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3色のビー玉  作者: 春夏秋冬
3/7

河童の恋ー【皮 団子 檜】

【団子屋のヒノキ】


河童の皮を手に入れることができたなら、一生遊んで暮らしていける。そんな噂が江戸の町に流れた。誰が言い出したのかはわからない。それでもいつの間にか、川という川に河童を求めてうろつく人影が現れる様になった。


「風花ねえさま!」


ある日、檜がのんびりと河原を歩いていると、姉を呼ぶ悲痛な子供の声が聞こえた。道をゆく他の人々は、その声に反応しない。


「行くしかないかねぇ?」


檜としてはこんなところで油を売らず、さっさと持ってきた団子を売っぱらってしまいたかった。もう夕方、そろそろ残りを売り始めなければ団子は一本も売れないだろう。さもなくば御前にどやされるのは目に見えていた。

だが、同胞の窮地を無視したとあればさらにお叱りを受けることは目に見えていた。


「あーあ、面倒なこった。」


道を行く人は、檜の赤みがかった髪に不審そうな目を向けている。あまり立ち止まっていると河童だと勘違いされかねない。檜は団子屋の旗と荷を背負い直し、背の高いススキの中へ足を踏み入れた。


「風花ねえさま!起きてくださいませ!ねえさま、ねえさまったら!」


「きゃんきゃん吠えるもんじゃないよ坊主。」


深緑の頭に冬の湖面の様な美しい薄青。涙をこぼすその額にデコピンを食らわせた。


「ひっ、お、お前もねえさまを殺しにきたのか!」


「僕は通りがかりの団子屋だよ。っと、熊用の罠なんてエグいことするな。」


【風花ねえさま】と呼ばれていた娘の足は、がっちりと熊用の罠に挟まれていた。美しい肌の娘は、弟とよく似た冬の湖面の様な瞳でこちらを見つめてきた。


「お構いなく、山の民。」


「僕が君に構わなかったら、夕飯が抜きになるんでね。手当てさせてもらうよ、川の民の娘さん。」


都の民、街の民、海の民、川の民、草原の民、森の民、山の民。そんな区分けは上の方の人間が決めた勝手な理屈だ。僕らが従う必要はない。それでも、川の民の娘は首を振った。


「ではその団子を買い取りましょう。それを食べて夕飯になさいませ。どうか私に構わぬ様。」


その強情さはどこか哀れだった。力づくで罠をこじ開け、御前に教わった薬師の技術を使えば傷も残ることなく消せるだろう。それでもそんなことをすればこの美しい冬の湖面を割ってしまう様な気がした。


