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3色のビー玉  作者: 春夏秋冬
5/7

アパートにっぱー【朝ごはん お稲荷さん ケセランパサラン】

「よお、ニーナっち。朝ごはんを食べにきたぜ。」


自称イケメンな隣人とその他多勢が襲撃してくるのは朝の4時である。驚くべきことに、新宿のなんとやらという店で夜の仕事をしているらしい隣人はかなりモテるらしい。老若男女の様々なタイプのストーカーに追いかけ回されまくった隣人がいろいろ逃げた結果落ち着いたのがにっぱらしく、彼は基本的に自分の部屋で過ごさない。

明かりもつけずに基本的に他人の部屋に入り浸っているが、朝ごはんだけは俺の部屋に食いに来る。おかげで目覚まし時計なんてかけずとも無遅刻無欠勤を達成している。


「お早うございます、ツナさん。」


爽やかな笑顔の小金井さんが容赦なく俺の煎餅蒲団を剥ぎ、俺を畳に転がすと両布団とも綺麗に畳んで押入れにしまってくれた。


「7号、早く飯ー」


看護士で夜勤帰りらしい211号室の通称『口なし』さんが、持ち込んだ卓袱台を未だ寝ている俺の上から置いた。


「ちょっと口なしさん、失礼ですよ。」

「布団剥がす小金井さんに言われたかないし、なんの準備もしないニコさんよかマシだろ。」

「大人しく待ってるといいたまえよ両人。」


不法侵入している時点でもれなく全員失礼である。

隣人である205号室がお酒を飲む夜の仕事のニコ

お向かいさんの211号室が看護士の口なしさん

左斜向かいの212号室が警察の小金井さん

右斜向かいの210号室が鍵を開ける夜の仕事のラブラドールさん


そしてこの4人に毎朝突撃を食らうのが207号室の社畜がニーナ、ツナ、7号と呼ばれている俺である。


「それで、何が食いたい」


「舟盛り」

「炭焼き窯のピザ」

「小籠包」

「…ザワー、ク、ラウト」


「わかった、稲荷寿司な」


よくもまあここまで意見が分かれるものである。

しかも普通に調理不可能なものを並べやがった。

とりあえず鮮魚数種と炭焼き窯と蒸篭と漬物樽を持ってこい。話はそれからである。


〔帆立貝柱燻製〕


ええい黙れ黙れ。







扉の前で解錠器具ヘアピン片手に力尽きていた駄犬ラブラドールを部屋の中に蹴り入れ、鍵束を取り出して隣人の部屋に侵入。

有り余っているらしい金でここにだけつけられた水道で手を洗う。金持ちのすることは訳がわからない。30秒、階段を降りるだけで水道があるのに…

そこまで思ってそういや隣人の熱心なストーカーさんは窓から覗くこともあったと思い出した。


昨日のうちに炊いておいたご飯4号を炊飯器からステンレスのボウルに全部投下、お酢を適当に回し入れ、手伝いに来てくれた千代ちゃんと雪さんにかき混ぜるのを頼む。

冷蔵庫からこれまた昨日のうちに方々から入手した鮭フレーク、じゃこ、青菜漬け、種を抜いた梅を並べ、鳥居さんが隙あらばと狙っている油揚げをお稲荷さん用に切る。

油揚げの呼び方として油揚げ派とお揚げ派がいるが、俺は断然油揚げ派だ。お揚げより油揚げの方が厚揚げと兄弟感がある気がする。テラワロスと言った隣人はとりあえず殴っておいた。

雪さんが粗熱を取ってくれた酢飯に具を混ぜ込み、どんどん俵型のおにぎりを握っては、千代ちゃんが出してくれたトレーにおいた。それを千代ちゃんが油揚げに詰めていく。ちなみに雪さんは懲りずに油揚げを狙う鳥居さんを羽交い締めにしている。確かヘッドロックとかいう技だった。

以前、凍りつかせた鳥居さんから臭うとんでもない獣臭に辟易した為、鳥居さん撃退の為とはいえ氷を使うことは禁止させてもらっている。合意の上だ。彼らは強い者に鼻が効く。あれで一応高位である鳥居さんがひどい臭いになったら…

