正宗くんのお友達
「何度も言わせるな。俺はもう“殺し”は請け負わない」
カフェの店内から、なんだか痒くなる台詞が聞こえてくる。もちろん、正宗くんのものである。
裏でコーヒーの在庫をチェックしていた私はそれが少し気になって、ホールを伺った。
見れば、店にはなじみの客が一人来ていた。彼はカウンターの一番奥に座り、正宗くんを見上げている。
「でも、頼めるのはお前だけなんだよ」
「無理だ」
「超能力でさ、さくっとやるだけだから」
「却下だ」
カウンターでコーヒーを入れる正宗くんと向き合い、彼に手を合わせているのは近所に住む私たちの友人『神くん』である。
彼もまた、中国マフィアに飼われていた元暗殺者というとんでもない経歴の持ち主だ。正宗くんの周りには、そういう人が多いのだ。
神くんは超能力は仕えないが、卓越した戦闘能力を駆使してかつては正宗くんを窮地に立たせたこともある。
二人の戦いは何度か目にしたこともあるが、正直私は、二人のバトルを見る度興奮していた。
私は心の目が腐った人間なので、敵として出会ったイケメン二人が、何だかんだあって仲良くなる展開に萌えるのである。それ故、当時はあれやこれやと妄想を膨らませたものだ。
実際妄想が膨らみすぎたあげく、二人をモデルにした同人誌を出したこともある。……いや、過去形にはできない。今も出している。
ちなみにサークルの相方さんは秘密諜報局に所属するスナイパーで、神くんの彼女である。
漫画に関しては一応二人に許可を取っているし、正宗くんに至っては『こんな俺が、漫画のモデルになれるなんて……』と毎回感激している。
むしろあまりに快く受け入れてくれるため、純粋な彼を裸に剥くことが出来ず、私がかいているのはもっぱらほのぼの系ギャグである。
ただ、相方さんのほうはゴリゴリのR18をかいている。正宗くんが右側である。エロは書かない私だが、右側であることには同意だ。むしろ右しかあり得ないと思っている。
「頼むよ正宗! 俺にはお前しかいないんだ」
「……くどい……」
ぐいぐい迫るお調子者系男子の神くんと、それに推され気味の寡黙系男子である正宗くん。
今日もなかなか良い絵面だと思ったので、私は相方さんに送るために動画を撮ることにした。
だが動画を起動してすぐ、神くんがこちらに気づいて手を振る。
「ねえ、和葉ちゃんも加勢してよ!」
「いや、二人の邪魔は出来ないんで」
そういって断ったけれど、近づいてきた神くんに腕を捕まれ、カウンター席に無理矢理座らされる。
「和葉をダシに使うな」
「そうでもしないと殺してくれないじゃん」
ぶーたれる神くんを見て、私はそこで録画を止め、携帯を置いた。
「なかなか物騒な話してるけど、神くん暗殺家業から足を洗ったんだよね」
「うん、今は花屋のバイト」
それ以外のお仕事は全部辞めましたと、神くんは断言する。
「なのに殺しの依頼?」
「そう、うちにやっかいな客がきてね」
「もしかして、神くんを狙った暗殺者とか?」
「そうじゃないけど、何度か殺されかけた」
だとしたら、なかなか物騒な案件に違いない。
それに加勢するとしたら正宗くんは適任だけれど、ようやく手に入れた平和な日常が壊れるのは嫌だなとも思う。
「そんな不安そうな顔しないでよ和葉ちゃん。殺すのは人間じゃないから」
「どういうこと?」
「あのね、うちの店にスズメバチが巣を作っちゃったんだ。でも俺、ガキのころから蜂が嫌いでさー」
それにスズメバチって特に怖いじゃん。
そういう神くんに、私はちょっと呆れる。
「いや、スズメバチなら、業者に頼んだ方が良いよ」
