生物学者の追及
「マリアさん…これ」美奈代は今にも泣き出しそうな顔でパスポートを差し出した。
「ミナヨ…まさか中身を?」マリアは目を見開いたまま聞いた。
美奈代は“コクッ”と頷くと「ママに全部聞いたよ!マリアさんが神野聖美さんって事も、聖美さんが私の本当のママって事も」と言いながら大粒の涙を流した。
それを見て、マリアは真顔に戻り「そう…全て知ってしまったのね!そう…私はあんた達二人を金欲しさの為に産んだのよ」と悪びれる様に言った。
「嘘だ!マリアさんは親友だった俺の母さんと妹である美奈代の母さんの為に自分の身を捧げたんだ!お金の為何かじゃない」宙良が声を荒げて言った。
「バカにしないで!あんたも清子に聞いたんでしょ?私はアメリカ留学する為に、どうしてもお金が必要だったんだ!だからあんたらの親から30万円づつ受け取ったのよ」
「それは違います。あなたは二人を身籠っている間、この子達を大切に育てたはずです」トイレにでも行っていたのか、上杉が遅れて入ってきた。
「何だい?あんた誰」「この人は俺達の大学の…」宙良が言いかけたのを、上杉が遮る様に右手を差し出した。
「僕はこの子達の友人でN大で生物学を教えている上杉誠基と申します」と言って名刺を出した。
名刺に目をやった後マリアは「その生物学の先生が何の用?」と言ってきた。
「僕は彼等から出生の事で相談を受けて来ました。僕の研究が役に立つならばと…そして結果的に彼等の人生に深く関わる事になりました。ですから、あなたの事も色々調べさせて頂きました」
「私の何を調べたって言うの?」
「まず、あなたは渡米後“MARIA with Pere Today”と言うバンドを作られている」「そ…それが何?」
「MARIAとは聖母、つまり母なる聖美、Pereとは清らかなる、つまり清美さん、Todayとは今日、つまり今日子さんを表している。ストレートに言えば母である聖美は清美と今日子と一緒だと言う意味になる」「だから、そんなの関係ないでしょ?」
「まだあります。先ほど30万円づつ受け取ったと言われていましたが、それは事実でしょう。しかし目的はお金じゃない。二人の大切な人を守る為です」「あんた勉強し過ぎて、頭がおかしくなったの?何でお金を受け取って、その人を守れるのよ」
「お金は言わばダミー、二人の前から姿を消した後、結局お金の為と思わせ、捜させない為です。そうする事で他人の子と自分の子を同時に産んだと言う事実を永遠に封印しようとしたんです」「何の証拠もないのに適当な事言わないで」
「証拠ならあります」「アハハハッ、そんなのある訳ないでしょ」
「この子達です」「はぁ?あんた自分で言っている事分かってんの?この子達が何なのよ」
「この子達のDNAにはあなたの愛がいっぱい詰まっています」「愛?そんな目に見えない物の何が証拠って言うの?」
「見えるんですよ、この子達を見ていれば」「えっ…」
「子供って言うのは本来、親から愛されて産まれて来て、愛されて育てられるものなんだ!それは産まれて来た瞬間からじゃない!父親も母親も子供を胎児の時から愛するべきなんだ」今まで静かに語っていた上杉が初めて声を荒げた。
「失礼、少々熱くなってしまいました」
上杉の話に宙良と美奈代は両目を濡らしていた。
「マリアさん、もう悪びれるのはよしましょう」
マリアは“フーッ”と大きくため息を付いた。
「ソラ…清子は元気?」「元気だよ!すごく幸せそうだよ」
「ミナヨ…今日子は?」「うちも元気だよ、それからとっても幸せと思う」
「しかし、22年前、あなたが傷付けまいとした行動が、却ってお二人を傷付けてしまったんです。その傷を癒せるのも、また、あなたしかいないんです」上杉が口を挟んだ。
「上杉先生とか言いましたね、あなたには負けたわ。良いわ、全て話しましょう」
「ちょっと待って下さい」そう言って、上杉は左手の時計に目をやった。「もうそろそろかな?」
その時だった。ドアからノックの音が聞こえた。
「今度は誰だ?」マークが玄関の方に歩き出した。
「姉さん、私よ、今日子よ、開けて」
「聖ちゃん、お願い開けて、清子よ」
その声を聞いたマリアの顔がみるみる蒼白していった。