まあ、お察しである。

そんなこんなで具を握り終わり、具なし、じゃこ、青菜漬け、梅の5種類が完成した。


千代ちゃんに鮭、雪さんに青菜漬けを感謝とともに献上し、鳥居さんにあまった油揚げを投げ与えたところで所要時間20分、5人前のお稲荷さんが完成した。

満足して消えた3人の代わりに、俺の部屋のある壁に下げられた鐘を鳴らせば、小金井さんが取りに来てくれた。

2人で俺の部屋までお稲荷さんを運べば、口なしさんが部屋から持ってきたお湯でラブラドールさんがインスタント味噌汁と緑茶を入れている。


薄給順に、

俺が調理担当

ラブラドールさんが解錠とインスタント作成

口なしさんがポット、卓袱台所有と食費1割負担

小金井さんが買い出しと食費2割負担

隣人が冷蔵庫所有と食費7割負担



明らかに隣人の負担が大きく俺の負担が少ないが、そこは皆合意の上でのことで、もめたことはない。

隣人に限っては食費が多すぎて他のアパートに住んだ方が安く済みそうだがそこは突っ込んではいけないところだろう。

警察の生活安全課に努める小金井さんと、色々と人を退ける術を知っている一階の住人以上に鉄壁の防御はないだろうから。


「「「「「いただきます」」」」」


丸いちゃぶ台の窓側に俺、そこから時計回りに小柄目なラブラドールさんと口なしさん、正面に小金井さん、隣に隣人。

隣に隣人という言葉にそこはかとなく頭が頭痛で痛いみを感じるが気にしたら負けである。

作り置きのジャーサラダを1人ひと瓶食えば仁義なきお稲荷さん争奪戦が始まる。ちなみにジャーサラダを食べきらずにメインに手を出した場合全員から蹴りを食らった上で次の朝食はジャーサラダだけとなるのでルールを破る奴はいない。


最初に食い終わるのが横並びで俺、口なしさん、小金井さん。数十秒後に隣人、最後に大きく遅れるのがラブラドールさんである。

この順番は年齢は関係ない。別に性格も、家庭事情も関係ない。この順番は一言で理由がつけられる。

そう、これはただの

『職業病』である。


社畜、警官、看護士。

のんびりご飯なんか食べていられない三大職業と言ってもいいのではなかろうか。


そんなこんなで俺たちの朝ご飯は騒がしく終わり、仕事に行くもの、眠りに行くものに分かれて解散する。

俺は出がけに208号室に寄り、とっておいたお皿に乗ったお稲荷さんを、伏せしているニッパーさんの足元に滑らせた。

ニッパーさんの黄色い瞳が稲荷寿司に向き、俺へと移りかけたのを目の端に捉えつつ扉を閉める。

朝からニッパーさんと話していると会社に行きたくなくなってしまうからそこは譲れない。


廊下に溢れるケセランパサランを蹴飛ばしつつ、窓から見える空をチラ見する。

今日は龍が飛んでいるから雨が降る可能性が高い。もう一度部屋に戻り、爆睡している隣人とラブラドールさんを飛び越えて隅に寄せられた傘を引っ掴む。


「いってらあ、ななごー」


気の抜けるような声を出した口なしさんが、そのまま夢の中へと落ちていく。

夜勤だったらしい。

過労死する前に引き継ぎを終えられることを祈るばかりである。


玄関には千代ちゃんがニコニコと座っていた。

千代ちゃんがお見送りしてくれる日は大抵いいことがある。鳥居さんがいた時は…うん。まあ、大変面白おかしい事件が起こる。


〔きをつけてね、にーちゃ〕


「いってきます、千代ちゃん」


可愛い子花柄の浴衣を着た千代ちゃんの頭をひと撫でして気合いを入れた。

向かうは我が愛すべきブラック企業、魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿。





家族に嫌悪され、恐怖され、祖母だけが褒めてくれたこの視える目、触れる手、伝わる口とともに今日も俺は会社へ向かう。

泳がなければ死んでしまうマグロの様に、働かなければ死んでしまう社畜は賃貸マンションにっぱの扉を開ける。

迎えるのは俺を憎み恋い焦がれ恨み嫉み嫌い怒り怨み愛し羨み嘲り見下し畏れ怖れる数対の瞳。




『お前だけが幸せになるなど、許さない』


俺が壊し傷つけた祖母の遺した、呪いを背負って。

俺はゆっくりと外へ歩み出す。

前話で出てきたアパートにっぱの朝ごはん風景。

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