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不死者狩人は、マザコンでした 《未完、更新停止中》  作者: 賢木
取り戻した後の日常
15/24

01

 





 全てを思い出し、記憶を統合するのに、どれだけの時間がかかったのかは分からない。


 全身が脂汗にまみれてべとつき、拘束用のベルトで擦れた手足が痛む。

 頭の中では、作られた穏やかな日常生活の記憶と、本物の血みどろの記憶が混在して、自分が多重人格になったように感じる。


 ただ1つだけ分かっていて、これからも確実なことも1つだけ。

 父方の遠方の苗字を使い、ルクレツィオ・()()()()()()()()として生活していた、腐るように代わり映えのない穏やかな日常には、未練がないということだ。


 ()は、現在では非合法なイモータルハンター(不死者狩人)のバッターリア派頭首、ルクレツィオ・バッターリアだ。

 いや、復讐に取り憑かれた狩人〝ルチャーノ・ダ・ロット〟か。


 一人前として、狩人の名(ダ・ロット)を得た時に、たった一つだけ方針を決めた。


 〝どんな育ちで、どんな性格でも構わないから、吸血鬼は、等しく皆殺しにする〟


 あんな人の生き血を啜る化け物どもと、本当の意味で分かり合えることなど、未来永劫ありえない。

 今ならヨハンのジジイが、狩人を干されたことを当たり前だと思える。

 狩人の恥さらしめ。



「……頭首様」

「久しぶり、なのか?アンドレの叔父貴」

「これまでの頭首様が、別人であったと言われるのであれば、そうなりましょうね」


 頭に巻かれていた包帯を取られてみれば、見覚えのある、いや、見慣れた顔がそこにあることに、安堵よりも苦い気持ちを覚えた。


 俺が()()だった頃に見慣れていた、こちらをからかうような表情は鳴りを潜め、年相応のジジイらし老獪さを持って控える老狩人(オーナー)アンドレ・ダ・ロットを、ベッドに拘束されたままで見つめる。


 記憶を受け入れるまでに暴れまくったのに、誰も病室に来る気配はない。

 不干渉と情報の徹底通達がされている、狩人御用達の病院なのだろう。


あの腑抜け(お人好し店長)が俺?

 ハ、別人だろ」

「左様ですか」


 ——本物の最後の記憶は、吸血鬼との消耗戦を生き延びた後、同胞であるべき狩人達に押さえつけられ、一時的な薬漬けにされ、記憶を改竄された所まで。

 満身創痍でなければ、人の狩人ごときに押さえ込まれはしなかった。


 タヌキである叔父貴が、裏切りともとれる行為を率いているとすぐに理解したが、身動きが取れなかったので、精一杯の怨嗟を怒鳴り散らしたのだ。

 分かりやすく言うなら「テメェこんなこんなことしてタダじゃおかねぇ!」的なことを血を吐くまで叫んだ。


 とはいえ、薬漬けの記憶改竄には逆らえるはずもなく。

 生まれてからの全てを無かったことにはできないので、狩人家系の落ちこぼれ男に変えられたのだろう。


 復讐と戦い方、頭首を継いだ記憶を封じられた自分が、あそこまで平和ボケした男になるとは思っていなかった。


 俺は記憶を改竄(カイザン)されてから14年以上も、ずっと平和な街で暮らしていると信じていた。

 全ては砂上の楼閣だったというわけだ。


 今、こうして拘束されているのは、あの時の捨て台詞の影響だろう。


「叔父貴を恨んではいない、暴れる気もない」

「……左様ですか」


 今ならわかる。

 叔父貴(オーナー)のしたことは、狩人(俺たち)の未来に必要なことだった。



 俺は10歳の時、両親と祖父、家族の全てを、イモータルソサエティ(不死身の結社)に奪われた。

 それからずっと復讐のために生き、18歳で一人前と認められて頭首を継ぐなり、単独で奴らの本拠地に乗り込もうとした。


 情報統括と資産運用、管理が本業のアンドレの叔父貴(祖父の弟弟子)が、わざわざ前線に出張ってきて指揮を執り、怒り狂い、暴れまくって叫ぶ俺を止めたのだ。


 捕らえられて諌められて、宥められ叱責されても、俺は復讐を止めようとしなかった。

 どうしても諦められなかった。

 叔父貴が本物の記憶を封じていなければ、復讐心と破滅衝動に飲み込まれた挙句に、吸血鬼たちに殺されていただろう。


 バッターリア(周辺地域狩人の宗主)の血に流れる特別な形質を、次の世代に残さずに死ねば、有能な狩人の発生が自ずと減る。

 そんなことも分からなくなるくらい、俺は周りが見えなくなっていた。


 どうしようもない、ガキだったわけだ。


「頭首様、退院の準備が済みました」

「マイク、お前は狩人だったんだな、全く気がつかなかった」

「はい、ミカ・ダ・ロットの名を頂いております!

