清美の過去
同じ頃、同じ思いで大倉宙良も母へ切り出していた。
「母さん、神野聖美さんって知ってる?」「何言ってるの?そんなのお母さんの結婚前の名前に決まってるでしょ」「違うよ、神様に野原で神野、聖夜の聖に美しいで聖美“神野聖美”だよ」
「えっ?聖ちゃんを知ってるの?」「聖ちゃんって?」「ねぇ、聖ちゃん生きてるの?元気なの?会ったんでしょ?」「うん、会ったよ。すごく元気だった。今アメリカでジャズミュージシャンやっているんだ」
「そう…」と言って清美は安堵の表情を浮かべた。「もう全て話すべきなのかも知れないわね」そう言って清美が話し出した。………………
菅野清美は、T音楽大学へ進学する為、山梨から上京した。期待と不安を胸に、初めての講義に出た。
「菅野清美さんはいますか?」講師の点呼に「はい‼」と答えた清美は驚いた。もう一人返事をする者がいたからだ。
「あっ、ごめんなさい“かんのきよみ”さんは二人いるのね、困ったわ」それが神野聖美との出逢いだった。
二人は読み方が同じ同姓同名と言うだけでなく、出身が同じ甲信地方であった事、そして性格が正反対な事も手伝い、すぐに意気投合した。
聖美は“将来プロのジャズミュージシャンが夢だ”と言い、ピアノを専攻していた清美は“保育士になるのが夢だ”と語り合った。
二人はお互いを「聖ちゃん」「清子」と呼び合い、他の同級生や講師からも自然とそう呼ばれる様になった。
二人は良く、ピアノとトランペットでセッションをした。聖美は「清子のピアノはお行儀が良すぎるわ。もっと、こう…力強さが欲しいわ」と言い「だって私のピアノは子供に聴かせる為のものよ。聖ちゃんの希望通り弾いていたら子供が泣いてしまうわ」と返す清美だった。
しかし、二人共にお互いを認め合い、親睦を深めていった。
卒業後も二人の親交は続き、清美は希望通り、保育士として働き始めた。
そんな時、保育園の遊具などを納めていた会社の営業マン“大倉伸治”と出逢った。清美は伸治の誠実な人柄に惹かれ、伸治は清美の屈託のない優しい笑顔に惹かれた。
こうして二人は、自然な形で交際へ発展した。
そんなある日、伸治が切り出した。
「清美、俺、会社を興そうと思うんだ」「えっ?そんなの大丈夫なの」「あぁ、幸い部下の中に何人か付いて来てくれる奴等もいるし、得意先も応援してくれるって」「どんな会社なの?」「今と同じ玩具を作る会社さ。自分達で良いものを作って、そして売るんだ」「ステキね」「そして、俺達の子供が出来たら、その玩具で“うん”と遊ばせてやるんだ」「えっ?」「その…つまり…俺と結婚してくれないか?」「あなたの子供だったら、きっとすごいリーダーになるんでしょうね。楽しみだわ」「それじゃあ…」「不束者ですが宜しくお願いします」
間もなく二人の結婚披露宴が執り行われ、無二の親友、神野聖美も参加した。
「清子、おめでとう」泣きながら清美に抱きついて来た。「聖ちゃん、ありがとう。でもこれで聖ちゃんと同姓同名じゃなくなっちゃった」「じゃあ、私も大倉姓のいい男、見つけなくっちゃ」
幸せな結婚生活を始めた清美だったが、生理不順に悩まされ、産婦人科を受診した。そして医師から着床障害である事が告げられた。
子宮に何らかの原因があり、受精卵が着床出来ないのだ。つまり清美のお腹の中で子供が育てられないと言う事だった。
ショックを受けた清美は、夫の伸治にも相談出来ず、その晩泣きながら聖美に電話をした。
「清子、しっかりしなさい!とにかく詳しい話を聞くから、どこかで会いましょう」
数日後、みなとみらいのカフェで会った清美は聖美から驚くべき事を提案される。
「清子、私のお腹を貸してあげる」「えっ‼」「清子と旦那さんの間で人工受精して、その受精卵を私が引き受けるの。お医者さんも手配してあるから」
「だって、それって代理出産って事でしょ?そんなの日本じゃ…」
「大丈夫、私アメリカで産むから。元々アメリカ留学したかったんだけど、なかなか踏ん切りが付かなくって…でもいい機会だから」「そんなの大丈夫なの?」「産まれてから10日以内に日本で出生届を出せば日本国籍が取れるわ、あなたの嫡出子として届けられる様に手配もしてあげる」「聖ちゃん…」
こうして、二人の受精卵を着床させた聖美は、行方知れずとなった。それから10ヶ月後、突如アメリカから知らせが届いた。
7月15日現地時間正午にロサンゼルスのマーキュリー総合病院に子供を引き取りに来るように。時間厳守で早くても遅くてもダメだ。
当日になり約束通りに二人は子供を引き取りに行くと、聖美は、そのまますぐに帰国し、出生届を出す様に言ってきた。子供は7月7日に生まれており、10日を過ぎれば出生届を受理されなくなる。そして、清美の嫡出子として届け出が出来るよう手配してあると言ってきた。
二人はすぐさま帰国し、手続きを済ませ、聖美に連絡しようとしたが、そのまま行方知れずとなってしまったのだった。




