正宗くんの甘い朝
正宗くん紹介編
「風が、泣いてる……」
正宗くんの一日は、往々にして中二病的な発言から始まる。
私たちは恋人なので、一緒のベッドで抱き合いながら目を覚ますわけだが、彼の第一声はいつもこんな有様だ。
なぜ、そんなアンニュイな顔と声で言うのか。
泣いてるって何だ。ちょっと風が強くて、窓がガタガタいっているだけだろう。
などと私は思うのだが、実際彼がその手の発言をした日は悪いことが起きるので、更になんとも言えない気分になる。
「何か起こる気配がするの?」
「ああ」
「じゃあ久々に、“正義の味方”やりにいく?」
「いや、いかない。もう足を洗ったから」
正宗くんは最初の経歴こそ『暗殺者』だが、なんやかんやあって正義の味方に鞍替えし、既に地球を46回ほど救っている。
しかしその後『いつまでも正宗に頼っていては駄目だ!! 死んだ後めっちゃ困る!』と世界は気づいたらしく、昨今は彼の後継者育成に全力を注いでいるらしい。
以来『槍が降ってきても、隕石が落ちてきてもお前は何もするなよ』と言われ、正宗くんは心置きなく引きこもっている。
私も知らなかったが、世界には超能力者がいっぱいいて、彼らの多くは世界を救うための組織をいくつも作っているそうなのだ。
中には、悪の組織的なものもあったが、ほとんどは正宗くんによって壊滅させられている。
だからサメがふってきても、隕石が落ちてきても、正宗くんはゴロゴロしていたり、お店でのんびりコーヒーを入れていても許されるのだ。
「ぼんやりしてるけど、何、考えてるんだ?」
窓の外を眺めていた端正な顔が、不意に私をじっと見つめる。
向けられた彼の瞳は、右目が黒、左目が赤という中二病的オッドアイである。
そして今は寝起きなので普通だが、昼間は目立つ左目を隠すため、彼は片側だけ前髪を垂らしている。中二病的ヘアーである。
ただし、彼はそれなりに年齢がいっており、今年でもう37だ。
どちらかと言えば若く見られがちだが、それでも初めて会った頃に比べると年を重ねたなとしみじみ思う。老けたと言うより、渋かっこよくなったという感じだ。
こういう容姿の師匠キャラいるな……。設定盛りすぎ故に物語の序盤で死ぬ奴……と、彼を見ていると時々思う。縁起が悪いので、言わないけれど。
「じっと見ているが、どうした?」
「正宗くん、老けたなと思って」
「ふけ……」
「まあ正宗くんが老けたってことは、私も年を取ったってことだけど」
「お前は、まだ25だろう」
「でも出会ったときは女子高生だったし、それを思うと年は取ったよね」
そう言うと、正宗くんはなんだか気まずそうな顔を、枕にぼすっと埋める。
「もしかして、未成年に手を出したこと、今更後悔してる?」
「後悔はしていない」
「それが、後悔してない声?」
「いや、少しはしている……かもしれない」
「気にしなくて良いのに」
「わかってる。でも、色々……あったから……」
言いながら、正宗くんが私の体に逞しい腕を回す。
その腕にもまた、ラノベのキャラかよと突っ込まずにはいられない物が巻かれている。包帯である。
実は彼の右腕には、肘から手の甲にかけて特殊な入れ墨が彫られているのだ。秘密結社に在籍していたことを示す、龍をかたどった入れ墨である。黒い龍である。無論最初に見たとき、私は色々ツッコんだ。
そしてその入れ墨は何をしても消すことが出来ないらしく、かといって隠さないと同業者に目をつけられるという理由で、彼はいつも腕に包帯を巻いていた。
このまま学校に行ったら、痛々しい奴認定される巻きっぷりだな……などと、私は軽く考えてしまうけれど、正宗くんはまだ、私のようには考えられないのだろう。
これでも以前に比べたら、相当前向きになった方だけれど。
「俺なんかが、お前の初めてを奪って……なおかつずっと独占していて良いのかと……時々思う」
「私は気にしてないけどなぁ」
「でも最初の時は、さすがにちょっとくらい後悔したんじゃ無いか?」
「むしろあのときは、既成事実作ってやたぜ! もう逃がさねぇからな! 位の気持ちだった」
「いつも思うが、お前の思考回路はものすごく元気で前向きだな」
