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お久しぶりでございます
自分でもツッコミどころは多いのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです
吸血鬼達が、あたかも人の同類であるかのように、人の一種として世間へ溶け込んで、早くも30年が過ぎた。
約30年前、それまで物語や映画の中の暗闇にしか現存せず、その存在を人には晒さずにいた化け物が、突如「自分達も人である!」と声高に言い始めたのだ。
いつの時代も熱狂的な吸血鬼フリークは、ファンタジーの実現、創作物の現実化を諸手を挙げて受け入れた。
虚構など信じない!と言っていた者たちは、自分たちの目前で笑みを浮かべて、牙を見せる者達に恐れおののき、新手の特殊メイクや、デキの悪いファンタジーやSFXの真似事だ!と譲らなかった。
——しかし、かなりの金と時間を検証に投げ打ったのちに、吸血鬼は実在するのだと、科学的根拠に基づいた証明がされ、世論は騒然となった。
……らしい。
らしいというのは、吸血鬼が世間に姿を見せた当時、私は2歳で、当事者になっていないからだ。
今では吸血鬼は市民の一種として、当たり前のように受け入れられている。
国という枠組みが無くなった現在でも、世界に広がっているネットワークで調べれば、吸血鬼が存在する根拠も科学的な検証も、すべての情報が手に入る。
科学全盛期の時代であるにも関わらず〝吸血鬼〟は存在する。
隣人が吸血鬼である。
それが、どれだけ恐ろしいことなのか、理解している者はほとんどいない。
吸血鬼がいくら人間のふりをして、温厚そうな笑顔を浮かべていたとしても、奴らの本質は、人の生き血を啜る化け物でしかない。
未だにこんな風に考えているから、私はダメなのだろう。
この考え方が、世論に真っ向から喧嘩を売るものだ、というのは理解している。
大多数の者達が、吸血鬼を隣人だと認めているのに、吸血鬼を信用できない根拠を説明したところで、証拠があるわけでもない。
姿を現した吸血鬼達は、姿を現しても問題がなくなったからこそ、堂々と夜の街を徘徊し始めたのだ。
実際のところ、人の街に住処を求める吸血鬼が、隣人を襲ったというニュースは存在しない。
しかし、いつの世にも、身元不明の死者や行方不明者、血を吸われたい狂信的な吸血鬼フリークやグルーピーは存在する。
闇に紛れて、コウモリにも霧にもなれるとか言われている化け物が、現在の人が飽和している世間で、食事に困る理由などない。
(一部の者にとっては)神秘的な存在であり、不老不死を体現する吸血鬼になりたい、と公言する者までいるのだから。
「店長、こんばんは〜」
「やあアーチー、こんばんは」
30年も(裏で何をしているとしても)隣人として生活している吸血鬼達に対して、懐疑的になってしまうのは、私が狩人家系の人間だからだ。
動物相手の狩人ではない。
わかりやすく言えば、イモータルハンター。
吸血鬼を狩るために、そのためだけに知識を残し、研鑽を続けて代々の血を繋いできた家系だ。
今では存在自体が許されない、違法職業だが。
吸血鬼の物語の有名どころでは、超自然生命体保護法が発令される前の、複数の創作物があるので知っている者もいるだろう。
吸血鬼に敵対する存在というのも、物語の中では多い。
現実では、イモータルハンター以外に存在していなかったようだが。
うちの家名は人の世では全くの無名だが、吸血鬼界隈には名が売れていた、らしい。
一応、未だに吸血鬼への偏見と、差別意識が抜けない者として。
部下である従業員の中に吸血鬼がいるってのが、どうにも最近のストレスの原因なのだろう。
「店長、おはようございます」
「はい、ロゼ君おはよう」
ちょうど今、挨拶をして店内に入ってきた、赤茶の髪の従業員を目で追う。
ぱっと見は、背の低い痩せすぎの少女。
後ろ姿は、就労可能年齢に達していないように見える。
正面から顔を見れば、誘蛾灯のように光って見える青白い顔と、凡庸な茶色の瞳。
ほとんど常に無表情で、口数も少ない。
派手で華美な容色の者が多いはずの吸血鬼らしからぬ、ひどく地味な顔立ちの少女。
しかし、彼女は吸血鬼なのだ。
おそらくだが、かなり力のある、古い吸血鬼なのではないか、と私は睨んでいる。
◆
私は吸血鬼に対しては偏見で凝り固まっているが、それでも世間に真っ向から喧嘩を売る気は無い。
人生とは命あっての物種だ。
今の私は吸血鬼狩を生業にするイモータルハンターではなく、時代遅れの映像記録媒体を愛する人々が集まる、旧時代映像作品レンタルショップの雇われ店長だ。
国家制度が崩壊し、著作権など形骸と化してしまった昨今、情報世界の海に存在しない作品はない。
