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和葉の笑顔

正宗くん視点。二人が暮らし始めた日のお話。


 この家に越して来たとき、俺の荷物は段ボール一つにも満たなかった。


「とりあえず明日、食器とか見に行こうか」


 組み立てたばかりのベッドに寝転がりながら、俺は和葉の言葉に「ああ」と小さく返事をする。

 それから俺は、まるで甘えるように隣に寝転がってきた和葉をそっと伺った。


 出会った頃はあどけなかった少女が、ずいぶん成長したものだと俺はしみじみ思う。

 鼻筋の通った顔はより美しくなったし、以前よりずっと大人びている。

 むしろ同年代の女性より、少し大人すぎないかと思うほどだ。


 それはきっと、和葉が普通ではない経験をたくさんしてきたからだろう。

 裏社会の陰謀に巻き込まれたり、命を狙われたり、そういう目に彼女は何度もあってきた。

 普通なら心を病んでしまうような出来事にも遭遇したはずだが、それをみじんも感じさせない彼女は本当に強い。

 むしろ強くなければ、俺のような厄介な男を恋人にしようとは思わないだろうが。


「正宗くんは、何か欲しいものない?」

「和葉」

「……正宗くん、大人の時間にはまだ早いよ」


 でも欲しいものと言われて、すぐに浮かぶのがそれだったのだから仕方がない。

 

「イオンで売ってそうな物でだよ。色々揃えなきゃいけないから、ついでに欲しいものあれば買おうよ」

「欲しいものか……」

「そうだ、服は?」

「服なら和葉のを買おう」

「私はある程度あるもの。でも正宗くん全然持ってないし、あるのは全部黒いし」

「黒は駄目なのか?」

「全身真っ黒は目立つよ」


 でも黒は返り血が目立たないからと考えて、もうそんなことを気にする必要はないのだと気づく。


「何かないの?」

「考えてはいるんだが……」


 一番欲しいものは手に入ってしまったからか、なかなか答えは見つからない。

 とはいえ黙っていると和葉が困るだろうし、俺は必死に頭を働かせる。


 そうしていると、突然和葉が「えいっ」と俺に覆い被さってきた。


「私以外、浮かばないって顔だね」

「すまない」

「いいよ。まあ私も、そういう気分だし」


 微笑んみながら、和葉が俺の唇をそっと奪った。

 それから彼女は、へへっと子どものように笑う。


「これからは、好きなときにキスできるね」

「ああ」

「それにこうしてくっつけるし」

「くっつけるのはいいな」

「何より、誰にも監視されてないのが良いね」


 確かに、ここ最近はずっと周りに誰かがいて、絶対に二人きりにはさせてもらえなかった。それを思うと、今の状況は幸せすぎて怖いくらいである。


「今まで、色々と迷惑かけてごめんな」

「いいよ。私正宗くんに迷惑かけられるの好きだし」


 和葉はそう行って笑ってくれるが、俺はやっぱり申し訳ない気持ちになる。


 俺たちが普通に過ごせなかったのは全て、俺の持って生まれた力のせいだ。

 常人では扱えない特殊な力――超能力。そう呼ばれる力の中でも、とりわけ危険度の高いものばかりを、俺は自由自在に使うことが出来る。

 そのせいで俺は危険視され、命を狙われ、ここ5年ほどは『安全のために』という建前で、秘密政府機関の研究施設に軟禁されていた。

 ようやく和葉への気持ちを自覚して、彼女からも好きだと言ってもらえたのに、つい一ヶ月前まではガラス越しに顔を合わせることしか出来なかったのだ。


 そんな状況を変えたくて、かつては人を殺めるために使っていた力を、俺は国と世界のために使うことにした。自分の犯した罪の償いにもなると思ったし、真っ当になれば和葉と一緒に暮らせる日が来ると信じていたのだ。