「だって正宗くん中二病みたいなキャラだから、エッチでもしとかないと『俺はお前を傷つける』とかいってどっかいっちゃいそうだったし」
正直当時は、いち女子高生である自分が元暗殺者キャラとやっていけるのかと、不安もあった。
でも当時から彼の事が好きだったし、「住む世界が違う相手にあれこれ悩んでもしかたがないよな!」と思っていたので、何事も前向きにとららえる努力をしているのだ。
「そういえば実際、『俺はお前を傷つける』って何度か言ったよね」
「忘れてくれ」
「失踪もしたよね」
「それも、忘れてくれ……」
「失踪したまま悪墜ちしかけて、私が助けたことも何度かあったよね」
「……その節はすまん」
本当にすまんと目を伏せる彼が可愛くて、私はその頭をよしよしと撫でてやる。
「敵に捕まって洗脳されるって、マジであるんだーってあのときはめっちゃ笑った」
「そこは、心配するところだろ」
「だって正宗くんなら、絶対自分を取り戻せるってわかってたし」
だからさほど心配せず『中二が憧れるキャラあるあるだー』とか思いながら、暢気に構えていた気がする。
「でもさすがに4回目くらいで『いい加減にしろ!』って思ったけど」
「ものすごく、怒られたな」
情緒不安定になって失踪するのも大概にしろ。
そしてサクッと洗脳されるな。自分をしっかり持てと膝詰めで説教をしたきがする。
「あのときの和葉が怖くて、もう二度と、洗脳されないと誓った」
「確かに、怒ってからは一度も無いね」
「和葉が、怖かったから頑張った……」
「がんばったのか。それは偉い偉い」
犬を撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でると、彼は幸せそうに目を細める。
ちょっとチョロすぎやしないかとも思うが、正宗くんは中二の男子が好きそうな不幸な生い立ちなので、幸せ沸点が低いのだ。
だから頭を撫でたり、手を繋いだり、犬扱いするだけでも、すごく幸せそうな顔になる。
「和葉」
「ん?」
「愛してる」
そして彼は、犬扱いされた直後とは思えぬ甘い声で愛を囁く。
彼のスペックを笑い飛ばすことの多い私だが、この低い美声と甘さにはちょっとドキッとする。
だから自分も愛していると返したいのに、恥ずかしさで言葉が出てこない。
そうしていると正宗くんは私の背中を優しく撫で、ゆっくりと唇を奪った。
そのままあっという間にキスは深くなり、朝から艶っぽい展開になってしまう。
「だめだよ。お店の準備しなきゃ」
「わかってる。でも少しだけ」
普段は中二病みたいな台詞を連発するくせに、正宗くんは時折、色気溢れる大人なキャラになるのだ。
「ギャップ萌えって、こういうことを言うんだろうな」
そんなことをしみじみ呟きながら、私は大人モードな正宗くんを抱きしめた。
ここまできたら、腹をくくって破廉恥なことをするか! と思った直後、突然家がぎしりと揺れる。
はっとして窓の外に目を向けると、いつのまにか外は暴風だった。泣いているどころの騒ぎでは無かった。
「こっちをむけ、和葉」
「でも正宗くん、外が大変だよ」
「……今は、俺だけを見てくれ」
「いや無理だよ。外凄いよ」
「和葉……」
「そんな甘い声だしても目をそらせないよ。だって、竜巻みたいのが――」
見えると言いかけた瞬間、正宗くんが入れ墨のある腕を窓の方へと突き出した。
直後、巻かれていた包帯が派手な音を立てて裂けると共に、外の風がピタリとやんだ。
あれほど猛威を振るっていた竜巻も、跡形も泣く消えていた。
「……いまの、正宗くんがやったの?」
「ああ。天候くらい操れる」
「超能力凄いね。もはや魔法だね」
ドラえもんの秘密道具並みに万能だねと言いかけたところで、顎をつかまれ顔をぐいっと動かされる。
「ふと、思ったんだけど」
「どうした?」
「竜巻消せるくらいなら、顎クイってするのも、超能力でやれば?」
「それは嫌だ」
断固拒否しながら、彼は私の顎を指で撫でる。
「手でやるのが、いいんだ」
妙なこだわりを見せた後、正宗くんは大人モードに戻り、私の唇を奪った。
それにムラムラしながら、自分はもの凄い男と付き合っているんだなと、しみじみ思った。
※8/8文章の間違いを修正致しました(ご指摘ありがとうございます!)