転機
「宙良これどういう事だよ」
昨日のインタビューを載せた雑誌を見せながら、大野康二郎が聴いてきた。
「どうって、見たまんまだよ。進学を目指すと言ったことが、そんなに変か?」飄々と答える。
「そうじゃなくって、音楽の道を捨てるって、どういう事だよ」
雑誌を取り上げ、暫く目を通した宙良は「こんなの記者が、勝手に言ってるだけだよ。誰も音楽を捨てるなんて言ってない」
「じゃ、どうやって音楽を学ぶって言うんだよ」
「康二郎、音楽は学ぶものじゃないよ、字を見てみなよ、楽しむものだよ」二人のやり取りを、横で聴いていた美奈代は、衝撃を受けた。そして幼少の頃を思い出していた。
美奈代はトランペットを母・今日子の知人、三宅奏一という男に習っていた。
三宅は、音大でトランペットを専攻し、その後も、セミプロのような活動を続けていた。
セミプロとは言っても、ジャズ喫茶のような所で、小遣い稼ぎに演奏する程度の、趣味のようなものだった。
音大で学んだだけあり、基礎からきっちりと教えた。みるみる技術を吸収していく美奈代に、三宅も目を丸くした。
そんなある日、美奈代がマイルスが演奏したいと言い出した。三宅は少し困惑したが、すぐ思い立ったように楽譜をしまい、「いいかい?美奈ちゃん、ジャズってのは心で演奏するものだ。自分の思うように吹いてごらん。音楽を楽しむように」
それから暫くして、三宅は何やら今日子と揉めるようになり、やがて来なくなった。
「三宅のおじちゃんは?」と聞く美奈代に、今日子は「お仕事の都合で来られなくなったのよ」と答えるのみで、それきりになってしまった。
その後、美奈代の才能が開花したのは、言うまでもない。
「三宅のおじちゃんと同じだ」そう呟きながら、美奈代の頭のなかを、色々な思惑が浮かんでは消えるのであった。