 直に御目通り致しましたのは、記憶を封じた後だったっす、でした」

「敬語なんかいらん」

「は、はい、了解、分かったっす」


 礼儀作法や敬語なんてどうでもいい。

 命をかけて、全身全霊を注いで一体でも多くの吸血鬼を減らせ。

 それが狩人の本懐だ。


 なるほど、オーナーの謎の規範規律の基準は、狩人由来だったわけか。


 店長だった頃の緩い考えが、まだ頭の奥に残っているようで気持ちが悪い。

 体を動かして、汗と一緒に流してしまいたい。


「帰りたい、拘束を解いてくれ」

「ソサエティの監視を撒くために、同行させていただきますよ」

「どうせ、家には帰れないんだろうが。

 どこに連れてく気だ?」


 マイケル・(恋愛、歴史作品偏愛者)スカルジー(ロマンティストマイク)、いやミカ・ダ・ロットがナースコールをすると、すぐに生真面目そうな表情の看護師がやってきて、拘束用のベルトを外してくれた。


 体を起こすと、すぐにバスタオルを差し出される。

 全身が汗でベタついているので、シャワーを浴びろということらしいが、雰囲気が看護師ではない?


「狩人か?」

「ハッ!補給、医療班のエルモと申します」

「叔父貴、今、狩人は何人いる?

 前衛が3人しかいないのか?」


 いい歳した男に憧れの瞳で見つめられて、うんざりしながらも笑ってみせる。

 それくらいの愛想笑いならできる。

 ぼんくら店長だった頃には負けるが。


 個人的な好みでしかないが、この手の男を前線に連れ出すのはやめて欲しい。

 憧憬が強いタイプは、大抵の場合において独りよがりな思い込みも強い。


 全ての狩人が、こんな目で俺を見てくるのだとしたら、俺は一人で吸血鬼と戦う。

 憧れは、恐れられるよりもタチが悪い。


「狩人の総員は13人、前衛部隊が4人、後方支援が5人、補給、医療が4人ですよ」

「少ねぇなぁ、なんだそりゃ?」


 いくら世論や法律のせいで、イモータルハンター(不死者狩人)が非合法の組織になってるとはいえ、その人数では一方的に嬲られて終わるだけだ。

 幾つもの腹案を持っていそうな、タヌキの叔父貴が運用していたらしからぬ組織の弱体化に、思わず内心をそのまま口にしてしまう。


「街を出た者が多いのでね」

「ああ、俺のせいか」


 確かに、一番上が私情にかられて死地に突っ込むヤツだと、ついて行く気にならないな。

 それならば、これからは違うと、きっちりと見せてやればいいのか。


 だが新しい狩人を集めた所で、使い物になるのか?信用に足る人物なのか?を調べる手間で、余計な人手がかかる。

 現状を維持しつつ、ゆっくりと増員していくほうがいい。


「叔父貴、これからの方向性を告げておく。

 潜伏はしない、が、正面切って戦う気もないからな、地道に絶対数を削る。

 日毎に減る仲間に、吸血鬼達が震えあがる姿を見せてやるよ」

「はい、総員に通達いたします」


 叔父貴が、現状でのこの方向性(吸血鬼殺し)を好んでいないのは分かっている。

 蜂の巣に手を突っ込むようなものだ、と思ってるはずだ。

 それを知っても変えるつもりはない。


 感情論で語るなら、正面切って皆殺しに行きたい所だが、それは最悪の結末しか招かない。


 叔父貴は、組織が弱っているのに対峙すべきではない、狩人の絶対数を増やす方が先決だと思っているのだろう。

 しかし、使えそうな者を住民の遺伝子情報を元に探しだし、性格的、環境的に精査し、育て上げるのは時間がかかりすぎる。


 吸血鬼は簡単に死なない。

 だが、狩人は人間だ、簡単に死ぬ。


 場数を踏んでいない新人狩人を減らされないように、先手を打って雑魚を減らしておくくらいなら、敵対関係の火種を操作できるはずだ。

 この街には、吸血鬼を恐れないアホがいるって、アピールにもなるだろう。


 煽られた吸血鬼側が牙を見せれば(尻尾を出せば)、警察や一般人に奴等の蛮行を広めることができる。

 情報と金を何よりも尊ぶ、狡猾な叔父貴が、吸血鬼が人類の敵と知らしめるための証拠を、集めていないわけがない。



 

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