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正宗くんの二つ名

正宗くんは、今も黒い十字架を背負っている。


「その二つ名(なまえ)で、俺を呼ぶな……」


 そう言ってうなだれる正宗くんは、悲しき過去から逃れられない、哀れな囚人のようだった。


「俺はもう、その名前を捨てたはずなのに」


 項垂れる横顔は無駄に絵になるが、絵になるからこそ私はツッコまざるを得ない。


「いや、捨てるどころか、再利用しちゃってるじゃん」


 私の言葉に、正宗くんは先ほど以上に苦しげな表情を浮かべながら、目の前にあるパソコンの画面を見つめている。


 そこに表示されているのは、彼が最近始めたばかりのネットゲームだ。MMORPGと言う奴である。

 元々は私がひとりで遊んでいたのだが、正宗くんがどうしてもやりたいと言ったので、キャラを作ってあげたのだ。


「俺だって好きでつけたわけじゃない。本名をつけてはいけないというから、断腸の思いでこれにした……」


 そういえば、キャラの名前をつけるとき、正宗くんはものすごく悩んでいた。

 同じゲームをやってる神くんに電話をかけ、『俺はどうすれば良い……』とか言っていた。

 そしてたぶん、彼にあらぬ事を吹き込まれたのだろう。

『二つ名をつけるのが決まりだよー! 左右には十字架をつけるんだよ!』とか言われて、真に受けてしまったに違いない。


「俺だって、その名前は捨てたかった……」


 などと言いながらキーボードを叩いている正宗くんを横目に、私もノートパソコンを開いてゲームにログインする。

 起動したのは、もちろん彼がやっているのと同じネットゲームだ。

 正宗くんはデスクトップで、私はノートパソコンでプレイしていて、彼に操作や遊び方を教えるために、いつも並んで遊んでいる。


「うわぁ……。今日も、相変わらずからかわれてるね」


 ロードが終わり、ゲームが始まると、私のチャット画面はあっという間に埋まっていく。

 私と正宗くんは、同じプレイヤーズギルドに所属しているのだが、そこのメンバーが正宗くんのキャラ名で盛り上がっているらしい。

 それに嫌な予感を抱きつつ、私は『こんばんわ』と挨拶を打ち込む。

 


 ジンちゃん:黒き死龍さんの嫁チーッス!wwww

 №エックス:お、黒き死龍さんの嫁チーッスwwwww



 返ってきた反応に、私は苦笑した。

 私に対してもこのノリということは、きっと一人の時に相当からかわれたに違いない。

 ならば、痛々しい発言をしてしまうのも仕方がない。



 カズハ:そこら辺にしてあげてよ。隣で凹んでるよ黒き死龍が

 †黒き死龍†:だからその二つ名で俺を呼ぶな……

 ジンちゃん:無茶言うなwwwwwwww

 ボス:黒き死龍よ、俺がつけてやった二つ名を恥ずかしいとか言うんじゃない。

 №エックス:いや、これは恥ずかしいでしょう。これ以上無いくらい恥ずかしいでしょう

 猫耳スナイパー:もう、そこら辺にしましょうよー(^_^;) 



