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今日子の過去

「ママ…ちょっと聞きたい事があるの」美奈代は聞きにくそうに言った。しかし、マリアとは明日の作業が終われば、二度と会えないかも知れないのだ。だから今夜中に決着を着けなければならなかった。「何?また深刻な顔しちゃって」今日子は明るく言った。

「ママ…マリア・スタンレーさんって知ってる?」「誰?ママに外国人の知り合いはいないわ」

「じゃあ、神野聖美さんは?」「えっ!?」今日子の顔色がみるみる変わっていく。ここでまた母に、取り乱されては、元も子もない。美奈代は間髪入れず続けた。

「私、会ったの、神野聖美さんに」「えっ、姉さんに?」「姉さん…?」

美奈代は問い詰めようとしたが、我慢して様子を見ることにした。

「姉さんに会ったってどういう事?何処で?何で?」「ママ、落ち着いて、私もマリアさんが神野聖美さんって知ったの今日なの。しかもママのお姉さんだなんて知らなかったわ」

美奈代の言葉に落ち着きを取り戻したのか「そう…」と言ってソファーに腰を下ろした。

「姉さん…見つかったのね…いいわ、美奈ちゃんに全て話すわ」と今日子は決意を込めたように言った。

「美奈ちゃんには私に兄弟はいないって言ってたんだけど、本当はいたの…お姉さんが。

聖美姉さんは音大に行っててね、音大を出てすぐにプロのミュージシャンになるための活動を始めたの。両親からは反対されてね、姉さんはそのまま家に帰って来なくなったの。そのしわ寄せがママに来て、私は大学を出てすぐに地方銀行に入行したの」………


神野今日子が地元長野のS銀行に入行して、半年が経っていた。持ち前の明るさと愛嬌のある風貌から受付係として、客にもそれなりに人気があった。

「真田さん…真田英吾さん」「あっ、はい」「お待たせして申し訳ありません、丸菱商事長野支社様から山田商店様へのお振込で宜しいですね」「えっ、いや…はい」「あの、どうかなさいましたか?」

真田の様子を見て、後ろに座っている課長が飛んできた。「真田様、申し訳ございません。うちの神野が何か不手際でも…」「いや、違うんです。神野さんは非常にすばらしい女性で、つまり…」廻りの客が“クスクス”笑っている。

「あの…用件はそれだけなんですが、私的にこれを…」真田は便箋を差し出した。

「あの…真田様…」課長が対応に困っていると「お受けします」と言って今日子は便箋を受け取った。

12月に入り二人は白馬へ一泊二日のスキー旅行に出掛けた。

「へぇ、今日子ちゃんにそんなお姉さんがいたんだ」「うん、今は東京で一人暮らししながらプロを目指しているの」「今日子ちゃんとは正反対だ」「私にだって夢くらいあるわ」「どんな?」「かわいいお嫁さん」「今日子ちゃん…」こうして二人は初めて結ばれた。

4月に入ってすぐ…「今日子ちゃん、俺と結婚して下さい」「…またまた、エイプリルフールだからって冗談が過ぎるわ、真田さん」「えっ?あっ、そうじゃなくって…俺って間抜けだなぁ」「ウフフッ、真田さん面白い」「今日子ちゃん、俺は本気だよ!絶対に幸せにする」と言って真田はケースを取りだしフタを開けた。「えっ、真田さん?」「もう一度言う、結婚してくれ」「…はい」

6月になり、二人の結婚披露宴が執り行われた。今日子は当然、姉の聖美にも招待状を出したが、返ってきたのは便箋だった。中には結婚を祝福する内容の手紙と、現金十万円が入っていた。

英吾と結婚した今日子は、ある日街中で懐かしい人物と再会した。

姉の聖美が学生時代付き合っていて、家にもたびたび来ることがあった“三宅奏一みやけそういち”だった。

今日子は三宅を兄の様に慕っていて、姉はてっきり三宅と結婚するものと思っていた。

「三宅さん、何で姉さんと別れたの?」喫茶店でコーヒーを啜りながら今日子は聞いた。

「全部、俺のせいなんだ」「どう言う事?」「その時は知らなかったんだけど、俺は聖美に子供を作るなら当然、普通にセックスで作るものだって言ったんだ」「それの何がいけないの?」「実は聖美…排卵障害ってヤツで、普通のセックスでは子供が出来にくいんだそうだ。俺はそうとも知らず、無神経な事を…」「そんな事があったの…」

それから程なく、今日子は英吾の薦めで健康診断に行った。その時に今日子が卵巣ガンにおかされている事が分かった。

幸い、初期の段階で手術で完治すると言われた。しかし、それは卵巣を取り除くと言う事であり、二人が強く望む子供を諦めると言う事だった。

二人は「せめて子供を出産するまでは」と懇願したが「それでは手遅れとなり、取り返しのつかない事になる」と言われた。

泣く泣く手術へと踏み切ったが、その後今日子は毎晩、泣き明かす日々を送った。

いたたまれなくなった英吾は、決意する様に切り出した。

「お義姉さんの卵子を借りよう。お義姉さんなら遺伝子もそう違わないだろうし、二人の子供として育てていける」

今日子は悩んだが、英吾の気持ちを考えると、そうするしかないと思い決意した。

住所を頼りに二人は上京し、姉の聖美に会った。

しかし聖美の返事はNOだった。二人は一度や二度断られた位で、引き下がる訳にいかなかった。それからも何度か上京したある日、聖美は急に態度を軟化させた。

「分かったわ、その代わり条件があるわ。1つは着床に成功した後、出産まで面会には来ないこと。そして2つ目は子供を引き取った後、私達姉妹の縁を切る事よ」と言ってきた。

今日子には理由が判らず“これ位の事をするのだから、そう言う覚悟を持て”と言う意味なのだと受け取り了承してしまった。

やがて人工受精により、英吾の精子と聖美の卵子の受精は成功、着床にも成功した。

その後聖美は、浜松の白川産婦人科医院と言う所に身を寄せていると聞いたが、何度か面会に行っても“約束が違う”と会ってもらえなかった。

そして7月に入ったある日、アメリカから連絡が入った。

7月15日現地時間午後3時にロサンゼルスのマーキュリー総合病院に子供を引き取りに来るように。時間厳守で早くても遅くてもダメだ。

当日になり約束通りに二人は子供を引き取りに行くと、聖美は、そのまますぐに帰国し、出生届を出す様に言ってきた。子供は7月7日に生まれており、10日を過ぎれば出生届を受理されなくなる。そして、今日子の嫡出子として届け出が出来るよう手配してあると言ってきた。

二人はすぐさま帰国し、手続きを済ませ、聖美に連絡しようとしたが、そのまま行方知れずとなってしまったのだった。


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