真田家の一夜
真田今日子は、味噌汁をよそいながら、美奈代に話しかけた。
「新しい学校どうだった?」
「それがさぁ、同じクラスになった、大倉宙良君って子がいるんだけどね。彼、吹奏楽部の部長をやってて、驚くことに私と同じ7月7日生まれで、しかもジャズに造詣が深いの。それもマイルス・デイビスが好きなんだって」
「へぇ~、あなた位の歳で、そのマイルスなんちゃらだっけ?知ってるって、珍しいんでしょ?」「そうなの、何だか彼とは、妙に波長が合うって言うか、運命的なものを感じるの」
少し興奮ぎみに話す美奈代に「あら、恋でもしちゃった?」と今日子は茶化すように言った。
「そ、そんなのじゃないわ」動揺する美奈代に、助け船が出されるように、ドアが開く音が聞こえた。
「ただいま」父の英吾だった。今日子は慌てて、玄関へと出迎えに走った。少しお茶ら毛の入った調子で、いつも通りに出迎えた。お茶ら毛ていながらも、誠実な今日子の態度が、英吾は大好きだった。
にっこりと笑って「ただいま、喉渇いちゃったよ、ビール冷えてる?」「勿論でございま~す」いつものやり取りである。
ダイニングで冷えたビールを、一気に飲み干し、英吾は美奈代に目配せして「で、どうだった?」と聞いた。
「それがね、美奈代ったら恋をしちゃったんだって!」と今日子が冷やかすように言った。
話すのを制するように「だ~か~ら」と美奈代は頬を膨らませる。
母に話した内容を、もう一度話すはめになったが、父は理知的な人間で、母よりは幾分理解的であった。
「ふ~ん、いきなりそんな子に出会えるなんて良かったな、パパの都合で美奈代の環境を変えてしまって、心配してたんだが、これで安心だね」
「はぁ、ママもパパほど状況が読めたら私も楽なのに」「まぁそう言うな、ママの性格が、我が家の明るい空気を作ってるんだ、パパも随分、それで助かっている」「ハイハイ、お熱いようで、子供は寝ま~す」
「お休み」両親が同時に言う
「お休みなさい」
美奈代の居なくなったダイニングで、英吾が切り出した。
「で、聖美さんまだ見つからないのか?」
今日子は泣き出しそうな表情で首を横に振り「あの日の約束を、一生貫くつもりなんじゃないかしら」と呟いた。