それなのに、わざわざ記録媒体から直再生された音声や映像を好む、マニアな常連客のお陰で、うちの店は今日も赤字を回避している。
素晴らしい黒字も、経験したことはないけれど。
極端な話、うちの店には新規の客が少ない。
天才的な資産運用で莫大な富を保有した(という噂の)オーナーが、ほぼ趣味で店を運営しているお陰で、同業者も少なく、ニッチな市場を占有しているのかもしれない。
古くは数百年前の、映像記録の黎明期における白黒無声作品から、現在では制作が許されない超自然生命体が題材の、映画と呼ばれていた映像作品まで揃っている。
ま、最近作られる吸血鬼物は、ほとんどが恋愛絡みだ。
吸血鬼が人を襲ってパニックになるような作品は、人種差別で訴えられかねないので、そうなるのも仕方がない。
趣味運営のせいか、うちの店の総作品数は膨大すぎる。
普通に考えておかしい。
いや、データでのやり取りが当たり前の時代に、わざわざ店舗を構えて、記録媒体を貸し出しているところがおかしいのか。
最も、マニアな常連は最新の流行作など求めやしないので、一度店内商品を記憶してしまえば、そう困ることはない。
2億越えの作品の大まかな概要を覚えるのに、何ヶ月かかったかは思い出したくもない。
一応、イントラネット上で商品の検索はできるが、情報源である客側が作品の内容などをうろ覚えだと、検索の仕様がない。
せめて作品名か監督、主演の名前は覚えて来て欲しい。
結局は、人の直感と記憶に頼るしかないのだ。
「店長〜、靴を食べる男の話って分かりますか?」
……ほら見ろ、こんな条件で検索なんかできやしない。
今日日の有能なAI搭載の検索エンジンを使えば出てくるかもしれないが、趣味運営のうちの店のイントラでは無理だろう。
検索かけても無駄だな、とやる前から諦めつつある。
しかし、客が探しているものがあるのなら、見つけないわけにはいかない。
店内総作品数から考えて、見つけられないだけで、店内にあるのは間違いないからだ。
それにしても靴を食べる話……か、確かサイレントの映像作品で、そんなのがあったはずだ。
初期の作品の一つで、えーと、主演の名前……忘れた。
痛烈な風刺と体当たりすぎる演技に、映像の荒さや無音にもかかわらず、引き込まれたのを覚えている。
「…1900年代初期のサイレント名作のコーナーにあった筈だ。
アーチー、こっちで検索かける間、ロゼ君と探してくれないか?」
「はい〜」
普段通り語尾を間延びさせる、遅番のアーチボルド・ブラウンの返事と一緒に、すぐそばで声があがった。
「はい」
「うぉ?!」
いつのまにか、制服である黒エプロンとシザーバッグを着用した、赤茶髪の吸血鬼の少女〝ロゼ〟が私のすぐ横に立っていた。
カウンターの中に入ってきたのに、全く気がつかなかった。
気配を消して近づくな!っての。
私が見ている前でも、足音も気配もなく、少女は静かに店内を歩いていく。
吸血鬼ってのは、気配を消すのが当たり前なのか?
いっつも気がつくと側にいるから、心臓に悪い。
私が吸血鬼に対しての、偏見と差別で凝り固まっているのが、彼女には見抜かれているのか。
必要な会話以外で口を開かない、吸血鬼のロゼを採用したのは、私ではない。
偶然オーナーが来店している時に、飛び込みで面接を申し込んできたのだ。
私が面接をさせてもらえたのなら、絶対に吸血鬼は採用しなかっただろう。
捕食者と一緒に仕事なんて、気が抜けない。
どんな性格でどんな人生を歩んできていようとも、吸血鬼は私にとっての敵なのだ。
「店長、わかりません〜!」
「大丈夫、ちょうど検索で該当したよ。
検索結果を端末に送ったから、お客様に内容を確認してもらってくれよ。
—お待たせしました、お客様、本日はどのような傾向で映像作品をお探しでしょうか?
はい、はい、なるほど、200年ほど前のアクション作品ですか。
どのような傾向のアクションでしょうか?
対人、異種族格闘、実在、虚構の戦闘機、SFなど色々取り揃えてございますよ」
店に来るのが、少数の顔見知り常連ばかりだからといって、こっちが店員だというのは覆せない。
部下である店員の前では、敬語など使いようもないが、お客様には最低限の礼儀が必要だ。
この辺の緩めな接客態度が、うちの店に従業員が居着いて、長期間勤続してくれる理由なのかもしれない。
儲けが少ないので、給料はそんなに良くないが。
それとも、彼らも客と同じ穴の狢なのか。
私自身も含めて、ほぼ全員が従業員割引で商品を借りまくってるからな。
今までに従業員割引制度を利用していないのは、ただ1人。
そろそろ勤続2ヶ月の吸血鬼のロゼだ。
正直、私は彼女に早くやめてほしいと願っている。
視界の端に入るだけで、ストレスの元だ。
作中で検索されている映画は『黄金狂時代』です
名作中の名作ですが、サイレント映画を今も見る人はいるのかな……?