「君、自分が死ぬのは勝手だけどさ、せめてこの坊主には理由を言うべきじゃない?こんな金臭いものに引っかかるのは疎い人間くらいだよ。」


「風花ねえさま…?理由って…?何故この方の力をお借りしないのですか?」


涙をためて縋り付く弟の頭にそっと口付けて、川の民の娘は笑った。


「山の民、お願いです。この子を川の民の里につれてかえってください。」


川の民が、頭に口づけるのは、今生の別れの時だけ。幼い弟は理解していなくても本能的に顔を歪ませる。


「ねえさま?」


「君さ、僕がこの子をちゃんと送り届けるって思うの?」


通りすがりの、しかも山の民に、血のつながりを重んじ、他の民との交わりを嫌う川の民が大切な肉親を預けるなんて違和感しかない。


「あなたのことを、私はおそらく知っております。葛一族の里守り、檜様ではございませんか?」


その呼び方は嫌いだった。僕は僕だし、葛の一族は葛の一族だ。里守りと里主の一族の仲の微妙なことを知った上でこの言い回しをしたのであれば。


「君、川の民の里主の娘さんか。ってことはこの坊主が次期里主。」


それぞれの民が仕えるのが里主の一族、民を守るのが里主の一族、そして里を守るのが里守り。里守りはあくまで里、場所を守る者。そこに住まう者を守る者とは時に衝突する。


「あなたが、山の民の里守り…?」


「僕は僕だ。山の民なんて関係ない。」


なんだかもう全てが面倒だ。くいっと坊主を引き寄せ、首に手を置く。


「何をなさいます、葛一族の里守り。」


「さっさと理由を言いな。納得できる理由なら君のことは放っとく、納得できない理由なら力づくで川の民の里に送りつける。ついでに」


にいっと笑う。この位置だと、多分夕日が歯に当たって威圧感が増す。


「憎い里主の子を喰い殺す。」


「友が、病なのです。病を治すには、たくさんのお金が必要です。なのに友の家にはお金がありません。私なら、彼にお金をあげることが」


「川の民って馬鹿なの?それとも君だけが馬鹿なの?」


こんなくだらないことのために時間を遣わされたなんて。川の民には責任を持って団子を全部買い取ってもらおう。


「河童の皮を手に入れることができたら一生遊んで暮らすことができる…。あの噂を流したやつは街の里主だよ。何やら都の里主が河童の皮を欲しがってるらしいが、褒美なんてもらえずに皮だけ奪われるに決まってるね。」


川の民は美しい、心根が、あまりにも美しすぎるから簡単に騙されてしまう。


「川の民、河童の風花、きみが身の皮を剥いで渡したってきみの友達には金は渡らないよ。」


呆然とする河童の姉弟の隙をつき、さっさと熊の罠を外す。涙をこぼすことも無く無力感に身動きが取れなくなっている小柄な風花を抱き上げ、坊主を小突いた。


「里に案内しな、坊主。」


「ぼ、僕は川の民の次の里主、風切です。」


きっと睨み上げるようにして名乗る風切に歯を見せずに微笑む。そっと腰を折り、目線を合わせる。


「僕は山守、檜。よろしくね、御主。」


ぱっと顔を明るくさせた風切が嬉しそうに里へ連れて行ってくれた。大人扱いをされたことが嬉しかったのだろう。御主、御前は里主への敬称だから。こんなに簡単に騙されてしまう川の民の美しさが、檜は嫌いではなかった。





「これはこれは、山守様。」


久しぶりに会った川の民の里主は相変わらず無愛想で、無表情だった。そして里で一番醜く、美しかった。


「うちの娘を助けていただき、ありがとうございました。」


河童は歳を経るにつれ表皮が固くなる。歳を経た河童の皮は、確かに不老長寿の効果を持っていた。


「また昔話でもしていただければ。団子の代金と娘さんへの薬代はそれで構いません。」


風花と風切、そして団子を置いた檜は、丁寧にお礼の品を断り、里を出た。川の民の里主は好きだったが、川の民の異常なまでの他の民に対する恐怖は見ていて不快だった。


「檜のヒは焔の火、ヒノキの意味は焔ノ樹。」


のんびりと歌を口ずさむ。衣が風に溶け、前足も使って地面を駆ける。


「ヒノキの意味は不老不死、終わらぬ時を見る大樹」


体が熱くなってくる。人の姿だったせいで尻尾がくしゃくしゃになっていて気持ち悪かった。川に映るのは、燃えているのかと錯覚するほど赤い毛の狐。


「檜は欲しい 金銀財宝ざっくざく」


金臭い、気味の悪い臭いの方へ向かい、ほりおこす。誰のかは知らぬ、嫌な臭いのする石で溢れた壺が見つかった。それを丁寧にススキの穂で包み、臭いをかがないで済むようにススキでカゴを編んでそれに入れて地を走る。


病の臭いのする家に、風花の血の付いた葉っぱとともにおいて、山へと帰途につく。


幼い河童の皿を食え さすれば水を操れる

若い河童の血を舐めろ さすれば病が治るだろう

老いた河童の皮を剥げ さすればきみは不老不死


若い河童の血が、青年の傷を治し、河童の淡い恋が痛み無く終わるように祈りながら。


なんの成果も無く、無償で老いの進行を止める団子と神薬を置いてきた檜が、里主の葛の葉御前にどやされたのは言うまでもない。

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