03
開店後に起きたことは、思い出したくもない。
店が開くのを待っていてくれた客には、私費で貸し出しを行い、なぜか早番の従業員にまで、私費で貸し出しをすることになった。
レンタル代金なんてたかが知れてるとはいえ、全員が貸し出し最大量を持ってくれば、それなりの金額になる。
お前らちょっとは遠慮しろ!
お客さんからは、来週も遅れて来てくれよ、なんて冗談めかして言われたが。
オーナーに知られたらまずいんだよ。
あのジジイ、変なところで真面目さを求めて来るからな。
話し方や礼儀作法は口うるさく言わないくせに、遅刻や無断欠勤に対しては烈火のごとく怒るからな。
「いてて……」
返却された記録媒体を選別、再生確認をしてから、棚に戻そうと立ち上がると肩が痛んだ。
そういえば、怪我をしていると言われただけで、実際にどうなっているかを確認してなかった。
場所が利き腕の右肩だけに、包帯を解いたら巻き直せない。
全身の筋肉痛とは痛みの種類が違うが、それだけで怪我が打撲か裂傷かわかるはずもない。
平和に首までどっぷりと浸かった、怠惰なおっさんだからな。
「店長、検索がでません」
「検索条件は?」
早番のラファエロ・ルッソが、シザーバッグから取り出した、携帯端末をいじりながら話しかけてきた。
今日も趣味の悪い、血まみれゾンビプリントのTシャツ姿だ。
せっかく人よりいい顔立ちなのに、本気で残念なやつだ。
ホラー作品しか見ないくせに彼女がいるらしいが、悔しいとは思ってない。
初めから若さと顔で負けてるからな。
……負け犬の遠吠えだとも、知ってるよ。
「お辞儀をすると尻が見える、真面目なフィクション歴史映画だそうです」
「なんだ、それ?」
私はほとんどの店内商品の概要を知っているつもりだが、そんな映像作品に覚えはない。
そもそも、その尻が見えるって要素は、重要か?
「あ、そうだ。
ハゲだそうです」
「誰がだよ!?」
私はハゲてないぞ!
「えーと、頑固な未亡人が傲慢なハゲ王と仲良くなる?恋に落ちるでしょうか?」
「私に聞かれても困るよ。
それ、本当に客の依頼なのかい?」
そんな不思議な話を見たがっている客の顔が見てみたい。
恋愛を含む歴史作品に詳しい、早番店長補佐のマイクに任せられればいいんだが、今日は休みだ。
こんな検索条件じゃ、イントラネットを使っても無駄じゃないか?
……結局、ハゲ王、未亡人、尻?の三要素では、その映画を見つけることはできなかった。
頼むから、人伝で聞くにしろ、ネットの海で情報を得るにしろ、タイトル、もしくはきちんとしたあらすじを調べてから来てください。
作品を見つけられずに、しょんぼりしている客(常連の壮年女性だった)を見送った後は、初見の客にSFの超大作を求められた。
作品自体は有名なので、すぐにわかるが……問題はこれが人気のある長寿作品だった、というところだ。
現在は存在しないTVシリーズなるものから、劇場用映画作品まで、100年以上に渡って作り上げられて来た作品の総数は、1,000作を超えていた。
現在では、全てがバーチャル上で制作できて、俳優すら必要ない。
著作権なんてものは国家と共に吹っ飛び、ある程度の情熱があれば、誰にでも制作できる。
そんな熱い同好の徒が作ったパロディ作品まで集めれば、総数は10,000を軽く超えるだろう。
「確か、宇宙艦隊でハゲの艦長がいて、赤いスーツと黄色のスーツと…」
またハゲなのかよ!?
今日はハゲに縁のある日らしい。
同じシリーズを全部借りればいい、という結論に達した客は、貸し出し限界数の媒体を受け取って帰っていった。
1週間の貸し出しだが、不眠不休でないと見れない量になっていたことには突っ込まない。
頑張ってくれ、と無言で見送った。
延長も借り直しもできるから、野暮なことは言わない。
現実逃避したいんだろうな……とか、思っても言わないことも優しさだ。
この新規客が常連になれば売り上げが……なんて考えてはいない。
ただ、同じ系統の作品が好きな従業員と、熱く語り合える日が来るかも?と期待はしている。
それにしても、今日は、しんどいな。
全身が筋肉痛なだけでなく、肩も痛いし、朝から何も食べてない。
早めの休憩を取らせてもらうことにして、休憩室のウォーターサーバーで喉を湿らせる。
長椅子に横になったところで、意識が飛んだ。
……ママ?
