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3色のビー玉  作者: 春夏秋冬
2/7

鯨の海ー【鯨 山 ラーメン】

【鯨の海】


その少女は、鯨の様だった。平均よりかなり多めに脂肪を蓄え、たくさんの量のご飯を食べた。のんびりとしていて、何も考えていなさそうなのに、深い知恵を持っている様にも見えた。誰とも喋らず、いつも教室にいた。優しい目をして、ただただそこにいた。


多少、太っている事をからかわれても優しく微笑んで流していた。なのに、その日だけは違った。僕が彼女に話しかけた時、いつもの様なノリで、男子の1人がからかった。


「もやしと豚の取り合わせか?あとはニラさえ揃えば中華料理屋にでも売れるな。」


僕はよくもやしと言われてからかわれていた。僕はいまだそういう揶揄に慣れていなかった。いつもの様に俯き、彼女のそばに近づいたことを後悔しかけた時だった。


「あたしは豚ともやしより、豚と牛の方が売りやすいと思うなぁ。ほら、ハンバーグなんか作る時ってそうでしょう?あたし、中華料理よりハンバーグの方が好きなんだぁ」


揶揄した男子も、結構大柄で何回か牛と呼ばれていたことがあった。

その言葉はふざけている様だったけど、瞳は厳しい光を湛えていた。睨んでいるわけでもないのに、何故か皆、彼女に圧倒された。僕は優しく僕に笑いかける彼女が怖くて、周りに合わせて笑った。






「さっきは、ごめん。」


「んーと、何がかなぁ。」


優しい目で首をかしげる彼女に、僕は畏れを抱く。

なんというか、中学生としては彼女はあまりにも異質なのだ。溶け込んでいるのに、どこか浮き上がってしまう、そんな異質さ。まるで大きすぎる体を持つ、鯨の様な。


「僕をかばってくれて。なのに僕、笑ったから」


「あそこで笑ってくれなかったら、あたし困っちゃってたよ?ありがとねぇ。」


こういうのを、辛い優しさというのだろうか。そう僕が思った時、ニコッと彼女は笑った。


「ねえ、放課後、ちょっと付き合って欲しいんだぁ」


僕には選択肢はなかった。





「ねえ、どこまで行くの?」


学校が終わってから20分、僕らはひたすらに学校の裏の山を登り続けていた。鯨なのに、山をひょいひょい登る彼女を面白いと思う余裕さえなく、僕は必死で追いかけた。


「もうちょっとだからね、もうちょっと。」


くらくらし始めた頭を無視して、下だけを見て歩く。山なんて登ったのは久しぶりだった。ふと、お腹のすく匂いがしてきた。


「もう着くからね、もう着く。ほら、着いた」


そこは山頂より少し下、ぱっと視界が開けているところだった。暗くなってきた空の下、街の光が、まるで海の様だった。こんなにありきたりな台詞しか出てこないけど、この思いを彼女に伝えたかった。


「「海みたいだね」でしょう?」


ハモった言葉に、何故か無性に嬉しかった。汗を拭きながら彼女は嬉しそうに笑う。


「あたしねえ、いっつもここにきてるんだぁ。あそこはねぇ、海の中なんだよ。息を潜めて、ゆっくりと泳いでいるのが一番楽なの。ただ息をひそめるのは大変だけど、あそこが海であることはあたししか知らない。海を知っているから、海の底が耐えられるんだと思わない?」


今日から君も、海を知っている魚になる、と彼女は笑った。


彼女の言っていることはよく分からなかったけど、彼女と

同じ思いを、少しでも抱けたことが嬉しかった。


煌々と輝く【海】を見て思う。


綺麗だ。鯨の誉める海は、とても、綺麗だ。綺麗、だ。

海に顔を向けて、鯨は笑う。【海】の光に照らされて、鯨は心地よさげだった。


その顔に影を落とさない様に、僕はほんの少し、鯨の正面からずれた。


「それとねぇ、ここの山頂で、ラーメンの屋台があるんだぁ。山頂じゃ、 夜景は見れないのにねぇ。きっと、毎日大変なんだねぇ。」


そのあと、僕と彼女が食べたラーメンは、少し塩っ辛くて、安心する味がした。




あれから20年、僕はとある山の山頂で、ラーメン屋を営んでいる。店名は魚の隠れ家。もやしと揶揄されていた僕は、ちゃんと平均的な体型になった。仕事が終わると、山頂に来て屋台を出している。彼女はやっぱり鯨のままだったけど、彼女は今でも、光の海を身に一杯に浴びて微笑んでいる。


最近よく、2人の中学生が来る。1人は太り気味の男の子。もう1人は痩せすぎに見える女の子。少年は囁く


「ね、ここからは海は見えないんだ。あそこはあんなにも綺麗なのにねぇ」


少女はあやふやに笑う


「そうだね、あれはすごく綺麗で…綺麗、だよね」


僕は少女がごまかした言葉の先がよくわかる。海は、美しいだけじゃない。あの美しい【海】を飲み込むには、きっと鯨ほどの大きさの胃袋が必要なんだろうと思う。


「お待ちどうさま」


少し塩っ辛いラーメンを2つ、台に置く。塩っ辛いのは、きっと魚たちが泣いたから。

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