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04

 





 2人きりになったリムジンの中で、居心地の悪さを覚える。

 普段、家にいる時は、ロゼが側にいても、こんな気持ちにはならないのにな。


「ルッツ、あなたを守るから」


 ロゼの絞り出したような声を聞いて、ふわふわと浮ついていた気持ちが急降下して地面の下まで埋まっていく。

 デートみたいに浮かれている場合じゃなかった。


 なんだか分からない内に、命がけのやりとりになるかもしれない。


 そんなものに巻き込まれるなんて、本当についてない。

 だが、目の前の貴婦人のようなロゼの姿を見られただけでも、眼福なのか。


「自分の身くらい、なんとかするよ」


 そう言って、一本だけこっそり持ちこんだ、銀製のナイフを取り出す。

 ベルトループに吊るシースを用意していたのに、スラックスがサスペンダー吊りなので、仕込むところに困り、とりあえず腰の後ろに差し込んでおいたのだ。


 ジャケットの背面が、ナイフを取り出しにくい形なのは、私への嫌がらせなのか。


 柄から先端まで銀で成形されたナイフは、形だけは刺突向きのダガー型だ。

 形だけと言うのは、刃がないからだ。


 銀は柔らかい金属であり、カトラリーとしても使われる。

 鋼のように刃をつけることができないので、対人の武器としては突き刺すか、殴るくらいしか期待できないが、吸血鬼には効くという。


 無いよりはマシ、だろう。


「これでも狩人の子孫だ、一方的に食われたなんて、ご先祖様に顔向けできない」


 笑顔を向けると、ロゼはホッとしたように笑顔を返してくれた。

 無表情だと顔色のせいで作り物に見えてしまうが、笑みを浮かべた途端に、蕾が綻ぶように華やかな暖かさを放つ。


 ヨハンお爺様がロゼを助けたいと思った気持ちが、今ならよくわかる。


 愛らしい仕草は子供のようで、物を知らないものの、知能が低いわけでは無い。

 保護欲を掻き立てられたんだろうな。


 今日に向けて、お爺様の手記も翻訳後に読破した。

 ほとんどが日記のようなもので、どこでどんな吸血鬼を狩ったか、どうやって追い詰めたか、だったが、ロゼと思われる少女と出会った後で手記は趣を変える。


 それは、望まずに吸血鬼になった者達の救済法を探し求めていた。


 人に戻ることはできないのか?

 昼中に出歩くことは、できるようにならないのか?

 人が食べる普通の食事で、生きることができないか?


