるな♪

 とりあえず直樹が笑顔になってくれて、病気に耐えてくれればいいなって思ってさ」 

「僕はやっぱり普通にこの卓巳のかっこいい身体と筋肉が見られただけでも満足なんだけど。

 でもね、この絵、すごいね。最初、なんかタトゥーかな、って思っちゃった。

 卓巳が僕のために用意してくれたんだよね?」

「そうだよ、けっこう頑張ったんだ、ていうか俺は描いてもらっただけなんだけど、」

「誰かが、これを卓巳の身体に描いていたんだね、いいなぁ、刻みつけるみたいに、さ」

と、直樹の指が絵をなぞる。

 く、くすぐったい。ヤバイ、くすぐったいのがダメなのが昔からバレていたんだ。

「ああ、直樹、タンマ、ちょ、やめろってば。だから、わかるだろう?

 あ、だ、俺は、だから、くすぐったいのを我慢して、が、頑張ったんだ。

 ちょ、直樹、あまり触ったら、あ、ああ、ちょ、や、やめろってば~」

 直樹の腕と手を抑えようとするのに、直樹はそれをするりとうまく解いては、にこにこと触ってくる。

「卓巳、昔からくすぐりっこすると一番弱かったもんね?

 なんかイイ声で悶えてくれるんだ、こんな声を出して耐えてたの?」

「う、だ、だから、まぁ、い、いや、ちょっとこう、落ち着こうか、ね?

 母さん、もうそろそろ帰ってくるぜ?」

と、俺は必死で直樹の手を掴んでブロックする。

「うん、そうだね。わかった。今は、我慢する」

と、直樹は素直に言った。

「あ、そうだ。この絵を消す時、僕が洗ってあげようか?」

「いい、全然大丈夫。ガシガシ洗えば消えるらしいから、自分でやる」

と、反射的に答えた。

 こんな可愛い直樹と一緒に風呂に入れるわけないだろ?

 あと、絶対にめちゃくちゃくすぐられるのに決まっている。


「ねぇ、僕、たくさん卓巳にお願いごとをしていいんだよね?

 昨日、『俺の出来ることは、なんでもしてやる』って言ったよね?」

「ああ、言った。あ、先に言っとくけど、くすぐったいのは我慢出来ないから、俺の出来ること、じゃないからな。

 耐えられないから、くすぐられるのは、パスで」

「ちぇ~、卓巳、先に逃げる条件をつけてずるいよ。

 僕、いつも上手に拒絶されてるよね?」

「そんなことないよ、さっきだって、俺は直樹の方が俺よりキスが上達しているなぁって思いながら、俺だって頑張っただろ?

 誠心誠意、大真面目に俺はキスしてるじゃないか」

 直樹は、俺の大真面目の言葉辺りで、もうくすくす笑っていた。

「上達しているのかな、僕。それってきっと褒め言葉だよね?

 でも、僕は卓巳の大真面目なキスがいいんだ。

 僕はもうちゃんとお医者さんの言いつけを守っておとなしくしているから、卓巳から本気のキスをしてよ」

「うん、わかった。今日、あと何回分だっけ?」

「卓巳は無粋だね、やっぱり義務みたいに考えてるんだ、」

「いや、あのさ、義務とかじゃないよ。

 たださ、俺とお前が、仲良くしていちゃついてたら、泣く人がいないかなって思って、」

「ごめん、そうだよね?

 それって卓巳の彼女さん、のことだよね?

 彼女さんがいるから、やっぱダメ? 秘密にしておいてもダメ?

 卓巳もこの間言っていたよ、男同士なら赤ちゃんが出来ないって。だからバレないでしょ?

 僕は本気なんだよ、でも、卓巳の方は遊びでも二股でも僕はいいんだ。

 卓巳の自由も尊重するし、束縛なんてしないから。

 僕も、卓巳に愛してほしいんだ。ちょっとだけ卓巳の愛を分けてもらえたらって。

 いっそそのときだけでいいから、僕とかりそめの恋人みたいにさ、」


 ああ、そういう考え方なのかな。

 直樹は、本命の恋人がいても、俺とキス出来ちゃったりするのは、そういうことか。

 俺の方に本命の彼女がいても、浮気でも遊びでもキスできるって、そう思っているのかな。

 俺には本当は彼女なんかいないんだ。

 だけど直樹の『ジュテーム』の相手は。どう思うだろう?

 直樹とその相手との邪魔だけは、俺はしたくないんだ。


 

「うん、だけど、お前、お前だって考えて欲しいんだ、お前の本命の人のこと、、」

「え?僕に、本命?

