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貴方の紅茶の味は

作者: 聖木霞

ヒステリカ・アルトシュタイン:http://charasheet.vampire-blood.net/m547552a50bc9a9efe0f3be45fec269dc



(全然掴めない貴方のこと、)


(私はどうして好きになったのかしら)



【推奨BGM:「メランコリック」(オルゴールver.) http://www.nicovideo.jp/watch/nm11308471 】




「……でですね、彼がその時こう、いけ好かない毒蛇サンのことをずばーっと……」

「ねぇねぇ、ヒスちゃん」

「それがもうかっこよくて……はい? 何ですか、ノア」


「ヒスちゃん、何でその人のこと好きなんですかぁ?」

 ――――そう訊ねられて、すぐには返すことが出来なかった。


 ある日の午後。依頼もなくのんびりとご飯を食べ、さる依頼で友人となり一緒に師匠の家に住まうことになった同い年の冒険者、ノア・メローナとさて三時のおやつと洒落込んでいた時だった。

 私がつい数日前にある依頼をこなしてきたということで、その報告もかねてのものだったのだが、その最中に彼女がこう返してきたのだ。

 即ち、『ヒステリカ・アルトシュタインがレイズン・ランペドゥーサを好く理由とは何なのか』と。

「あっあっそう深刻な顔しないでください~っ! ただ、ちょっと気になっただけでっ」

 今までの饒舌ぶりはどこへやら、突然神妙な面持ちで考え込んでしまった私にわたわたとそう告げるノアだったが、一度考え始めてしまったものを中途半端にするのは私としてもどうにも気持ち悪かった。

 ので、おずおずと口を開く。

「……そういえば、特にしっかり考えたこと、ありませんでした。気付いたら好きになっていたし、振り返らせることにばかり夢中になっていたもので」

 暖かな日差しが降り注ぐテラス、鳥の「ぴちちち」という鳴き声が小さく響いた。

 何分、私が狙う相手は仲間内でも随一の堅物、レイズンさんである。んなもん考え込む暇があるならアタックアタックと意気込むばかり、大切なことを忘れていたらしい。

「それなら、ここらで一度考えてみるのもいいかもしれませんね~。ちゃーんと考えられれば、別のアタック法とかも思いつくかも?」

 丸眼鏡の奥でにぱっとあどけなく笑う顔に、私も小さく微笑みを零した。

 彼と最初に会ったのは……確か、幽霊屋敷の探索の折ではなかったか。

「最初はですね、同じエルフ生まれのナイトメアということで、興味本位というか、そんな感じだったんです。ナイトメアってただでさえ稀少ですし、もしすれ違っていたとしても角を隠しているのが普通ですから。

 自分以外のナイトメアを初めてみたってこともあって、他の人よりよく見てましたね」

「ヒスちゃんみたいに角を隠すこともしないって方が、ある意味ナイトメアってことより珍しいですもんねぇ~」

「ええ。で、何回かご一緒していくうちに、興味が憧れに変わったんですよね」

 いついかなる時でも取り乱さずその冷静な瞳で謎を見留め、静かに検分し率先してそれを解きに行く。いざ戦闘となればその素早い身のこなしと鮮やかな剣捌きであらゆる脅威を薙ぎ払う。

 その姿に、憧れていたのだ。そして同時に、惹かれていたのだろう。あらゆる面において、彼は私とは正逆を行く人だったから。

「戦闘スタイルだって、私は後ろから魔術を打ち込む、彼は前衛で刃を受けながら切り返す。真逆ですし、性格だってご覧の通りですしね。私のほうがよっぽど脆い」

 特に、ノアと共に命からがら脱出してきた「亡霊の社」――――あそこで直視せざるを得なかった惨劇の数々により、更に弱体化したといっても過言ではない。もう思い出したくも無いあの場所に放り込まれたら最後、今度こそ絶望に呑まれ発狂する自信があった。

 その上、今まで身を置いてきた環境だって真逆だろう。これは私が特異すぎるというのもあるが、彼は幼少期より想像を絶する迫害の中にいたのに反し、私は迫害を受けながらも両親からの愛だけは一心に受けて育った。迫害のせいで一度親を喪いかけたものの、その際も心の底から慕い尊敬するに足る師匠と巡り合い父親も喪わずに済んだ。だからこそ『ナイトメアであることを誇る』という、同族からすれば狂ってるのかとすら思われても仕方ないであろう精神性を身につけたわけであり、彼に比べれば相当恵まれている身の上だった。ゆえに私の中にある“甘さ”も、彼には恐らくなかろう。

「彼はさぞ強い人なんだろうなあって思ってたんです。私より頼れますし、私より強い――――まあ、専門とする分野が違うので比較すること自体がナンセンスかもしれませんが、それはそれ――――ですし。

 ……でもですね。ある時から、彼が薄い紗で自分と人を区切っているように見え始めたんです」

 手にした紅茶のカップを、かちゃりという音を立ててソーサーに置く。そういえば彼に会いに行ったあの時もディンブラを飲んでいたなと思考の隅で考えていると、ノアが首を傾げる。