 フォローしてくれる人もいるが、基本的にゲーム内ので正宗くんのポジションはいじられ役である。

 なにせ同じグループのメンバーは、ほぼ正宗くんの昔の顔なじみだし、彼はゲームの中でも痛々しい発言を繰り返しているので、自然とそうなってしまうのだ。


「こんなにからかわれるなら、キャラの名前は『タニシ』にしておけばよかった」

「それもどうかと、私は思うけどね」

「タニシの何がいけない。水槽の隅っこで慎ましく生きる彼らは、俺の理想だ」

「……そこまでリスペクトしてるんだ」


 だがまあ、†黒き死龍†よりは確かにマシかもしれない。

 名前の左右には十字架までついているし、私がうっかり正宗くん似の薄幸そうなキャラメイクをしてしまったので、中二感も限界突破している。


「でもこのゲーム、『暗黒の龍殺し』とか『聖なるホーリーナイト』みたいなちょっとアレな名前の人多いし、普通と言えば普通だよ」

「確かに、多いと言えば多いが……」

「だからさ、恥ずかしがること無いよ。良くある名前だよ。地味だよ」


 地味ではないが、これ以上凹むとかわいそうなので、私は必死にフォローする。


「うちのグループは身内ばっかりだから、名前をおちょくる人も多いけど、端から見たら普通だよ」


 大丈夫だよと言うと、正宗くんはようやく気持ちを立て直したらしい。


「普通なら、いいか」

「そうだよ。これで暗黒騎士とかやってたら痛々しいけど、正宗くんは白魔道士だし」

「人を殺める仕事は、もうしたくないからな」


 そんな理由で、ゲームの中では回復役である白魔道士を選ぶ正宗くんは、ある意味でぶれない。


「だから、ヒーラーとして頑張ろう」

「ああ、もう二度と死龍などとは呼ばせない……。俺が回復するかぎり、誰も死なせない」

「格好いいね。じゃあ、今週もレイドいこうか」

「……ああ、回復なら任せろ」


 そう言って、正宗くんはキリッとした顔でパソコンに繋いだコントローラーを握る。

 元暗殺者だが、正宗くんは、無駄にゲームが上手い。

 そして仲間がミスしない限り、彼は言葉通り、誰も殺さない。


 それはレイドと呼ばれる高難易度のバトルコンテンツでも同様で、その腕前から彼はプレイヤーの中でもかなり有名だ。

 どんな窮地にあっても、神がかった回復で仲間を救うプロヒーラーと一部で呼ばれているらしい。

 この前も、二十八人が同時に巨大な敵を倒すバトルコンテンツで、まさかの正宗くんだけが生き残るという状況に陥ったが、そこでも彼は神っぷりを炸裂させていた。

 ものすごい早業で仲間たちを蘇生させつつ、敵の巨大ドラゴンを攻撃魔法で葬り去ったのだ。


 それを見たとき、正宗くんは何をやってもチート級なんだなと改めて思った。

 本人は「……この手で、とどめは刺したくなかった」などと落ち込んでいたけれど、むしろあそこで倒してくれたおかげで、我々は無事クリアできたのだ。

 でも彼はあのときのことがまだトラウマになっているらしく、最後の一撃になるであろうタイミングでは絶対に攻撃しない。

 もはや、ある種のロールプレイである。


「そういえば、和葉今日、どのジョブでいくんだ」

「んー、たまにはナイトでいこうかな」

「それは、回復しがいがある」


 そこで正宗くんは私の方へと嬉しそうに体を寄せてくる。


「和葉に回復魔法をかけるときが、俺は一番幸せだ」

「ゲームだし、誰だって一緒じゃないの?」

「全然一緒じゃない。その他大勢と和葉相手では、天と地の差がある」


 だから私が、敵の攻撃を一手に引き受けるナイトをやるのが、彼は嬉しくて仕方が無いらしい。


 そういう物かなぁと思ったけれど、実際今日の正宗くんは、いつも以上に神がかっていた。

 敵の攻撃に遭わせ、完璧なタイミングで回復魔法を差し込み、私の体力ゲージが減ることは一瞬たりとも無かったのである。


 少し過保護すぎな気もするが、ヒーラーとは思えないダメージも出しているようだし、まあいいだろう。


「ゲームは、良いな」


