01
「あの、オーナー」
「ん?何かね?」
今まで金にしか興味のない守銭奴の顔してたくせに、一瞬でロゼに好々爺の顔をしてみせるジジイ。
身寄りがなく、寂しい老後を過ごすジジイとしては間違っていないが、守銭奴の顔を見せた後だと、逆に避けられかねないぞ。
ロゼはモジモジと指先を困らせていたが、心を決めたように顔を上げた。
青白い陶器のような顔が、休憩室の照明で浮かび上がって見える。
化粧を教えたほうがいいんだろうか。
少なくともファンデーションを厚塗りすれば、いかにも吸血鬼という印象はごまかせる。
これまで私以外には、従業員や客に嫌吸血鬼派がいなかったので、あまり気にしていなかったが、街中を歩くことになるなら、警戒してしすぎるということはないだろう。
「イモータルソサエティって、なんですか?」
まさか、ロゼも知らなかったのか。
でもこれは、教えてもらうチャンスだよな?
「そっちの吸血鬼フリークに聞くんだね」
って、こっちに振るなよ!
それに私はフリークじゃない!
吸血鬼が出没する近辺をうろついて、吸血鬼になりたがったり、吸血してもらいたがったりするのがフリークであり、私にはそんな趣味や嗜好はない!
「店ちょ、ルッツ、教えてください」
一瞬だけ、名前を言い直したロゼが可愛いな、とか思ったけど、それよりも緊急事態だ。
「え、えーと」
イモータルソサエティなんて聞いたことない!
そもそも、吸血鬼に近づいて死にたくなかったから、これまで関わってきたことなんてない。
両親と祖父が死んでから、身寄りのないまま、1人で必死で生きてきた。
独りの寂しさを紛らわせるため、自分を特別だと思い込むために、イモータルハンターの家名は便利だった。
現在では人権侵害の違法職業になるので、行動にはうつせない。
しかし、過去に特別だったという言い訳には使えた。
薄い。
私はなんて薄っぺらいんだ。
それを、自覚はしても、ロゼの前では口にしたくない。
ただでさえ情けない姿を見られているのに、どうしようもない男だと思われたくない。
……なぜ、ロゼにそう思われたくないなんて思うんだ。
ロゼは吸血鬼だ。
狩人の獲物だ。
〝バラ園の姫〟に誑かされたと貶められ、狩人の職を失った高祖父をずっと蔑んでいた。
獲物を逃す狩人なんて、半人前もいいとこだ、と。
私もまた、彼女に誑かされているのか?
「ふん、貧乏人がソサエティを知るわけがないわな」
「オーナー、まさかそれを知っていて、私に答えろと仰ったのですか?」
このジジイ!気をつけないと敬語が崩れそうだ。
いくら雇い主でも、ここまでコケにされると頭にくるぞ。
「当たり前さね。
では、貧乏人の狩人もどきに教えてやろうかね、ソサエティってのは吸血鬼の金満家どもの集まりさ。
人だろうが吸血鬼だろうが、才ある者ってのは存在するし、長く生きて知恵持つ者の危険さってのは、外見ではわからないんだよ」
口調は変わらないのに、オーナーの表情が苦々しく変わる。
そのソサエティに、ひどい目に合わされたかのように。
貧乏人のもどきは余計だろ。
当たってるだけに、文句の言いようがないが。
「なまじっかな気持ちでは、手を出さない方がいい相手だよ。
そいつらに目をつけられたとなりゃ、解雇した方が店のためにはいいかもしれないね?」
ちょっと待ってくれ!
ソサエティってのは、そんな物騒なものなのか?!
「店ちょ、ルッツは守る」
訥々とした話し方になってしまったロゼを見て、オーナーは片方の眉を持ち上げた。
「そんな顔しなさんな。
言われなくてもこのバカを解雇したりはしないよ、軽いブラックジョークさ」
私の方を見るオーナーの顔に、呆れたような表情が張り付いているのだが、なぜだ?
「さぁてルクレツィオ・サングィネッティ、舞踏会の前にお前の母方の血筋が何なのかを、ちゃんと勉強しておくんだよ。
いいね、これはオーナーとしての命令だからね。
そうそう、指定のテールコート一式はこっちで用意しておくよ、中途半端な安物を着られては堪らないからね」
いきなり名前を呼ばれ、頷くことしかできなかった。
話し合いも終わり、今日の勤務は早番から遅番までで終わっているので、家に帰ることにする。
閉店業務は深夜番店長補佐のウィルがいるから問題ない。
トボトボと歩いて帰ろうとすると、すぐ横にロゼが並んだ。
「……なにかな?」
ロゼが付いてくる必要も理由も思いつかなかったので、普通に顔を向けると頬を染めた顔と見つめ合うことになった。
「ぼ、ルッツを守る」
「私は一人でも大丈夫だよ、これまでもずっと一人だったんだから」
帰ったら、愛車と端末を探さなくてはいけない。
愛車は所有者登録してあるので簡単に見つかるだろうが、端末は契約会社に確認を取る必要がありそうだ。
「ルッツの怪我が、治るまでそばにいる」
真剣な色をたたえた茶色の瞳に見つめられ、嫌とは言えなかった。
相手が胸元までしか身長がなく、とても痩せている少女だというのに、気圧されてしまう。
ああ、彼女は吸血鬼なのだな、とこんな時は思うのだ。
「……男の家に、吸血鬼とは言え女性を寝泊りさせるのは、な」
私は問題ない。
実年齢は不明だが、ロゼは背が低く痩せていて、栄養の足らない少女の姿だ。
申し訳ないが、女性として、性欲の対象と見ることはできそうにない。
裸やセクシーなナイティ姿で迫られても、子供が無理をして……と思うのがせいぜいだろう。
私は街に親戚もいなければ、近所付き合いもない。
連れ立っていれば、変態のレッテルを貼られる危険性はあれども、ロゼはどこからどう見ても吸血鬼だ。
落とし所は、私が吸血鬼フリークだと思われるだけだろう。
だが、ロゼを追いかけているらしいソサエティとやらが、黙って見ているとは思えない。
ロゼの家に配線を繋げに行っただけで、怪我させられたんだ。
同じ屋根の下なんて、どんな理由をこじつけてでも襲撃して来そうで怖い。
「ルッツを守りたい」
嬉しいことを言ってくれる。
両親が死んで、祖父も死んで、愛されている実感のないまま大人になった。
それなりの成績で学校を出たものの、企業で働く気になれず、吸血鬼研究でよく利用していた、映像レンタル店で働き出し……結果として店長になった。
流されてるだけの人生、誰にも迷惑をかけない代わりに、誰からも必要とされてない。
そんな生き方をしてると分かっていても、変えられなかった。
変える必要を感じていなかった。
だが、たまには、変えてもいいかもしれない。
「分かった、ただし2つ条件を出しておく」
「うん」
「1つ、部屋の中の機材に触れないこと。
1つ、何があっても仕事は辞めないこと」
「うん」
私が怪我したことを、ロゼが気にやむ必要はない。
吸血鬼相手に戦うことは法律に反している、と上っ面で言うつもりもない。
国が無くなっても、民族が失われても、人は滅んでいない、
春になれば芽吹く枯れ木のように、人はしぶとく生き続けている。
吸血鬼たちの狙いは不明だが、こちらには狩人の知識がある。
ただ食われるのを、まな板の上でおとなしく待つ気はない。
ど、同棲!?いえ、同居です(店長)