04
「給料は使ったかい?」
「いいえ」
「構わなければ、今から、これを乗せる棚を買いに行こうか」
「はい」
「……予定とかないのかな?」
「はい」
会話が盛り上がらないっ。
私は話し上手ではないし、無口な少女ってだけでも困っているのに、年齢不詳の吸血鬼って辺りで、会話が成立しない。
何を話せば通用するんだ?
人同士でも世代間格差があるのに、吸血鬼を相手しろって言われてもな……「どの血液型が美味い?」とか聞けばいいのか?
悩みながら部屋を出て階段に向かった私の前に、ロゼが立ちふさがる。
「は?」
ついに本性を出したのか?
腰の後ろに挿してきた、銀のナイフに手を滑らせたその時。
「お疲れのようなので失礼します」
「は、ヒエッ?!」
———気がついたら、愛車の前にいた。
さ、30階から飛び降りられた。
しかも、軽々とお姫様だっこされた状態で。
こ、こ、殺す気かぁっ!?
世間的にも肉体的にも死ぬところだった。
チビリそうになった!
いい歳して女の子に抱きかかえられるとか、ダメだろう。
情けなさすぎて顔が熱い。
「後ろ、失礼します」
「は?」
ロゼは愛車の空の荷台に乗ると、膝を抱えて座り込んだ。
地味な紺色のスカートから、青白くほっそりした脛がのぞいて、その細さに(ご飯を食べてるのか?)と考えると同時に(吸血鬼化したその時から、体型が変わらないんだったか?)と思い出す。
無表情で膝を抱え込んで座られると、胸を針で突かれているような気持ちになるのは何故だ!!
いや、その、なんだ、この、切なくなるようなダナダナみたいな光景は。
私がロゼを、どこかに売り飛ばしに行くようにしか見えない。
「……すまないが、助手席に乗ってくれないかな?」
「はい」
いくら吸血鬼が頑丈だとはいえ、軽トラの荷台に乗せているのを見られたら〝人権侵害〟だと言われかねない。
道交法的にもアウトだ。
なんでこう、世間知らずなんだ。
朝日を浴びたら灰になってしまうことも、知らないんじゃないか?
「シートベルトはしてくれよ」
「……」
なんで、困ったように動きを止めて、こっちを伺っているんだろうか。
シートベルトを知らないとか言わないよな?
車ってやつが作られ始めて数百年が経つが、未だにシートベルトは現役だ。
技術が発達して素材や細かい仕様は変わっても、これに取って代わるものは完成していない。
4輪以外の交通手段が一般的になったせいもある。
「引っ張って、ガチャっと言うまで押し込むんだよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
助手席にロゼを押し込んで、狭い隙間に上半身を押し込んで3点式のベルトをはめてやる。
相変わらずいい香りだ……どこかで嗅いだことがあるような?
そんなことを考えていると、なぜか誰かに見られているような気がした。
運転席側に移動しながら周囲を見回し、さらにロゼを見つめるが、無表情な少女は、ぼんやりと前を見ているだけだった。
医療の発達により人の寿命が長くなるにつれ、当然のように結婚や妊娠の年齢も遅くなっていく。
老け顔の私とロゼが並ぶと、親子ならかろうじて許容範囲だ。
恋人は……ないな。
つまり、あまり他人に見られない内に、さっさと買い物に行こうということだ。
「24時間オープンのディスカウントストアに行くが、それで良いか?
家具をこだわりたいって言うなら、次回になる」
助手席に座らせておいてから言うことではないが、まさか家具を買う必要があると思っていなかったのだ。
段取りが悪いのは許してほしい。
「店長にお任せします」
「はいよー」
そんなら組み立て不要の、蓋つき再生セルロースカビーだな。
もちろん私も、長年愛用している。
繊細なものは壁に作り付けの頑丈な棚にしまうが、服や日常雑貨はこれで十分だ。
強度と値段、経年による変形や劣化の少なさから考えても、コスパが素晴らしい。
ただの白っぽい箱だから、雰囲気も何もあったもんじゃないが。
何もない部屋に、ほんのりと再生材の色味でマーブル柄が浮き出る、白い3段ボックス…。
まあ、上にぬいぐるみでも置いてもらえば、少女の部屋にも使えないことはない、はずだ。
そんな益体も無いことを考えながら、夜の街を愛車で走り抜ける。
窓を全開で走行しているので、再生されるエンジン音と、生温い風が吹き込む以外は静かなものだった。
◆
思っていた通りの、色気も何もない白い棚を2つ買って、ロゼの家へと戻る。
もう1つの棚には服を入れたいんだってさ。
よくよく、がらんどうの部屋の造りを思い出してみれば、部屋の隅に布が積んであったな。
暗くてよく見えなかったが、あれは雑巾じゃなかったのか。
普段から、ロゼの服装を見ていない。
吸血鬼ってだけでストレスを感じているのに、視界に入れたくないじゃないか。
それだけに、いつも同じような地味な色の服のイメージしかない。
髪は珍しい赤毛だが瞳はよくある茶色で、顔立ちも平凡なのに、顔だけが、誘蛾灯のように青白く光って見える。
顔立ちが平凡なことと、服の上からでも分かる痩せぎすの少女であるだけで十分だ。
「上まで運びますか?」
愛車を降りるなり、無表情のまま両腕を差し出され、告げられたセリフに顔が引きつる。
それは、荷物のことを言っているんだよな?