 ひどいな、卓巳、僕の本気のアプローチをそんな風に疑うの?、」

「いや、ごめん、だって、昨日、」

と俺が言いかけたその時、俺の机に置かれていた、直樹のスマホが鳴った。

「あ、ごめん、電話かけ忘れていたから、向こうからかかってきちゃった、ちょっと出るね」


 そこから直樹は俺のベッドに腰かけたまま、フランス語で電話に向かってしゃべっていた。優しい声音で。

 何を言っているのか全然わからない(当たり前)。

 俺、そばにいていいのかな?

 まるで立ち聞きしているみたいなんだけど。


 所在なくて直樹に背を向けて寝たふりをしているつもりなのに、電話で手持無沙汰なのか、直樹は手を伸ばしてきて俺の髪をいじったり撫でたりしてくれる。

 とりあえず、俺は邪魔したくないからじっと静物化していた。

 相手に見えないと思うけど、よけい何だか相手を邪魔しているような気持になるんだが。

 最後に甘い声で、ジュテームって言ったかと思うと、投げキッスみたいな音をスマホに向かって送った。

 え?もしかして...。

 今の電話は、昨日のお相手、だったのか?

 毎日、電話をかけあう相手。それって、愛だろ?どう考えても。

 

 悩み始めている俺に全く気づかないのか、直樹がさっきと同じように、当たり前のように俺に寄り添ってくる。

「卓巳、ごめんね、お待たせ」

「あ、いや、俺は全然いいんだけど、なんか邪魔じゃなかった、俺?」

「ううん、大丈夫。本当は紹介してあげても良かったんだけど、今度にしようかと思う。

 うちのおばあちゃん、日本語全然わからないからさ、」

「?、おばあちゃん、フランスの?」

「うん、毎日あっちの朝8時に電話するね、って約束しているから、忘れると大変なんだ。

 でも、こっちに来ている時は時差があるからさ、いつもと違うから変な感じ。

 とても僕のこと、心配しているから、大騒ぎになるんだよ」

「当たり前だよ、みんな直樹の心配しているんだから、本気で」

「そうだね、いつも悪いなって思うけど。

 で、何だっけ、さっきの話に戻っていい?

 僕が、二股をしている疑惑?」


 俺は慌てた。

「い、いや、別に、なんかごめん。疑惑というよりも。

 直樹って、こうみんなが天使みたいって言うからさ、

 もててるかな、とか。

 フランスに素敵な人がいて付き合っていたりして、とか。

 こう、色々と勝手に想像したりして、さ、

 俺は別に詮索しようとかしてたわけじゃなくて、」

「僕は、そんなにもてないよ?」

「嘘だ、それは絶対嘘だろ?」

 直樹は照れたような顔をして、あっさり認めた。

「あ、まぁ、たまに僕のことを褒めてくれたりする人はいるけどさ。

 あと、しつこくて困る人もいたりもしたけど。そんなの、どうでもいい。

 僕はずっと小さい頃から卓巳のことが一番好きなんだよ?

 卓巳はね、正直だし、優しいし。

 ふだん優しいけど本気の顔になると、すごくかっこいい目をするんだ。真剣に向き合ってくれて。

 キュンとなるんだ。それにね、」

「それに?」

「僕より卓巳の方が天使に近いよ、まじめだし、僕のことを考えてくれるし。

 僕は、天使みたいって言うより、どちらかというと悪魔に近いと思うよ。

 まじめな卓巳を堕落させるために生まれてきたのかも、って思った。

 僕、信じてもらえないかもしれないけど、卓巳のことを好きになったことに悩んだこともあるんだよ」

「そうか、俺は...」

と言いかけたが、なにも言えなかった。卑怯者かもしれない、だけど...。

 最近俺だってお前のことを好きみたいで悩み始めてるなんて、後出しで言えるか。


 直樹は、いきなり明るく言う。

「僕、やっぱりちゃんとリクエストしていい?

 これから毎日10回以上はちゃんと本気のキスして?」

「ま、毎日1回っていう約束は!」

「昨日、なんでもするって言ってくれたから、回数を増やしてみた」

「直樹、お前な、」

「約束したもん。・・・それに、さっきキスくらいは誠心誠意、大真面目に出来るって言ってたから、{出来ないこと}じゃないよね?

