第四話
「あ、ここッス。ここがアジトッス」
腰を低くしてへらへらと笑って前を歩く茶髪の男の後についてきて盗賊らしきアジトへとやってくる。
男は先ほど捕まえていた一人だ。
小屋を襲ってきていた他に人には天高くまで昇って逝ってもらった後、男に再び話しかけると何やら好意的な感じにぺらぺらと喋り始めてしまいにはアジトまで連れて行ってくれるというのだ。
たとえ罠であってもある程度の物なら私でも大丈夫なので素直に男に案内されてきたという事だ。
「ありがと、もう行っていいわよ?」
「いやいや、最後まで付き合うッスよ姐さん! 中の地形とかわからないッスよね?」
いやここで中までついてくるってどう考えても罠を警戒するんだけど……。
それでも男の表情に企むような雰囲気が感じ取れないので素直に連れて行くしかないのだけれど。
放っておいて別ルートからアジトに入って不意打ちなんてされるよりかは近くに置いて監視したほうが楽というのもある。
さて、アジトの入り口を説明していなかったが、そこは人が三人は横に並べそうなほどに大きくあいた洞窟が存在しており、柵のようなものと扉が設置されている。
他には二人ほど監視が張り付いているところだけだろうか。中の方はぽつぽつと松明による灯りがあるために暗くて見えないという心配はなさそうだ。
「それじゃあ先に俺があいつらに話しかけてくるんでその隙に魔法撃っちゃってくださいよ姐さん」
「いや、その必要はないかな」
「へ?」
監視している男たちに掌を向けて二つの氷の槍を発動する。
「なんだ!?」
「う、うわぁ!?」
それに気が付いて急いで避けようとする男だちだが、私がもう片腕でグーからパーに変化を加えると、まるで花の蕾が開いたかのように槍が分裂して襲い掛かる。
分裂した事に驚いて一瞬フリーズしてしまった男たちは瞬く間に全身貫かれて地面とキスすることとなってしまった。
「移動系魔法の魔法変化!? さ、さすがッス姐さん!!」
魔法変化。一般的に魔法という物は一度発動すると変化することはなく、込められた魔力が持つ限りその効果のままの形を保とうとする。
それを再び魔力を込めて別の形へと変化させることを魔法変化と言うのだが、静止している魔法に使うのは簡単であるが、移動している魔法に、それも離れている場所にある魔法を変化させるのは容易ではない。
なぜなら、変化するために魔力をその魔法へと届けなければいけないという事。つまり、空気を伝達、構築する魔力速度が試され、その上で動いている魔法と同じ速度を保ったまま別の魔法の詠唱と発動をしなくてはいけなくなるのだ。
これを使用する上でのメリットとは、一つ目に発動した魔法とは別の魔法をその場に発動させることができるという事。そして、二つ目に発動した魔法は一つ目に発動された魔法の威力がそのまま上乗せされるので大きな火力が引き出せるという事。
炎を放ち、相手が水系統の魔法で防御しようとした時に、雷の魔法に変化したりする時などに使用できるが、ぶつかり合う前に変化させる事が必要なので無詠唱でもない限り移動系の魔法を変化させようとする人物はいないのだ。
ただし、炎属性の魔法を水属性の魔法にしたり、風属性の魔法を土属性の魔法にしたりすることはできない。それぞれの魔法はそれぞれを相殺してしまうためである。
尚、氷は水属性に分類され、雷は風属性に分類される。基本的な魔法の属性は火、水、風、土、光、闇、無と分かれる。
「もしかして姐さんって実は宮廷魔導士とかなんスか!?」
「いや別に?」
「じ、じゃあ、Sランク冒険者とか!?」
「冒険者登録はしてあるけれど、Sランクではないわね」
そう話しつつ洞窟の前まで行き、その扉を開けて中へと入っていく。
少し薄暗いせいで奥までは見渡せないがそれでも何人かが奥で談笑している声が聞こえてくる。
「うぅん、でもここまで強かったら有名になっていてもおかしくはないんスけど……」
私は悩んでいる男を放置してさっさと中へと入っていく。
中に入る際にワイヤートラップが設置してあったので引っかからないように超えて先へと進んでいくと左右に分かれた場所に出てくる。