「でも業者よりも一瞬で片付けられる男がそこにいるじゃん」
神くんに指さされ、正宗くんの眉間の皺がちょびっと増えた。ものすごく嫌そうな顔である。
「お前のパイロキネシスで消し炭にしてくれよ」
「俺の力は、害虫駆除のためのものじゃない」
「でもさ、俺の店の軒先ってことはこの店のすぐ側だろ。スーパーに買い出しにいくとき、前を通るだろう?」
「だからなんだ」
「俺やお前ならともかく、和葉ちゃんが刺されたらマズいんじゃないか?」
途端に、正宗くんは真っ青な顔になり、手にしていたコーヒーカップを床に落とした。
ものすごく不吉な音を立ててカップが割れた瞬間、正宗くんは苦しげに額を押さえる。
「蜂に刺されて……和葉が……死ぬ……」
「いや、正宗くん待って。ものすごく深刻な顔してるけど待って。私生きてるし、ここに蜂はいないし、冷静になろ?」
「でも和葉が……和葉が死んだら……俺は……」
不安な妄想にとりつかれたせいで、彼は大げさすぎる台詞をこぼしている。
彼は私に対してだけ病的に心配性で、一度不安のどん底に墜ちると、心だけでなく彼のもつ力まで不安定になってしまうのだ。
そのせいで、彼の側にあったグラスやカップが触れてもいないのに派手に割れてしまう。
「もうっ、神くんのせいで正宗くんのマイナススイッチ入っちゃったじゃない」
「いや、まさかこの癖まだ治ってないとは思わなくてさー」
悪びれない神くんに呆れながら、私は立ち尽くす正宗くんに近づくと、その体をがしっと抱きしめる。
体格差があるので私が不格好にしがみついている形になるが、それでもグラスがひとりでに爆発するのは止まった。
「死なないから! 蜂に刺されて死ぬとか、今更そんな間抜けな死に方しないから!」
そもそもこれまで、死にそうなタイミングなら沢山あった。
私は一般人だが、正宗くんと付き合っているせいで学生時代は危険な目に遭いまくりだったのである。
けれどそのたび正宗くんが助けてくれた。彼は私をどんな状況でも守り切った。
そのことを思い出させるために、正宗くんの背中を優しく叩けば、ようやく彼が顔を上げる。
「すまない……和葉が死ぬかもしれないと思ったら……力が……」
「安心して正宗くん。私、今は死亡フラグ一個も立ってないから」
「……うん」
なんだか可愛い声を出して、正宗くんがぎゅっと私を抱きしめる。
そんな彼の体をよしよしと撫でていると、神くんがニヤニヤとこちらを見ていた。
「相変わらず、ラブラブですなー」
からかう気満々な顔に、私はちょっとだけ恥ずかしくなる。
でもきっと、本気で恥ずかしがったらもっと神くんを喜ばせてしまうだろう。
ならばいっそ開き直ってやろうと決めて、私は更に強めに正宗くんを抱きしめた。
「蜂はともかく、私と正宗くんは、乱立しまくった死亡フラグの嵐を一緒にかいくぐってきたのよ? そりゃあラブラブにもなるわよ」
「そうやって言い切るところ、和葉ちゃんは男前だな」
更にニヤニヤ笑いながら、神くんは私たちの方へと僅かに身を乗り出す。
「そんな和葉ちゃんに何かあったら、正宗は困るよね?」
神くんの言葉に、正宗くんは更に強く私を抱きしめる。
だが抱擁は唐突に終わった。
正宗くんは急に腕を放し、そのまま凄まじい勢いで店を出て行ったのだ。
「……計画通り」
にやりと笑う神くんは、ものすごく悪い顔をしていた。
多分正宗くんは、今後もこの悪い顔に何度も利用されるんだろうなと察し、私は心の中で「正宗くんがんば」とエールを送った。
そして後日、花屋の前を通ったが、蜂の巣は影も形も無かった。
私たちの住む商店街は、今日も平和である。