「一線、みたいなものですかぁ?」

「です。見えるし触れることも出来るけど、ある一定以上踏み込むことを許さないように紗で自分自身を囲っているようだ、とね。

 そこからなんです。一瞬でも目を離せば、彼が何処かにいってしまうんじゃないかって思うようになったのは」

 紗に阻まれてまごまごしているうちに、彼が一人で深淵の奥に行ってしまう。そんな錯覚は、いつからか妙なくらいに真実味を帯びてきて。

 『もし仮にそうなった時、私はどう思うだろうか』

 『……嫌だな。とても、嫌だ』

 『なら、私が手を掴んでおかなきゃ』

 『喪いたくないなら、紗にかかずらっている暇なんてない』

 『彼がいなくなろうとしたときに、私が少しでもあの人の“心残り”になれれば』

 自問自答の末に、私のエゴだと自嘲した。彼には彼の理想と夢がある、それを引き止める権利など私には無い。

 それでもやはり、喪いたくなかった。喪うくらいなら、私も共に堕ちると決めるくらいには。

 特に彼の防衛戦、彼一人残して倒れてしまったという深い深い後悔を経て更なる強さを求めるようになったのはそこに原因があった。

「だって皆……アステルやテレジアも、仕事上では私より彼と付き合いが長いのに、それに気付いていないというか、気付いていたとしても大して気に掛けていないようなんですもの。『彼は強い、強いから大丈夫だ』みたいな……業腹ですよね。絶対私より彼のこと深く知っているはずなのに、誰一人としてその可能性を気に留めてすらいない。どんなに強くたって、“絶対大丈夫”なんて有り得ないのに。……だから悔しい、悔しいんです」

 膝の上で行儀良く組んだ手を握り締め、苦笑を浮かべるのにまんまと失敗して。俯いたままで震える声を絞り出した。私の手をそっと覆い、さするのは暖かなノアの掌。

 それに促されるままに、私は言葉の続きを吐き出す。

「今の私ではまだ彼を引き止めるには足らない。誰より喪いたくないと願っているのに、誰より彼の傍にいたいと想っているのに、それではまだ足らない。他の誰より必要としてもらいたいのに、私の力ではなお足りない。

 それが、一番、悔しいんです……ッ」

 眦に浮いていた涙が、ついに堰を切って溢れ出した。頬を次々流れ落ちる涙を拭おうともせず慟哭する私を、彼女はそっと黙って抱き締めた。

 彼のことをもっと良く知りたい。彼の偉業も罪業も全て含めて『彼』だと愛する、彼の一番の理解者で在りたい。レイズンさんの隣に在って、永劫の時を共に過ごしたい。

 でもそれには力が足りない。信頼が足りない。積み重ねてきた時の長さが足りない。その全てを持ち合わせる彼ら彼女らが彼が消える可能性を見て見ぬフリしていることが、どうしようもなく腹立たしい。

「もっと彼と、話したい……っ、一緒にいたいんです……ッ」

 最初は興味だった。次は憧憬だった。それがいつの間にか、恋心に転じていた。彼に危うさを覚え、『喪いたくない』と願った。ゆえに力を求めて、様々なものを手に入れた。

 情欲と恋心を司る魔剣。星詠み人に祝福を与えるイヤリング。トリックスターの三つの秘術。ナハト・ビブラスの恩恵。英雄の証のリング。

 それでもまだ、足りないというのなら……。


「――――なくしたくないほど好きだから、彼の手を掴んでいたい! 好きな理由なんて、結局はそんなものなんですよッ!」


 好きだから喪わせたくない。隣にいて欲しい。どうしようもなく我侭な思いだが、恋心なんて突き詰めればエゴの塊だ。

 よしよし、とノアに慰められる。考えて考えて、アステルたちに抱いていたこの煮え切らない微妙な思いというのを直視し、自らの感情の原点を見直したことで、何か荷物を下ろしたように心がすとんと軽くなっていた。

「すっきりしましたぁ~?」

「……ええ、かなり」

 思いっきり泣いたことで、色々なものが洗い流されたらしい。彼の信頼を勝ち取るためには、まずは時間が必要なのだと。素直に認めることができた。

「幸い、私以外に彼を狙ってる人、いないみたいですしね。何でテレジアとかが私みたくならないのか不思議ですけど……」

「まあ、ライバルなんていないにこしたことないですよぉ。そういう意味で焦ることはなくなりますし!」

 にっこり微笑む彼女に、涙の残滓をふき取りつつ私も微笑んだ。

 ティーポットから注がれた紅茶を口に含み、静かに嚥下する。暖かさが体の奥にまで染み渡り、先程まで荒れに荒れていた心を鎮めてくれた。

 こく、と一つ頷く。くよくよしてはいられない。彼に、レイズンさんに好きになってもらえるように、もっと強くて素敵な女の子にならないと。

 ――――舌に残る紅茶の味は、あの日彼の部屋で飲んだ薫り高いものよりも僅かに甘く、ほろ苦い気がした。




(心を奪おうとしていたのは私の方だけれど)


(いずれ、貴方の方から攫いたくなるようにしてあげるから)

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