生物学者の過去
「僕に友人が出来たのは、16年振りの事なんだ」
上杉はスカイラインのエンジンを掛けながら、唐突に言った。
「どう言う事ですか?」宙良と美奈代は聞き返した。
「今から18年前になるかな?僕には親友がいたんだ。名前は武田慎一郎と言った」
「どう言った人だったんですか?」
「同じ生物学教室で学ぶ同級生だった。彼は非常に優秀な男で、後天性DNAの存在を提唱していたんだ」
「えっ?後天性DNAは先生の研究じゃなかったんですか?」
「うん、正確には僕達二人の研究だったんだ」
「だったって、その武田って人もしかして?」
「うん、自殺だったよ。まさか、僕もあんな事になるなんて思わなかった」
「何があったんですか?」
「彼は家も裕福で、何不自由なく育ったんだけど、ある日、彼の母親と称する人物が現れたんだ。彼女は彼を産んで、すぐに生活苦から、彼を養子に出したと言ってきた。
そして、彼の噂をどこかで聞き付けて、金の無心にやって来たんだ。
“あんたを養子にやった時にもらった金がなくなった”と言って…」
「酷い…」美奈代が顔を歪ませて言った。
「当然、彼は申し出を断った。“今更、母親面されても困る”と…」
「当然です!」宙良が怒った様に言った。
「しかし、母親の請求は激しく、何度もやって来ては同じ事を繰り返し、ついには、大学にまでやって来た」
「そんなの、警察にでも言えば良かったんじゃ?」
「僕もそれは言ったさ。でも、彼はこう言ったんだ。“自分達の研究を立証する事は、自分とあの女のDNAが同じ事を立証する事になる”と」
「………」宙良と美奈代に返す言葉は見つからなかった。
「僕はバカな事を考えるな、研究に集中する様に言い続けたんだけど、ある日、彼は自宅でナイフで頸動脈を自ら切った状態で発見されたんだ」
「せ…先生にそんな過去が…」
「僕の研究は言う成れば、武田に対する弔いでもあるんだ」
「大丈夫です、先生‼先生ならきっと、研究を成功させられます」二人は力強く言った。
「ありがとう、僕は君達と友人になれて、本当に良かったよ」
「それは、僕(私)達の台詞です」
やがてスカイラインはN大に到着した。
「それじゃ、僕は研究室に戻るよ」
「先生、本当にありがとうございました」
二人はシンクロして頭を下げた。