優しく頭を撫でられている。
ママか?と思ってから、そんなことあるはずがない、と寝ぼけている頭で思った。
私は10歳の時に両親を事故で亡くした。
唯一残った肉親である祖父も、数日後に病気で亡くなってから、私はずっと一人で生きている。
最後に頭を撫でられた記憶があるのは、小さな子供の時だ。
それから、誰かに頭を撫でられた経験などない。
これまでに恋人になってくれた、奇特な女性たちの中には、そういう母性本能に溢れて、私を子供のように構い倒す女性はいなかった。
なぜ、ママだと思ったのか?
「んん?」
起きているぞ、と小さくうめくと、頭を撫でていた手がなくなった。
柔らかな感触が消えたことに喪失感を覚えながら、ゆっくりと目を開く。
これで〝ナデナデ〟してくれていたのがオーナーのジジイだったら、どうしようと思いつつ。
「坊や、おはよう」
なんだかデジャヴを覚える。
「……ロゼ君、なぜいるんだ?」
デジャヴも何も、今朝方見た光景だとようやく気がついた頃。
「店長、大丈夫っすか?」
早番のマイケル・スカルジーが休憩室に入って来た。
今日は休みのはずなのに、どうしてマイクが店にいるんだ?
それに、ロゼは私のことをなんて呼んだ?
「何が大丈夫なんだい?」
「店長、爆睡してたっすよ?」
「もう、遅番の時間」
マイクとロゼの短すぎる現状報告で、血の気が引いた。
2人の言葉を信じるなら、私は休憩室の長椅子で半日寝ていたことになる。
「み、店はどうなってる!?」
「アーチーに来てもらったっす。
店にはアーチーとロウハ、あとロゼちゃんがいるんで、店長が抜けても問題ないっすよ」
「え?なぜ?」
「店のことよりも、店長は病院行った方が良くないすか?」
棒つき飴を口に突っ込みながら、マイクが指差した先を目で追い、自分自身の肩にたどり着いた。
「うおっ?!」
知らないうちに、右肩が血まみれになっていた。
カーキ色のTシャツが、乾きつつある血のせいで、そこだけどす黒くなっている。
「レンタルおごりで、特別に店長が戻ってくるまで残るっすよ?」
よ、弱みに付け込んでくる男、マイクめ!!
早番店長補佐の肩書きを有効に使うことについて、文句を言うことはできない。
休みだってのに店に来てくれた上に、遅番店長補佐のアーチボルド・ブラウンにまで連絡して呼んでくれている。
言動は軽いが、仕事はきっちりとこなす男だからな。
口で負けていることを口惜しく思っても、怪我がどうなっているのか分からないため、言葉に従うしかなかった。
「休みなのに悪いが、店は頼んでいいかな?
深夜番までには戻る」
「はい」
「あいさー」
ロゼとマイクに見送られながら、従業員用の裏口から外に出る。
血まみれの肩を見られると、アクション好きのロウハあたりが「これからカチコミですか!?」とわくわくして騒ぎそうなので、静かに出ていくに限る。
総合科の個人病院が、近くにあったはず。
そういえば紛失したままの携帯端末も、探さないといけない。
使用は停止しておいたので、拾われたとしても使うことはできない。
そんなに心配はいらないか。
端末頼りに慣れているだけに、手軽に地図が見られないってのは、ひどく不便だった。
◆
定期検診以外では久々の病院は、鼻を突く消毒液の匂いがしていた。
そこで、肩の傷を5針縫うことになった。
縫うとは言っても、患部に麻酔を塗布して、溶ける生体針をステープルで打ち込んでもらうだけの、簡単な施術だ。
その上から、培養皮膚絆創膏を貼ればおしまいだ。
シャツは傷口にはりつきかけていたので、処置前に切り刻まれてしまい、今は上半身裸という姿になっている。
どうやって店まで帰ろうかな、と考えていると、絆創膏の替えと化膿止めの処方箋を出された。
「今は細菌感染などは見られないけれど、熱を持ったらすぐに来るように」
「はい、ありがとうございます」
傷口が鋭い刃物でも使ったように切れていたらしく、どこで怪我したのか?と聞かれたけれど、覚えていないので答えようがなかった。
「朝起きたら怪我をしていた」と、どう考えても嘘にしか聞こえない説明をしながら、医師の白髪混じりの側頭を見つめる。
特に事件性があると判断はされなかったようで、処置後に待合室で待たされることもなかった。
「お大事に〜」
「どうもお世話になりました」
やる気のない声の受付係に見送られ、日が暮れ始めている外へと足を踏み出した。
170916 訂正しました、中身は変わりません
作中で検索されている映画1は『王様と◯』です
ミュージカルや映画など、複数が映像化されていますが、アカデミー受賞作のユル・ブリ◯ナーさん版です
ショーツを履く文化がなく(普段は腰巻)お辞儀あり生活の女性達に、クリノリン入りのスカートは危険!!
多分、尻のシーンは、初めて見たときの衝撃で覚えているので、作品を貶めるつもりはありません
もう1つは言わなくてもわかります?
エンタープラ◯ズです
スキンヘッド繋がりでした