 血の渇きから救うことができないか。


 お爺様は狩人でありながら、救済を望んでいた。

 被害者を狩るのではなく、助けたいと思っていた。

 ……どうして、誰も賛同しなかったのだろう。


「着いたみたい」


 ロゼの呟きに、鼓動が跳ね上がる。

 来たくないと思っていたのに、緊張はするらしい。


 映画で言うところのクライマックスシーン、と言うのがふさわしいんだろう。



 リムジンが止まり、扉を開きにやってくる駐車場係。

 その顔色が吸血鬼でないことに安堵しながら、周囲に視線を走らせる。


 白くライトアップされた建物は、大昔の聖堂のような形をしていた。

 外からでも見える外壁の細かい細工、ステンドグラスがライトを受けて光っている。


 周囲は静まり返り、とても舞踏会があるとは思えない雰囲気だ。


 グズグズしているうちに、リムジンは駐車場を去ってしまった。

 駐車場係も姿を消した。


「ロゼ、行こうか」


 この日のために、私もロゼを〝君〟付で呼ばないように練習した。

 何が吸血鬼達の逆鱗に触れるか分からない以上、人の作法で行くしかない。


 舞踏会に共に訪れる関係なら、肩書きで呼び合ったりはしないだろう、ってのが最低限のマナーだ。

 どうなることやら。


「はい」


 ほんのりと頬を染めた可愛らしいロゼが、手袋に包まれていてもほっそりした指先で腕に縋る。

 エスコートなんてしたことないが、うまく行くだろうか。

 舐められるなと言われても、何が禁忌になるのか知りもしない。


 男は度胸だ。


 石畳を踏みしめると、光るほど磨かれた靴が硬い音をたてた。



 全開にされた両開きの扉の左右に、青白い顔の男が立っている。

 ジロリと向けられた瞳は、美しいのにひどく濁って見える。


 肩に爪を立ててきた吸血鬼と同じだ。


 顔立ちは整っているし、外見的な欠陥も見当たらない。

 誰よりも生を謳歌していそうな、神にさえ愛されそうな均整のとれた容姿をしているのに、表情が暗い。

 まるで、今にも死にそうだ。


 手遅れの病に侵された、病人の顔に見える。


 一体、舞踏会で何が行われているんだ?

 私とロゼを狙う理由は、彼らの病人のような雰囲気が原因なのか?


「招待状をお見せください」


 ロゼだけに声をかけた男は、明らかに私を無視している。

 そうか、この舞踏会の主催が吸血鬼なら、人間はエサか愛玩動物としての扱いになるわけか。


 いちいち下らなくて、まともに受け取る気にもならないな。

 オーナーに渡されていた、金箔押しのカードを男の手に押し付けた。


「……確認させていただきました。

 奥で主人がお待ちでございます、ご案内させていただきます」


 有無を言わせぬ様子で、死んだ顔の男に広いホールへと案内される。

 扉の前にいたもう一人の男の視線が、背中に突き刺さっているのは気のせいだろうか。


 良いのか、ここで私たちを素通りさせて。

 金属探知機の類も見当たらないし、身体検査も受けていないのに?


 この場で踵を返したいのを堪えて、ロゼの指を腕に感じつつ歩いていく。

 静まり返っているホールには、大勢の客がいた。


「………」


 信じられないことに衣擦れの音すらしない。

 100人以上がホールにいるっていうのに、ほとんどが吸血鬼だ。


 わざと吸血鬼の顔が浮き上がるようにと、輝度と光色を調整されているらしい照明の下、集中する視線に気がつかないふりで、足を止めずに進んでいく。

 足を止めたり、周りを見回す勇気なんてない。


 青白い顔が、黒いジャケットや色鮮やかなドレスの上に浮いているように見えるので、視線を定めないようにしながら進むと、ホールの最奥についた。


「失礼致します旦那様、お客様がおいでになりました」

「ああ、ご苦労。

 下がれ」

「失礼致します」


 端的な会話を終え、男性は再び入口の扉の方へと戻っていく。


 私たちを迎えたのは、黒いテールコート(燕尾服)をきっちりと着こなした、ブロンド(金髪)の男。

 照明を鏡のように反射している顔色から見て、吸血鬼なのは間違いない。


 その表情は死んでいない。

 見かけは20代だろうが、実年齢は不明だ。


「会いたかったよ、夜の乙女」


 私をまるっきり無視して、男性はロゼに冷たい微笑みを向けた。

 男の手にシャンパングラスを渡したのは、私の肩に爪を突き立てた男だ。


 この怜悧な顔は忘れていない。

 照明で淡く光るブルネット(栗色)の髪に、どんよりと濁ったフォグ(濃霧)の瞳。


 作り物めいた人形のような美しい顔立ちと、沼の底のヘドロのように淀んだ瞳がちぐはぐすぎる。


「あなたは、誰?」


 ロゼの反応を伺っていたので、ブロンドの男に向けられたその言葉を聞いて、呆気にとられた。


 顔見知りじゃないのか?

 見知らぬ他人というか、見知らぬ他吸血鬼のロゼを舞踏会に招待?

 〝待たない〟とか言ってたじゃないか。


「わたしはタイスト。

 会の主催者をさせてもらっている、君に会える今宵を心待ちにしていた」


 黄色味の強い、波打つようなブロンドを照明に輝かせ、タイストと名乗った吸血鬼は、側に控えている濃霧の目を持つ男を、指先を動かしただけで招き寄せる。

 招かれた男は、無言でその場に両手をついて、四つん這いになった。


 えええ!?



 

イケメンが!?

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