04
病院から歩いて帰りながら、昨夜の出来事を思い出す。
そういえば、愛車(+止めた携帯端末)はどこにあるんだろう。
警察に移動されてなければいいが。
ロゼの家につけた再生機器は、無事に作動したのか?
襲って来た奴らは、なんだったんだ。
どうしてロゼが私の家の場所を知っていたのか?
まとまらない考えを頭の中で箇条書きにしながら、途中で衣料量販店に立ち寄って、Tシャツを買う。
傷は縫ってもらったので、再び出血することはないと思うが、2枚入りを買っておいた。
処方箋取り扱いの薬局にも立ち寄り、絆創膏と小さなジャー入りの膏薬を受け取る。
あと、治療してくれたロゼに対してのお礼と、詳しい話を聞きたいので……吸血鬼に何送ったら喜ぶんだ?
何も思いつかなかったので、本人に聞いてみることにする。
私は、サプライズで女性を喜ばせることができる男じゃない。
肩の傷が吸血痕だったら、ロゼが傷をつけた犯人なのではないか?と疑う所だが、曖昧な記憶にの中で、何かに襲われたのを覚えている。
本当に助かった。
病院から店までは歩いて10分ほどだが、服屋と薬局に寄っていたせいで、治療も込みで2時間以上かかった。
無断退出を、オーナーに説明しないといけない。
うちの店は礼儀云々には緩いけれど、オーナーの個人的な好み?で勤務態度にはうるさい。
怪我で早引きか、有給休暇にしてもらうしかないだろう。
「そこな人間よ」
考え事をしながら歩いていたので、声をかけられていることに、すぐに気がつかなかった。
「愚物よ、我が声が聞けぬと申すか?」
治療を終えたばかりの右肩に痛みが走り、反射的に顔を上げると、怜悧で妖麗な顔の男が、口元に冷笑をたたえて私の肩を鷲掴みにしていた。
「なんだ、あんた」
突然、人の肩を掴むなんて、昨今の若者でもしないぞ。
左手で男の手を払いのけようとするが、金属でできているように指が肩に食い込んでいく。
「いてぇな、何しやがる!」
せっかく傷を塞いでもらったのに、男の爪が服の上から肌に刺さり、再びシャツに血が滲み出していた。
「家畜の分際で、飼い主の声を聞いておらぬからだ」
「はあ?ワケわかんねえよ」
普段なら使わないような暴言を吐くのは、周囲の人間の注目を集めるためだ。
誰でもいいから、早く警官を呼んでくれ!
濃霧を思わせる男の目は、美しくきらめいているのに、ひどく濁っている。
指先に伸びた爪が、白すぎる肌が、作り物めいた顔立ちが、こいつが吸血鬼だと言っている。
吸血鬼ってことは、ロゼの関係者か?
ロゼは「間に合わなくて」と言っていた。
つまり、私が襲われる可能性があることを知っていた、もしくは、もっと早く助けることができたかもしれないってことだ。
私が何に巻き込まれてるのかは知らないが、連日で襲われるようなことをした覚えはないぞ?
私は、吸血鬼達が人の社会に溶け込む為に、表立って騒ぎを起こさないようにしていることを知っている。
だからこそ油断していた。
人がいる街中で、こちらを襲うことはないだろう、と。
帰ったら、家の守りをどうするか考えるつもりだったのに、動くのが早すぎるだろう!?
ロゼに謝られた時の、普段と変わらない様子からは、切羽詰まってる感じはしなかったのにな。
勘が外れたか。
「なんのつもりだ?
吸血鬼が人間を殺したら、極刑だって知らねえのか?」
そんな決まり、逃げられたら守りようもないけどな。
吸血鬼の身体能力があれば、町の外でも生きていけるだろう。
食料には困るだろうが。
「殺す気ならば、話しかけたりはせぬよ」
ようやく肩から爪を抜き、ペロリと指先を舐める男。
いやー、相手が吸血鬼だって分かっていても、目の前で自分の血を摂取されると引く。
「なかなかの美味と褒めてやろう。
夜の乙女の餌でなければ、持ち帰りたいところだな」
血の味を褒められても嬉しくない。
というか、エサってなんだよ。
「なんの用だ?」
「夜の乙女に伝えよ。
我らの主人はもう待つ気はない、と」
それだけ言うと、男は消えた。
結局、何が言いたかったのか不明なままだ。
夜の乙女って……ロゼか?
……私はロゼのエサだと思われているのか。
だから、吸血鬼の家に行くのは嫌だったんだよ!
