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1.これからの方針

 目が覚めたとき、心臓が大きく脈を打っていた。気持ちが悪く、その場で嘔吐すると、側に控えていたらしい侍女が慌てた様子で駆け寄って来た。

 ガタガタと震える体、冷や汗が止まらず、涙がはらはらと零れ落ちる。

 とても嫌な、夢を見ていた。否、夢なんかではない。私はたしかに死んだのだ。鏡を見れば、そこには見覚えのある少女が映っていた。ゆるくウェーブしたブラウンの髪、白い頰にはそばかすが散らばり、私が唯一家族と似通った翡翠色の瞳には動揺と憔悴がありありと浮かんでいる。家族と比べるとあまりにも平凡な顔立ち。

 そしてそれは昨日まで見ていた自分の姿より、十歳ほど若い。手のひらを見ればやはり小さく、成長期だったはずの胸も平らになっていた。


「ミシェル、大丈夫か?」


 厳しかった記憶しかない父親が、私の体を壊れ物を扱うような手つきで優しく抱きしめてくれる。抱きしめられていることに動揺して、思わず体を固くする。ずっと求めていたはずなのに、いざ手に入るとどうしたら良いのかわからない。

 これは私が見ている、都合のいい夢なのだろうか?


「大丈夫です、お父様…」


 私がそう口にすると、それならいい、とお父様が私の体を離した。空いた距離に安堵し、胸をなでおろす。


「よかった。王子に会いにいくと言ったから緊張してしまったのだろうね」


 その言葉にびくりと体を震わせた。やはり私は若返っている。それも、王子に会う前まで。王子に初めてあったのは私が六歳の誕生日になったときだ。王子はかつて、私の婚約者だった。それを十歳の時に破棄されてからは心が荒み、悪い大人と手を組んだ。ーーもう一度、王子の婚約者になるために。


「でも大丈夫だよ。王宮には今、シエルもいるから」

「お兄、様…」


 王子の遊び相手として、お兄様はいつも王宮で暮らしていた。というのも、私の家ーーカーライル家は代々剣聖を生む家である。そのため優秀な騎士となれるようにと、男児が生まれると幼い頃から王宮で暮らして鍛錬を積む。

 確かこのころはまだ、仲がそんなに悪くなかった。むしろ、よかったように思う。

 けれど今は目を閉じれば、兄に殺された記憶が鮮明に脳裏に浮かぶ。私は一つ、深呼吸をした。

 ーー私に求められているのは、"兄を慕う"妹なのだ。


「それなら、安心ですね」


 表情を綻ばせて放った私の言葉に、お父様もホッとしたように息をつく。後ろできつく握りしめられた私の震える手にお父様が気づくことはなかった。



 ***



一晩寝て起きてみると、頭がすっきりと冴え渡っていた。なんだか憑物が取れたような、そんな感じだ。動揺も落ち着き、今は美味しいミルクティーを飲みながらクッキーを食べている。


王宮に火をつけて国を滅ぼそうとしたなんて、今はどう考えてもとち狂っていたとしか思えない。考えただけで、背筋がぶるりと震える。誰にも話せない黒歴史だ。胸の内に深く深く閉じこめておきたい。


王子に会うまで今から一ヶ月はある。

その間に、現状の把握に努めることにした。私は小さい頃から両親が兄にばかり構って自分には構ってくれなかったと前世から記憶している。

しかし、戻ってみた今、そんな事実はなかった。お父様はたしかに家を空けることは多いけれども休みの日はちょっとむさ苦しいくらい構ってくるし、すでに亡くなっているお母様だって最期まで愛情たっぷりだった。お兄様だって不器用ながらも、王宮に仕えるまで私の面倒を見てくれていた。


どうして私は愛されていないなどと思っていたのか、摩訶不思議である。


そしてもう一つ不思議なことがある。

前世の私はそれなりに魔法が…というか、禁忌の魔法が使えた。内容は黒歴史なので省略するけれども、年頃の女の子が好きな男の子に振り向いてもらえるためにうっかり禁忌魔法に手を出しちゃった☆って感じで水に流してもらいたい。


使えるようになったのは10歳を過ぎたあたりだったが、闇魔法というこの国では禁止されている魔法をバンバン使っていた。


闇魔法を使うのが禁止されているのは、なんらかの犠牲が伴うのと、持ち主の精神を破壊しかねないためだ。もしかしたら闇魔法の影響で、私の記憶が改変されてしまったのかもしれない。

しかしそう考えてみたときに不思議なのは、闇魔法が使えていたという事実である。闇魔法というのはかなり魔力を消費する。それなのに私は湯水の如くそれを使っていた。さらにおかしいのは、私は7歳で受ける魔力鑑定で、魔力無しと判定されていることだ。


魔力がないのに魔力をめちゃくちゃ使っていた、という本当にわけがわからない状態だった。


もう闇魔法を使おうとは思わないけれど、今魔法を使おうと思えば使えなくもなさそうだ。




ここら辺の疑問点を王子に会うまでの一ヶ月で整理しておこうと思う。少なくとも今の私は王子に振り向いてほしいなんて一ミリもおもっていないし、ましてや国を滅ぼそうなんて考えられない。記憶がそのままに戻ってきたなら、もう少しそういう気持ちがあってもおかしくないはずなのに。


そんなことを考えていると、ふとカップの底が見えてきたのを目にする。そこで、そばにいる世話係に声をかけた。


「エマ、おかわりいただけるかしら」


「かしこまりました、お嬢様」


ーーあぁ、なんて穏やかな日なんでしょう。

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