あまり時間をかけたくないので探知魔法を使ってフィアの場所を調べるとどうやらいくつか広い部屋がある先にいる。ここからは左だろうか。
「一……二……五人ね」
案外少ないというべきだろうか。それとも小屋を襲ってきたのが半数だったのだろうか。何はともあれそこまで大きな盗賊団でなくてよかった。
何の迷いもなく洞窟を進むことにして、一つ目の広い空間に出た。
「はっはっは! だからお前は……あん?」
「ん? なんでこんなところに女が……」
「お邪魔してまーす」
ニッコリと笑って素通りしようと試みる。
「おいちょっと待ておま――」
まぁこんな茶番で通してくれるような人がいるとも思わないので肩に手を置こうとした男を氷漬けにしてそれに驚いた男の隙をついて氷槍を投擲して討伐。
ここも排除したし後は三人。この程度の盗賊なら何も問題ないはずなのだが、一人だけ、気になる人物が居る。
他の盗賊と違ってこちらに気が付いているかのような動きだ。
少し気を付けたほうがいいだろうか。
「ま、考えても仕方ないか」
相手が気が付いているのならわざわざ隠れていく必要が無い。
魔力探知で相手の場所を把握しながら先へ先へと一本道を進んでいって広い空間に出る。
男が三人立っており、その向こう側には鉄格子があってその中に今回の目的であるフィアが目を閉じたまま安定した呼吸を繰り返している。
とりあえずそのことに少し安堵していると、リーダー格っぽい男がこちらへと話しかけてくる。
「おやおや、いとも簡単に進んでくるのでどんな屈強な戦士かと思ったのですが……その風貌、魔術師ですかね」
「さてね。ローブの下には剣とかが刺さってるかもしれないよ?」
「声からして女性っぽいですが……さて、一体何の用ですか? こんな辺鄙な洞窟に」
リーダー格の男より前にいる男二人がそれぞれ腰から剣を抜く。一般的なロングソードではあるのだが、よく見ると少し錆びているところがあるためにあまり手入れしていないのだろう。
リーダーは無手であり、腰に武器が刺さってもいない。無手で攻撃してくるとは思えないし、暗器を警戒しておくとする。
「別に用ってわけでもないんだけど、私の進んだ旅先に気になる子がいたんだけど、その子が攫われちゃってね~。ちょっと助けてみようかなと」
「何ですかその理由は。嘘をつくにももっと考えて言ったらどうですか?」
「いやぁ、本当なんだけどなぁ」
男がやれやれといった感じにため息をつく。その動作でもう話す気がないと部下は察したのか、二人まとめて走り出した。
「死ねや!」「うらぁ!」
「おっと」
軽くバックステップしてから毎度おなじみ氷槍を召喚して投擲する。
しかしこれまでの雑魚と違って男たちはそれを難なく避けると、一人は踏み込んできて、もう一人がナイフを投げてくる。
さすがにバックステップした状態で避ける事が出来なかったので、すぐさま身体強化の魔法を発動。
これにより、投げられたナイフがまるで止まってるかのような速度で迫ってくるのでそれをキャッチ。すぐさま投げてきた方の男に投げ返した。
その後に踏み込んできた男に振るってきた剣の持ち手に手を合わせて膝蹴りで躊躇なく男の腹を蹴り上げて頭が下がったのを確認し、逆回転をしてその頭に蹴りを食らわせる。
魔法で強化された蹴りが二度も炸裂したことによりノックダウン。もう一人の男はナイフを喉に喰らいそのまま地面に倒れ伏す。
「さて、これで残るはあんただけ……あれ?」
先ほどのリーダーっぽい男が消えている。
魔力感知にも反応しない。逃げた……? 一瞬そう考えるもそれは違うと考える。
なぜなら奴らの目的であるフィアは檻の向こうにいる。それを置いてどこかへ行くとも思えない。
とたん、腹部に鋭い爪が三本生えた。
「こんなものか」
それと同時に男の声が後ろから聞こえてきた。
爪を引き抜かれるのと同時に膝に力が入らずその場に崩れ落ちた。
「エレナさん!!」
いつの間にか起きているフィアの声が聞こえてきた。しかし、朦朧とする意識の中でその声に反応することができない。
薄くなってきた意識の中で、私は……謝罪した。
(すみません父さま。父さまの体に傷を付けてしまいました……。)
そして私は、意識を手放す――