とにかく、何に巻き込まれたのか、ロゼに聞くしかない。
買ったばかりのシャツを穴あき+血まみれにされて、病院にとって帰すかを悩む。
おそらくできている手の形の痣と、刺さった爪型の傷口は、問題になりそうだ。
でも自分1人では治療できないしな。
シャツ代と治療費くらい払って欲しい、とため息をついて、元来た道を戻っていくしかなかった。
◆
さっき帰ったはずの患者が戻ってきて、医師が問題にしないはずがない。
怪我自体は軽いものだったが、治療を受けた後、警官が来るまで待たされて、交番で簡単な事情聴取を受けた。
突然吸血鬼に襲われた、と説明して信じてもらえるとは思っていなかったが、先ほどの会話を見ていた市民から通報があったらしい。
私自身が、何が起きているのか分かっていないのに、吸血鬼同士の縄張り争いかどうかを聞かれても困る。
そうか、吸血鬼には縄張りがあるのか。
まるで野良猫みたいだな。
「そうですか……お仕事は…レンタルショップ?の店長さんですか」
「はい、旧時代の映像記録媒体の貸し出しをしております」
私から吸血鬼に関わっていったことはない。
戦い方を知識では知っていても、戦えないからな。
わざわざ落ちぶれた狩人家系の者です、と言う必要もないだろう。
解放される頃には、真夜中近くになっていた。
警官ってのも、きつい仕事だな。
そう思ってしまうので、長時間拘束されたことを怒ったりはしない。
理不尽だとは思うが。
「気をつけて帰ってください」
「はい」
そのセリフは、襲って来る奴に言ってくれないかな。
好きで襲われてるわけじゃないんだよ。
腹が減ったし、疲れた。
重たい体を引きずって、なんとか店まで戻ると、目の前にオーナーが立ち塞がっていた。
「オーナー?」
「話を聞かせてもらおうかね」
「はい……」
やっと解放されたと思ったのに、また膝詰めで説教か?
「店長、夕食は食べられましたか?」
落ち込んでいる所に、深夜番のヴィリヤミ・ラハコネンが声をかけてきた。
そういえばこいつ、オーナーをスルーできるやつだった。
ウィルの声かけは嬉しかったが、ここで「腹減ってるので失礼します」なんて言えるわけがない。
一応、視線を走らせてみると「どうなんだい?」とオーナーに威圧された。
正直に答えておくか。
「今日は一食も食べてない、です」
私がいない間に何かあったのか?
従業員の態度は普段通りだし、店の中が荒れている様子もないが、心臓に筋金が入ってるオーナーがピリピリしている姿なんて、ほとんど見たことがない。
「オーナー、店長は怪我されてますから、まずは休んでいただくのがよろしいと思いますよ?」
待ってるとは言っていたが、オーナーが来たなら帰っただろう、と思っていたマイクまで顔を出す。
話し方がいつもと違うぞ、こいつ、敬語っぽい話し方なんてできたのか。
何が起きてるのか、分かっていないのが私だけ、ってのは落ち着かない。
「何かあったのですか?」
「イモータルソサエティから、古式ゆかしい招待状が届いてね」
オーナーの手にあるのは、近頃では金持ち向けの店でしか見かけない、天然の木材チップを使用した紙の封筒だ。
製造元のロゴマークがエンボス加工されているから、見間違えようがない。
ていうか、イモータルソサエティってなんだ?
さも知っていて当然、みたいな口調でオーナーが言うので聞き返せない。
「……どんな、内容だったのですか?」
聞きたくないような、聞きたくないような。
うん、やっぱり聞きたくない。
ここで好奇心に駆られて内容を知ると、ロクでもないことになりそうな気がする。
でも、もう確実に逃げられないところまで、巻き込まれているか。
2度も襲われたからなぁ。
モニターと再生機を設置しにいっただけなのに、なんでこんなことに?
ロゼがそんな重要人物なら、外に出させるなよ。
ソサエティとやらは、治療費を払ってくれないだろうか。
昨日から散々な目にあわされてるんだから。
「君とロゼをソサエティの舞踏会に招待する、そうだよ」
「……ぶとうかい?」
武闘会?
無理だ、戦い方の知識はあっても、新米吸血鬼とさえ戦ったことなどないのに。
「何か、勘違いしてませんか、店長?」
マイクが爆弾を落としてくれた。
「踊る方の舞踏会で、ホワイトタイ指定っすよ?」
最後まで敬語で喋れば、緊張感が保てたのに台無しだった。
いや、それよりも舞踏会の服装指定?なんてよく知ってるな、っていうべきか?
ホワイトタイ……って何?ってところから説明してほしい。
燕尾服なんてどこで作るんだろう?と思いつつ書きました