 そして、あと少しで敵が倒れるというタイミングで、突然正宗くんがぽつりと溢した。


「急にどうしたの」

「いや、まさか自分が、誰かを癒やしたり蘇生させられるなんて思っていなかったから……」


 今までは、殺すばかりだったから……と、突然ものすごく切ないことを言い出したので、私はとっさに敵の攻撃を一定時間無効化にする、防御スキルを発動させる。

 それから一瞬だけコントローラーから手を放し、正宗くんの体をぎゅっと抱きしめてあげた。


「正宗くんはリアルでも神ヒーラーだよ。私、いつも正宗くんの存在に癒やされてるよ」


 耳元でそっと囁いて、それから私は再びコントローラーを握った。

 同時に敵の攻撃を防ぐ無敵スキルが切れて、敵対していた巨大なドラゴンの猛攻が、私の体力を削り始める。


 だがその直後、回復が突然途絶え、私の体力ゲージが消し飛んだ。

 あれっと思って横を見ると、正宗くんは、真っ赤な顔をして、キーボードの上に突っ伏していた。



 ジンちゃん:おい、ヒール薄いぞ何やってんの!!

 №エックス:どうした、リアルで襲撃でもされたか!?

 ジンちゃん:何?リアル暗殺者? でも黒き死龍さんなら、ゲームしながらでも余裕っしょwwww



 そんなあおりさえ見えていない黒き死龍さんに代わり、私は文字を打ち込む。



 カズハ:ごめん。ちょっと不意打ちしたら、黒き死龍さん動かなくなっちゃったわ

 ジンちゃん:えっ、不意打ちって何!? 何しちゃったわけ?

 ボス:kwsk

 カズハ:とりあえずワイプしよー。その間に、中身は蘇生させとくから。



 私の言葉に、乱れ飛ぶ「おk」の嵐。

 ノリが良い身内がPTメンバーで助かった。

 


 ボス:すまない。暗殺者がきたのは俺の方だった、五分AFK



 その上、フレンドの一人がタイミング良く離席する。

 冗談のようだが、きっと本当に切羽詰まった状況なのだろう。

 正宗くんのリアルなお友達ということは、すなわち彼の元同業者やら超能力者やらなので、このようなとんでもない離席理由がちょいちょい起こる。


「ボスさんなら、時間かかっても戻るまで10分だなぁ」


 それまでに、悶絶してしまった正宗くんをどうにか出来るだろうかと考えていると、彼がすっと体を起こす。


「……すまん」


 ぽつりと溢した直後、私は正宗くんに抱き寄せられ、押し倒されていた。

 その勢いでコントローラーが手からすっぽ抜け、地面に落ちた。

 たたき付けられた衝撃でスティックが馬鹿になってしまったのか、画面の向こうで私のキャラが敵に突っ込んでいくのが見える。

 でも止める間もなく口づけられて、コントローラーに伸ばした手もあっという間に捕らえられてしまった。


 ドラゴンにボコボコに殴られる自分のキャラを見ていると、顎をつかまれ正宗くんの方へと顔を向けさせられる。

 熱を帯びた瞳にドキッとしつつ、私は遠くで自キャラの悲しげな悲鳴を聞いた。

 私のキャラをあんな間抜けな死に追いやるとは、さすが黒き死龍である。


「……10分だけだよ?」

「わかってる」


 逃げようが無いと悟った私は、重なった唇を受け止め、そっと目を閉じた。

 



 そして10分後、正宗くんは私を殺してしまった罪悪感に苛まれながらも復帰し、我々は無事ドラゴンを倒した。

 むしろ私の方が、あんなことやこんなことをされたせいでミスを連発したが、ものすごいダメージを食らっても正宗くんが完璧なヒールで助けてくれた。


「そもそも俺のせいだからな……」


 なんて言っていたけれど、彼が頑張ってくれたのは事実なので、私はその夜お礼もかねて、キャラの名前を変更できる課金アイテムを買った。


 後日、それを使ってキャラの名前を「タニシ」にしたら、正宗くんにまた押し倒された。


 我を忘れるほど喜ぶということは、きっと彼は相当いやだったに違いない。

 ならばもっと早く変えてあげれば良かったなと、私は深く反省した。


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