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正宗くんの薬

逆顎クイされる正宗くんのお話。ちょっとだけシリアス。


「……力が……制御できない」


 そんな声が聞こえてきたのは、固く閉ざされた風呂場の中からだった。

 普段なら、またオーバーなことを言ってと呆れるところだけれど、僅かに震える声に私は言葉を飲み込む。


 なぜなら月に一度、正宗くんは力が不安定になる日がある。

 理由はよく分からないが、彼の力は人が持つには余りに大きすぎて、体に負荷がかかってしまうらしい。


 そのため彼は毎日欠かさず薬を飲み、力と発作を押さえ込んでいるのだが、それでも場合によって体に不調が出てしまうのだ。


 そして多分、今回は特にそれが酷いのだろう。


 苦しげな声からそれを察した私は、発作を抑える薬と水を用意すると、風呂場の扉を勢いよく開けた。


「……のぞ…くな……」


 こんな状況にも関わらず恥じらっているのか、風呂場の横に頽れながら正宗くんが何やら文句を言っている。


 出しっぱなしのシャワーの下、全裸で荒く息をしている姿は無駄に色気がありすぎて困るが、今は見とれている場合ではない。


 私はシャワーを止めると、彼の体をバスタオルで包んだ。

 それから顔を覗き込むと、正宗くんは苦しげな顔を私から背けようとする。そんな彼の顎を掴んで、私はぐいっと自分の方へと向けさせた。


「薬、自分で飲める?」

「飲め…る……」

「嘘ついたら、一ヶ月エッチなしだよ」

「飲めない……」


 私の言葉に、正宗くんが折れるのは早かった。電光石火の変わり身だった。


 それに苦笑しながら、私は彼の口に薬を押し込み、水を流し込む。

 息をするのも苦しいのか、正宗くんの頬は上気し、目元は潤んでいる。

 そのため、なんだかいけないことをしている気分になったが、それでも無事私は彼に薬を飲ませることに成功した。正直ちょっと理性が飛びそうだった。危なかった。


「……世話をかけて、すまない」

「今更でしょう」


 そう、本当に今更だ。

 一緒に暮らすと決めてから、私はこのやっかいな体や力ごと、彼の面倒を見ると決めたのだ。

 彼はそれを申し訳なく思っているようだけれど、私が好きでやっていることだから、誤る必要なんてない。


「今日は、いつもより酷いね」

「……髪も、久々に……変わる…かも」

「レアな奴だ」

「レアって……」

「あ、もしかして更にレアなロン毛バージョンになる?」


 ロン毛バージョンとは、銀髪になったあげく髪が伸び、目まで赤く染まるという、中二心をくすぐる容姿のことである。

 彼は特異な体質で、力が不安定になるとそれが髪や目の変化として現れるのだ。

 超能力者というより、吸血鬼とかにありがちな設定では? とか思ったりもしたけれど、そうなる科学的根拠があるらしい。

 小難しい話だったので、説明は全然覚えてないけれど、最もらしい理由が付いていた気がする。覚えてないけど。


「たまには見たいな、ロン毛な正宗くん」

「あれを見たいなんて……和葉は…かわってる……」

「だって格好いいじゃん」

「見る物じゃない……。あの姿の時は理性も失うし……力が暴走して、周りにいる者は傷つく……」

「私は傷ついたことないよ」

「和葉は特別だ……。お前だけは、傷つけたくないって思うから……」

「なら気にする必要ないよ。それに見たいなぁ銀髪。なんか、私の性癖にささるんだよね」


 その途端、ぶわっと正宗くんの髪が銀色に変わった。

 一方彼の頬は、真っ赤になっていた。


「和葉が変なことを言うから、力が……押さえ……られないっ……」

「いいじゃん、我慢なんかしないでロン毛になっちゃいなよ」

「切るのも面倒だから、嫌だ……」

「ケチ」


 そういって銀色の髪をそっと撫でていると、正宗くんがすっと目を細めた。

 ようやく薬が効いてきたのか、少しだけ顔色がよくなってきた気がする。


 それから私は、濡れた正宗くんの体をざっと拭き、着替えを手伝うことにした。


「パンツ、穿かせてあげようか」

「……それだけは……やめてくれ……」

「いいじゃん。私と正宗くんの仲じゃない」

「和葉のことは……愛してる……。でもそれとこれは……別だ……」

「今更恥ずかしがること無いのになぁ。正宗くんは普段から割と恥ずかしいし、もっとエッチな姿みたことあるし」

「エッチ……とは……」

「マッドサイエンティストにイケナイ機械触手で改造されそうになっている所とか」


 途端に、正宗くんは頭を抱えて唸った。

 どうやら、これは彼のトラウマだったらしい。


「正宗くん、結構そういう目にあるよね。お色気ポジションだよね」

「お色気……いうな……」

「だって前も、発作で動けない隙に敵に捕まったあげく、裸で拘そ――」


 言葉の途中だったが、正宗くんが泣きそうな顔で縋り付いてきたので、先は続けられなかった。

 だから代わりに、私はパンツを片手に微笑む。


「もう古傷は抉らないから、とりあえずパンツ穿かせていい? 風邪引いたら困るし」

「……どうぞ」


 許可が下りたので、私は心置きなく着替えを手伝った。

 

 それから私は正宗くんを支え、リビングへと移動する。

 そしてソファに正宗くんを寝かせると、彼は「少し休む」と言って目を閉じてしまった。


 その表情はまだ少し苦しげだったので、私はそっと手を握ってあげた。

 すると深く刻まれていた眉間の皺が薄くなり、まだ少し荒れていた呼吸も穏やかになる。


 眠りに落ちた正宗くんを、私はしばらくの間ぼんやりと見つめていた。

 こうしていると、始めて目の前で彼が倒れたときのことを思い出す。

 あのときも『力が制御できない……』と言って彼は倒れ、私はメチャクチャに焦ったものである。


 でも今はもう、あのときのように取り乱したりはしない。

 髪が銀髪になって驚いたりもしない。


「けど、何度見ても……慣れないなぁ……」


 対応には慣れたけど、それでもやっぱり正宗くんが苦しむ姿を見るのは、本当はちょっと辛い。

 そしてきっと、この先何度も見ても、この辛い気持ちは無くならない気がする。


 だからこそ、それを表に出さないように、私は彼をからかったりしてしまうのだ。

 からかって、笑顔でパンツを穿かせているうちは、辛い気持ちに溺れずにすむ。

 一番大変なのは正宗くんだし、彼がこうやって身も心も私に預けてくれるようになるまで、長い時間がかかったから、私が辛いと言って今の関係を壊したくなかった。

 私に懐く前の正宗くんは、今以上に中二病感溢れる性格で、威嚇する猫みたいに私の手を何度も払いのけるから、懐かせるまで大変だったのだ。


「……和…葉……」


 でも今は、夢うつつに私の名前を呼ぶくらい、信頼しきってくれている。

 それが嬉しいからこそ、私は辛い気持ちを抱きながらも、彼を支えたいと思うのだ。


「おやすみ、正宗くん」


 そっと唇にキスを落とせば、彼の呼吸は先ほどよりずっと穏やかになる。


 それでもまた、時がたてば発作は起き、彼は苦しむに違いない。

 だから私は何度でも、それを見届け、彼が楽になるために手を差し伸べるのだ。

 

 それがきっと、正宗くんの恋人になった、私の役目だから。


次回は正宗くん視点の回想話です。(ここで「平和すぎる日常編」は終了予定)

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