05
とにかく一旦休みたい、と深夜番のバルドゥール・レルヒが買ってきてくれたテイクアウトを手に、休憩室に逃げ込んだ。
ベアは私より幾つか年上で、他の従業員達からは「店長より頼りになる!」からと「ベア兄貴」と呼ばれている。
私より頼りになるなら、私はいらないのではないだろうか?
店長として、一番たくさん働いてるのに!
中途半端だったが、助けてくれたマイクに礼を言ったら「レンタルよろしくっす!」とご機嫌で帰っていった。
待っていてくれたことを感謝するべきか、レンタル代を残業代と考えているのか、とにかく呑気なやつだ。
マイクのように生きられたら、人生は楽しそうだ。
今日の深夜番は店長補佐のヴィリヤミ・ラハコネンとベア、マルセル・フェラーリの3人だ。
本日の私の勤務は早番と遅番の時間なので、もう帰ってもいいのだが、オーナーに帰らせてもらえそうにない。
珍しく、オーナーが店に出るらしい。
趣味運営の店だから、とたまにオーナーは店員の真似事をする。
この店にあるのは全て、オーナーの合法コレクションなのだから、これ以上優秀な店員はいない。
接客態度が上から目線のままだが、常連のほとんどが顔見知りなので、喜んで寄ってくるような変態ばっかりだ。
オーナーの方も、新しく手に入れた映像作品の話をしたくてうずうずしているので、盛り上がって店の雰囲気をよくしてくれる。
いつになく騒がしい扉の向こうを思いながら、トマトとチーズのチャバタサンドをかじる。
ボトル入りの炭酸水で口の中を洗い流しつつ、2つ目の生ハムとバジルもあっという間に完食した。
普段は節約のために自炊しているから、久々の人が作った(?)食事だったが、目の前にほとんど無表情の少女(吸血鬼)がいるため、背中に入ったような気がしている。
空腹が限界だったから、見られていても食べたけれど、席を外して欲しかったな。
「……」
沈黙が重い。
しかし、こここから先は聞き流すことも聞かなかったことにもできない。
事態は動きだしている。
「ロゼ君、私が何に巻き込まれているのか、教えてくれるかな」
「……はい」
ロゼは、家でヨハンお爺様の話をしていた時のような、訥々とした口調で話を始めた。
——顛末としてはこうだ。
ロゼは吸血鬼としての在り方を、人のイモータルハンターであるヨハンに教わっており、人を喰う捕食者としての生き方を選ばなかった。
悪人を魅了して懐から金を少し分けてもらい、肉屋で血を買うことで飢えを凌いできたらしい。
吸血鬼に対して、仲間という受け止め方ができなかったこともあり、ロゼはとあるバラ園で、ほとんどの人生ならぬ吸血鬼生を過ごしてきた。
ロゼが住処にしていたバラ園は、1人で隠れるには十分広く、客も年に数回やってくる程度だったという。
話を聞くと、そこはバラ園ではない気がするが、気がつかないほうがいい問題もある。
ずっと1人で過ごしてきたロゼだったが、ある時、バラ園の客が吸血鬼の話をしているのを聞いた。
人の世で、吸血鬼が受け入れられていると知ったロゼは、ヨハンにお礼を言いにいこうと思い立ち、バラ園を出たものの、ヨハンを見つける方法がない。
覚悟を決めて人に声をかけたが、恐れられるか崇められるしかなく、困った末に仕方なく、これまで繋がりのなかった吸血鬼達に声をかけた。
始めはロゼに優しくしてくれた吸血鬼達は、ロゼがヨハンの事を話すと態度を変えたという。
「ハンターは殺さなくてはいけない相手だ」と執拗に言われたロゼは、吸血鬼達の元を去り、この街にたどり着き、店に狩人がいる!と飛び込んだらしい。
……狩人が分かるのか?と聞いたら「匂いでわかった」そうだ。
そんなに臭うのか。
客商売につくものとして、毎日シャワーを浴びているのに。
人の肩に爪を食い込ませてくれた、サド吸血鬼の伝言〝もう待たぬ〟を伝えたが、何のことだか分からないらしい。
つまり、吸血鬼達が付きまとってくる理由は、ロゼにもわかっていないわけだ。
雇い主のオーナーに〝舞踏会〟の招待状を送りつけてくるのだから、殺されることはないと思うが。
面倒ごとに巻き込まれたのは、間違いなかった。
ずっと吸血鬼を敵だと思いながら、何もしてこなかった罰が当たったのだろうか。
「ごめんなさい、店長」
「……まあ、起こってしまったことは仕方ない。
ロゼ君、悪いがこれからは私をルッツと呼んでくれ。
店内では気をつけて欲しいが、舞踏会とやらの会場で店長呼びを聞かれたくない」
吸血鬼はプライドが高い。
返事をしなかっただけで、家畜呼ばわりしてきたくらいだ。
そんな奴らが雁首を揃えている場で、ロゼに「店長」なんて呼ばせてみろ。
怒り狂った吸血鬼達に、何をされるか考えたくもない。
ファーストネームの愛称呼びなら、多少はマシじゃないだろうか。
吸血鬼の作法を知らないのは、不利だな。
倒し方だけなら、何冊も指南書があるんだが。
「はい、ルッツさん」
「さんも無しで、高祖父が生きていた頃にロゼはいた、つまりそっちが年上だろう?
ジャッポーネ的には年功序列っていうらしい」
「そうですけど、ル、ルッツ」
歳をとるだけで偉くなるという考え方には賛同できないが、今はロゼに私のことを呼び捨てにしてもらう必要がある。
名前を呼び捨てにするだけで、青白い頬を染められると、いたたまれない。
悪いことをしている気持ちになるのは、なぜなんだろうな。
そんな話をしていると、休憩室の扉がノックされて、オーナーが首を突っ込んできた。
「話を詳しく聞かせてもらいたいんだがね?」
明るい褐色の瞳が、私だけに向けられる。
なぜ、私だけが悪い!という雰囲気なのでしょうか。
巻き込まれているだけなのに。
ロゼに説明を任せると、再び訥々とした話が始まってしまうので、ざっくりと略してロゼの生い立ちと、私が恩人の子孫だ、という話をした。
私の家系筋が元狩人だということを、オーナーは知っている。
ヨハンが高祖父だと説明して、他の従業員に家庭の内情を聞かせる必要はない。
「なるほどね、これは儲け話かと思ったが、踏み込むべきではないかもしれないね」
「オーナー?」
私は自分の思い違いに気がついた。
このジジイが、投資では天才的センスの持ち主だということを、すっかり忘れていた。
私やロゼを心配して顔を出したのではなく、儲け話に首をつっこむか確認しにきただけらしい。
雇われとはいえ、もう5年以上店長やってるってのに。
ちょっとくらい心配してくれよ!!
恨みがましい目でオーナーを睨んでいたら、ハン!と鼻で笑われた。
「赤ん坊じゃあるまいし、抱っこして守って欲しいのかい。
店長の肩書きがいらないってことかね?」
「従業員に何かあった時の、店への損害を心配して欲しいんですよ」
苦し紛れに店を心配しろと言ってみるが、今度はつまらなさそうな目を向けられた。
「確かに店長の代わりは、すぐには見つからないだろうね。
でも、金さえ出せば大抵のことはどうにかなるのだよ」
得意満面の顔で言うな。
このジジイ、本気で首を絞めてやりたい。
やっと店長の名前が一部でました
次回、フルネームが出ます。だからどうした?かも