私は荷物でも、新婚の奥様でもないっ。
「棚を頼んで良いかな?」
「……はい」
本当なら男らしく、棚を抱えて30階まで登ってみせたいが……見栄を張る相手でもない。
なんで、ちょっと残念そうに見えるんだ。
おっさん抱えてどうするんだ。
物理的に捕食されるのはごめんだぞ。
再び手すりに寄りかかり、ひいひい言いながら、最上階までの螺旋階段を登る。
明日は筋肉痛だ、間違いない。
絶対に、次は来ないからな!
あ、でもロゼが自前で再生機やらモニターを買ったとしたら、後の回収があるな。
……今は考えるのをやめよう。
思考を放棄して、棚に機材を乗せる。
綺麗に仕上げるなら、棚の背面に穴でも開けて配線を通すが、そこまでしなくてもいいだろう。
さっさと帰って寝たい。
夕食も食べていないが、寝たい気分だ。
作業の最後に、壁のソケットに変圧器付きのプラグを差し込んで、記録媒体の動作確認をした。
「ロゼ君、配線を引っ掛けないよう気をつけてくれよ。
これは私の手書きで悪いが、簡易スタートアップ説明書。
モニターに関しては交換部品がないから、壊れたら丸ごと交換ってことを覚えておいてくれ。
もしも、使い方で分からないことがあったら、素人判断で試す前に連絡すること、良いね?」
「はい」
説明はしたものの、正直に言って、再び30階まで登りたいとは思えない。
抱えられて運ばれるのは、もっと嫌だ。
許されるなら、ロゼ君が(いつか)買う(かもしれない)再生機器と交換するその時まで、踏ん張ってくれ。
戦友を見送る気分で、ロゼの部屋に収まった機器へエールを送る。
「じゃ、おやすみ」
「はい、ありがとうございました」
お礼を言われながら、まっすぐ向けられた瞳に、動揺を隠せない。
今まで、ロゼが私を見つめてくることなど……いや、あったな。
気がつくと、すぐ側に音もなく立っていて、見つめられていたな。
も、もしかして、とうの昔にエサに認定済みなのか?
それとも廃業した家業のせいか?
思っている通り、ロゼがペーペーの新米吸血鬼でないなら、我が家のことを知っていてもおかしくない。
我が家の狩人としての名は「吸血鬼には広まっている」と祖父は言っていた。
いやいや、これは話半分だ。
第一、私の現在の家名は父方なので、母方の狩人家の名を名乗っていない。
親戚との交友もなく、家族がいない私のことを他人に知られているはずがないのだ。
私は、祖父の言を盲信しているわけではない。
何もできず、何者にもなれずにいた、情けないクズの自分を慰めるために、言い訳に使っているだけだ。
もしも吸血鬼が我が家を敵視しているなら、戦う力を持たない私を放っておくわけがない。
30年以上も待たずに縊り殺しに来ていたはずだ。
「ヨハン、さん……」
「?」
小さくロゼが呟いた言葉は聞き取れたが、何を言われたのかは理解できなかった。
誰かの名前なのだろうが。
私の名前は、ヨハンではない。
「おやすみなさい、店長」
「おやすみ、また明日」
「はい」
肩を竦めたくなるのをこらえながら、さっさと下まで降りて、愛車のペダルを踏み込む。
再生されたエンジン音は、10時以降の夜間音量規制で2割にまで小さくなっている。
無駄に細かいAIのせいで、せっかくの懐古の趣が台無しだ。
まあ、復刻版だから!と現存しない内燃機関の、作動音再生装置を組み込んであるってのも、この軽トラに惚れ込んだ理由の一つだ。
再生している音は、エンジン音のみではないらしいが、車に関してはロウハに聞くしかない。
内燃機関ってのも、いまいちよく分かってないからな。
本当はロウハから聞いた、国家があった時代の〝PRC〟という国発の過積載映像を再現したかったな。
販売の時点で車体に対策がされていた、残念。
まー、男のロマンってやつだ。
無駄なのに無くならないものってのは、いつの時代も存在している。
恋愛要素といえばお姫様抱っこ!
え?立場が逆?