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不死者狩人は、マザコンでした 《未完、更新停止中》  作者: 賢木
取り戻した後の日常
18/24

04

 





 30年前からの数年間は、吸血鬼達が人の世に姿を現した過渡期であり、家族も叔父貴達狩人も、全員が寝る暇もなく働いていた。

 子供相手に時間を割く余裕もないほど。


 当時4歳の俺は、家族みんなで行くはずだった避暑地で、1人寂しく過ごすしかなかった。

 家にベビーシッターと共に残る、という選択は無かった。


 狩人家系直系の片鱗として、生まれた時から普通の子供と違っていた俺は、シッターにも避けられていた。

 夏の間くらい、俺に近寄りたくないって、シッター達が言ったらしい。


 保護者代わりの管理人夫妻は優しかったが、金で雇われているに過ぎず、食事と洗濯以外で俺に構ってくることはなかった。


 俺は腕に居場所を発信するバンドをつけられただけで、毎日、1人で自然の中を駆け回った。


 シッターの件からも分かるように、その頃からすでに、同年代の少年少女よりも身体能力が高く、遊びが幾度か怪我に発展してからは、友達を作ることを諦めていた。

 1人なら、何も気をつけなくていい、と考えていた。


 要は、誰にも構ってもらえなくて、不貞腐れていたわけだ。


 その避暑地には、見事なバラ園があった。

 避暑地内に別荘を持っている者しか入れない、広いバラ園。

 1,000年以上前から、つい何十年前かまで存続していた貴族?だか何だかの元持ち家は、今は登録者用の共同避暑地の敷地になっていた。


 遊び疲れ、腹も減って……でも、誰もいない別荘に帰りたくない、と拗ねていた俺は、夕暮れの中を寂しげに歩く、紅茶色(レディッシュ)の髪の女性に会った。

 1人で遊ぶのに飽きていた俺は、年上のその女性に懐き、そして、夏をとても楽しく過ごした。


 夏が終わって帰る頃には、女性のことを恥ずかしげもなく「ママ」と呼ぶほどに。


 俺の母親は多忙な上に厳格な狩人で、自分のことを名前で呼ばせていた。

 〝ママ〟なんて、一度も呼ばせたもらった記憶がない。


 同年代の子供が、母親に抱き上げられて顔を輝かせるのを、羨ましいと思っていた。

 呼ぶだけで世界中の悩みが消えるように、甘えきった声で「ママ」なんて呼んだことがなかったから、憧れていたのだ。


 俺は避暑地に行くのが楽しみになった。

 何かとねだって、夏以外も避暑地で過ごすようにしたら、シッター達も安心する。


 ママは俺を怖がったりしなかった。

 普通の4歳の子供なら、絶対にできないようなことをしても「すごい」と褒めてくれた。


 家族が忙しくしていても、避暑地にさえ行けばママが遊んでくれて、子守唄と額におやすみのキスをくれて、抱きしめてくれる。

 その頃の俺は、一年中夏ならいいのに、と心から願っていた。


 ママが本当のママにはなれない、と子供心でわかってはいたのだ。


 日が暮れてからしか会えないママ。

 いつも、どこか寂しそうで、大人のいるところには近づこうとしないママ。


 それでも、4歳の俺にとっては、世界一のママだった。




  ◆




 翌年も、その次の年も、俺は〝ママ〟と夏を過ごした。

 しかしその翌年、今年も楽しい夏が!と思っていた7歳の時、俺は滝から落ちて……朝、気がついたら別荘の部屋にいた。


 ママに花束を渡したくて花を摘むうちに、滝に近づきすぎたらしい。


 滝から、幾つもの岩に当たりながら水面に落ちたはずなのに、どこにも怪我はしていなかった。

 ただ、口の中に生臭い鉄の味が残っていた。


 それから、彼女(ママ)には一度も会っていない。

 諦めずに敷地内を探し続けたし、管理人夫妻に確認もしたが、そんな女性はいない、と言われた。


 10歳の時に両親とともに吸血鬼の襲撃を受け、復讐心に飲まれてからは、彼女(ママ)のことなど忘れていた。



 ……幼い俺にとって、彼女(ママ)は大人の女性に見えていたが、こんなにいたいけな少女だったのか。


 いつのまにか、銀鎖は手の中で揺れていた。

 ロゼの細い首には、痛々しい焦げ跡ができてしまっている。


「ロゼ……君は、俺の血の匂いを辿れるのか?」

「ええ、そう」


 泥と乾いた血で汚れた顔で俺を見上げ、透き通った茶色の瞳が真剣な光を灯している。


「坊や、あなたを守るから」

「……魅了を解いてくれ」

「魅了なんてしてない。

 坊やは、血を取り込みすぎて、変化が進んでる」


 俺を見上げたまま「他の(吸血鬼の)血で匂いが変わってしまって、あなたを見つけられなかった」とロゼは眉を寄せた。