 そしてついに、俺は彼女と自由に暮らす権利を手に入れ、今ここにいる。

 日々の暮らしについて、政府に定期報告を行う義務はあるが、もう危険な任務につく必要はない。誰かを傷つけるために、力を使う必要もない。


「ずっとこうしたかった」


 和葉を抱き寄せ、俺は彼女の髪に顔を埋める。


 彼女を抱いたことは、初めてではない。

 軟禁されるまでは、触れあったりキスをしたりもしていた。肌を重ねたことも、もちろんあった。

 でもすぐに過度な接触を禁止され、ガラス越しでなければろくに会えなくなった。俺は和葉が傷ついたり危険になると見境がなくなるから、それを抑制するためにも距離を取れと言われてしまったのである。


 例外的に会えることもあったが、大抵はどちらかに命の危険が迫っている時だったから、スキンシップをはかる余裕などあるはずもない。

 だから彼女を肌に感じるのは、本当に久しぶりだ。久しぶりすぎて、不安になるほどだった。


「……誰かが、襲ってきたらどうしよう」

「気持ちは分かるけど、もう大丈夫だよ」

「分かっているが、今までずっと、和葉に触ろうとするとすぐ誰かに邪魔されたから……」

「そういえば、突然撃たれたりとかよくあったね」

「超能力で吹き飛ばされて、ビルから落ちたときもあった」

「あれは本当にびっくりしたよね。ダイハード並みのやばさだった」


 びっくりしたし、ものすごく腹を立てた気がする。


「でも大丈夫だよ。そういうのは、もう全部終わったから」


 俺を安心させるように、和葉の小さな手のひらが俺の胸をぽんと叩く。


「だから正宗くんは、このさきずっとイチャイチャすることだけ、考えていれば良いんだよ」


 今度こそ本当に、もう全部終わったのだと、和葉の声が教えてくれる。


「今日からはボーナスタイムだよ。『いつまでも幸せに暮らしました』の部分だよきっと」

「ずっと……ということか」

「うん、楽しみだね!」


 和葉の弾む声に、俺は小さく頷いた。

 彼女がこんなにはしゃいでいるのは久々で、それを見ているだけで、俺は幸せな気持ちになる。


「嫌なことも、もう考えずにすむんだな」

「あ、でも、税金とか光熱費については考えないとね」

「そういうのは、全然嫌じゃないから大丈夫だ。あとこう見えて、金はあるから和葉に苦労はさせない」

「今の台詞、珍しく男前だね」

「惚れ直したか?」

「惚れ直すよ。女は金に弱い生き物だもの」


 冗談めかした声で言ってから、和葉は身をよじり、俺の顔を覗き込む。


「元々正宗くんのこと大好きだし、これはもう離れられないね」

「離す気もない」

「じゃあ、離さないでね」


 和葉の言葉に、俺は頷き、もう一度彼女にキスをする。


「金、貯めといてよかった」

「うん、貯金は大事だよね。何でも買えるしね」


 和葉の言葉に小さく笑って、そこで俺は今更のように、欲しい物が浮かんだ。


「明日……おそろいの食器を買わないか」

「それ、すごくいい!」

「茶碗とか、マグカップとか、使ってみたい」

「そこまでいったらお箸とか、タオルとか、歯ブラシとか全部おそろいにしようよ」

「……全部なんて、贅沢すぎないか?」

「贅沢じゃないよ。まだまだ、全然足りないよ」


 だから明日は、欲しいものをいっぱい買おうと笑う和葉に同意して、俺は彼女をぎゅっと抱きしめる。


 柔らかな体をいくら抱きしめていても、もう邪魔者は現れない。

 だから今日は――いや、これからはずっと、彼女のことだけを考えて生きていきたい。

 抱きしめて、キスをして、くだらないことにだけ超能力を使って、彼女と笑って暮らしていきたい。


「これからよろしくね、正宗くん」

「それは俺の台詞だ」


 普通の生活を知らない俺だから、色々と失敗するかもしれないけれど、和葉ならきっとそれを笑ってくれる。時には叱って、正しい道を示してくれる気がする。


 だから俺は、この優しい恋人を二度と傷つけないようにしたい。

 そして彼女が愛してくれる俺自身のことも、今後は大切にしたいと強く思った。



平和すぎる日常編 その1【END】

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