 嘘ついたら神さまに怒られちゃうんだからね、卓巳」

 まるで子供の頃のような言い方をするのが、懐かしくて少し笑える。


「今日はまだ、1回しかしてないんだからね、」

そう言って俺にしなだれかかる。

「ねぇ、卓巳、・・・あ、、ん・・・」

 甘えてくる直樹の唇を、俺は本気でふさいだ。

 さっき、直樹が俺にしたみたいに本気でむさぼりそうだ、いや、ていうか、かろうじて我慢してるけど。

 心のどこかで、さっきの直樹のキスに負けたくない気持ちがあった。

 本当は、俺だって。

 俺が感じた耐えられないくらいの情動を直樹に感じさせてやったっていい、と思うくらいの気持ちがある。

 ぎゅっと抱きしめてやると直樹が喜ぶから頑張れるし、嬉しい気持ちもあるけれど、それと同時に悩みもあるんだ。

 俺だってお前を好きみたいで悩んでいるんだから。

 だけど、俺はお前よりも大人で、ちゃんと理性で抑えてやっているんだからな。

 やせ我慢をしたいんだ。

 そうだ、お前のためにも、絶対俺は今、やせ我慢をしてやる方がいいんだ、そう思う。

 俺は、そういう意識高い系なんだから。

 あと、それから。

 キスだって、絶対に俺の方が上手いんだから。

 

 直樹が俺を抱きしめ返してくる。

「ごめん、僕のわがままばっかり言って。

 卓巳の願いは何?

 僕に望むとしたら、何?

 僕も自分の出来ることは全部、してあげるね、」

「そうだな、俺は直樹に元気でいてほしいな。

 病気のこと、治すのはお医者さんかもしれないけどさ。

 直樹が出来ることを最大限やってくれて、それでずっと今のまま、普通にいてくれればいい」

「天使のように見える僕で?

 いっそ、めちゃくちゃ悪魔になった僕を見たくない?

 それとも、ちょっとわがままな本性が見えても?」

 俺は、悩んだ。

 直樹、幅広いな。俺は単細胞だから、良くわからないぞ。

「...。う~ん、選べないな。どれも直樹なら良さそうな気がするし。

 直樹は、まぁ直樹で好きなように、居心地良くいてくれればいいから」

「卓巳は優しいな。でも、本当は僕のアプローチ、迷惑なんじゃないの?

 やっぱり僕のこと、同情で我慢してくれているんじゃないの?」

「あ、いや、そうじゃないよ、俺は、...同情とか我慢とか、そんなんじゃない。

 そんな風に、みじめな感じに言わないでくれよ、」

「卓巳?」

「今さ、ていうか、さっきから俺たち本気でキスしてただろ?」

「うん、」

「だから、わかってくれよ、って。

 俺が隠そうとしようが、やせ我慢しようが、俺の気持ちがモロばれているくらいのキスになっちゃっていて、...。

 そういう感じしなかった?

 お互いにもう嘘もつけない、気持ちを共有してる瞬間が、まるで奇跡みたいに大事で貴いって。

 もう何も言わなくても、いっそ嘘をついてごまかしたとしても。

 直樹にはもう、俺の本当の気持ちは伝わっている、そうだろう?

 俺が嫌がっているかどうか、わかってくれよ、」

「卓巳、僕もそれは感じたよ。

 ああ、僕も本気で、卓巳も本気でいてくれて。って幸せな気持ちになって。

 でもね、不安も多いんだ。勝手な思い込みなのかなって。

 だって、ちゃんと言ってくれないから。

 困った目をして、卓巳は僕を拒絶してる方が多いもん。くすぐったいとか言ってすぐに逃げるし。

 卓巳にちゃんと言って欲しいんだ」

「いや、だからわかれって、」

「『好き』って言って、キスしてよ、検査を耐えて帰ってきたご褒美に」


 俺が暴走したら、どうするんだ。

 俺がやせ我慢をしている間だけが安全だったのに。

 どうなっても知らないからな、

 直樹のバカ!


 俺は、まるで怒っているみたいに顔を真っ赤にしたまま

「お前が無理やり言えって言ったから、そうするだけだからな!」

と直樹の耳元で断言し、それから直樹のリクエストに応えて、喰らいつくような顔で大真面目にキスをした。

 お読みいただき、ありがとうございましたm(__)m。


 最初は、卓巳君の憂鬱(1)だけのつもりでした。

 キスをテーマにして、5000文字程度の短編を書こう、それを連作にしようと思ったのですが、構成的に誤っていたので『約束のキス』と分割するために、続きを書いて完結させました。


 『やおい』という言葉の意味を友人に尋ねた時に、「山なし、落ちなし、意味もなし」と教えられたので、(2)から(6)を書く時に、《山を作ろう、落ちを作ろう、意味もあるようにしよう》と努力目標を考えて努めたのですが(笑)、いやもう笑ってごまかすしかありません。

 登場人物が幸せそうなので、もう『達者で暮らせよう~♪』と思ってお許しください。精進します。


 

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