 つまり、ロゼはこの街に来てヨハンを探していると同時に、坊や()のことも探していたのか。

 だが、ヨハンはとっくの昔に死んでいるし、俺は……変化してしまった。


「……知っているんだな」

「狩人達が血を取り込むことなら」


 それはイモータルハンター(不死者狩人)の重大な秘密の1つ。


 吸血鬼は、自らの血を人に飲ませることで、吸血鬼化させる。

 なりたての吸血鬼は、親に絶対の忠誠を誓う。

 見たことはないが、それが定説だ。


 何百年も前の狩人達は、禁忌だと知りながら、毒を食らわば皿まで!と吸血鬼の血を浴び、舐めたという。

 それくらい、吸血鬼達は人を追い詰めていた。


 人を超えた能力を得るために、吸血鬼化しないように微量の血液を体内に入れて、限界を超えた身体能力を得る。

 しかし、これは正しい方法じゃない。


 吸血鬼の手で変化した場合と違い、人が血のみを得て変化した場合、出来上がるのは化け物だ。


 発狂して、ひたすらに血を求め、生きたまま腐っていって、最終的には創作物の中の化け物、ゾンビやグールのようになってしまうらしい。

 そこまで行く前に同僚の手で葬られるので、記録でしか見たことはない。


 人により変化に必要な血の許容量が違うので、これは命懸けの博打だ。

 一滴で発狂する狩人もいれば、長年の摂取で吸血鬼になって、心臓に杭を打ち込まれる者もいる。


 気狂いじみたこんな真似を、何代にも渡って繰り返してきたのが、バッターリア家だ。

 他の地域にもそんな奴等がいるかもしれないが、国があった頃から、うちはこの辺の狩人の頭首だったらしい。


 ちなみに高祖父のヨハンは、血を取り込みすぎて吸血鬼化した。

 もちろん、杭を打たれてる。


 そんなバッターリア家の者が、普通であるわけがない。

 普通の人との間に子を成すことはできるが、子供のできる確率が低く、死産が多いことも判明している。


 つまり、バッターリア家の唯一の生き残りである俺は、遺伝子レベルで化け物側に傾いているのだ。


 俺は、知らない間にロゼの血を飲んでいた。

 その後に、幾度も討伐で吸血鬼の血を浴びたせいで、吸血鬼化が進んでいるらしい。


それ(俺の吸血鬼化)あいつら(結社の吸血鬼)に言ったのか?」

「いいえ」


 舞踏会に出向いた後、病院で意識を取り戻すまでの記憶が不確かだ。

 俺はロゼにもナイフを向けたのだろうか。


 ロゼは、俺が何を考えているのか分かるらしい。


「坊やは優しい子、大丈夫」


 背伸びと共に、白く細い小さな手が精一杯伸ばされたが、それでもやっと頭に届くかという位置だ。

 よしよし、と頭を撫でられて、胸が痛む。


 俺は、吸血鬼を殺さないといけない。

 胸に痛みを感じていても、ロゼすらも殺さなくては。


 頭ではそう思っているのに、鎖を持っている右手は力を失い、左手の指先で、細い首の黒い焦げ跡を触る。

 癒してやりたい、と思ってしまう。


 店長だった時には、こんな風に思わなかったのに、ロゼがママだった事を思い出したせいだろうか。


 ロゼが失われることが、怖くて仕方ない。

 頭では理解できないのに〝ロゼが死んだら、俺も死ぬのだ〟と心が確信している。


 俺は、ロゼがいないと生きていけない。


 イモータルハンター(不死者狩人)の頭首として、仲間を守らなくてはいけない。

 吸血鬼に対して、一欠片でも温情を持つことなど許されないのに。


 相反する心のせいで、体が2つに引き裂かれそうだ。


「坊や、大好きよ」


 本当の母親が向けてくれる暇もなかった、優しい眼差しと共に告げられた言葉で、俺は分からなくなってしまった。


 家族の仇を討って、吸血鬼を殺さないといけない。

 このままロゼと共に、吸血鬼のいないどこかで暮らせればいいのに。


 どちらも俺という人格を形成してきたものであり、どちらか一方など選べなかった。

 ただ、苦しくて、助けて欲しくて、愛おしいロゼを抱きしめた。


 温かみのない細すぎる体。

 そっと頭を撫でる小さな手。

 無表情に近い青白い顔。

 彼女の全てが愛しい。


 ——彼女はすでにママ(保護者)では無い。

 守るべき、愛おしい女性だ。


 他の何を犠牲にしても、ロゼだけは失うことができない。

 また、何も楽しみのない、孤独な日々に戻るのは嫌だ。


「ルッツって呼んでくれないか?

 もう坊やって呼ばれるような歳じゃない」


 俺もママって呼ばないから、と告げると、なぜか残念そうな顔をされた。

 いや、外見年齢12、3歳の少女をママと呼ぶのは、色々と疑われるから勘弁してくれ。



 

イ、イチャラブ??

母性本能??

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