パスポート
一週間が経ち、宙良と美奈代は、マリアをヘクターレコードではなく、N大の音楽教室へ呼び出した。
「何故ヘクターじゃなくN大なの?」マリアは疑問をストレートにぶつけた。
「ここは僕達の原点みたいなものなんです。マリアさんのレコーディングに参加するんだったら、原点に戻りたかったんです」
宙良の言葉を聞いて、マリアはニヤリと笑いながら言った。「OK、気に入ったわ、で…どんなものを見せてくれるのかしら?」
「これを聴いてください」そう言った後、美奈代とアイコンタクトを取って、宙良のピアノと美奈代のトランペットの演奏が始まった。
マリアは目を閉じてその演奏を聞いていた。
そして演奏が終わると、目を開いて軽く拍手しながら「OK、なかなか良いわね、でも私ならこうするわ」と言って宙良に目配せをした。
再び宙良がピアノ演奏を始めると、マリアは美奈代の演奏をトレースする様に演奏しながら、所々にアレンジを入れてくる。
ピアノを演奏しながら、宙良は胸が“ぐっ”と締め付けられる想いがした。それ程までに宙良を圧倒した。
演奏が終わると、何故か宙良の両目が濡れていた。
「良い?ソラ、私はあなた達が未熟だと言ったけど、それは人生経験なの。何も焦ることないわ。今はその若いパッションをぶつけるのよ!もっと自分を解放して…ミナヨ、あなたもね」
まるで母親が子供を諭す様にマリアは言った。
「勉強になります」二人はそう返すのが精一杯だった。
「さぁ、他にもあるのかしら?」「勿論です」宙良は目を輝かせながら、その後も美奈代と合計5曲の演奏を披露した。
「なるほど、方向性は気に入ったわ。そのまま後、5曲程作ってちょうだい。そうね…もう一週間でいける?」「はい、やってみます」「じゃあ一週間後は本入れに入るわよ」「分かりました」
こうして1回目のセッションは終了した。
更に一週間後、今度はヘクターレコード本社での作業となった。一週間前と違い、今度は他のバンドメンバーもマークも付き添っての作業となった。残りの5曲と合わせ全10曲分、宙良は五線譜に上げていた。
こうしてレコーディングは始まった。当初、宙良のアイデアにマリアが修正を加えて進められたが、マリアの思考を理解していったのか、宙良の案にマリアは口を挟まなくなっていった。こうして、あっという間に3ヶ月が経ち、アルバム製作も仕上げの段階となり、後1日を残すのみとなった。
「お疲れ様、ソラ、ミナヨ」「お疲れ様です、マリアさん」二人が同時に言った。「本当に二人は息が合うのね」「はい、僕(私)達…あっ」この頃になると、人に説明する時は、宙良が話すのが暗黙の了解となっていた。
「僕達、実は双子みたいなものなんです」「双子みたい?」マリアには意味が分からなかった。
「すごい説明しづらいんですけど、僕達、親はお互い別々なんですけど、同じ女性から産まれた可能性が高いんです」「えっ、それって…両親に聞いたの?」「いえ、両親は否定しています。でも、ある人の研究のお陰で、その可能性が高いって事が判ったんです」「それじゃあ…分からないんじゃないの?」マリアは額に汗し、明らかに動揺していた。
「大丈夫ですか?」ここで二人が同時に言った。
「えぇ、大丈夫よ…何?あなた達、生年月日も同じなの?」「はい、二人とも7月7日生まれです」二人が言った。「7月…7日…まさか…」マリアの顔がみるみる蒼白していく。
「マリアさん、本当に大丈夫ですか?」「ごめんなさい、今日は疲れたわ。もうホテルに戻るわ、それじゃあ」と言ってレコーディング室を後にした。
「マリアさん、どうしたんだろう」二人は心配そうに見送った。
「あれ?これ何だろう」美奈代が床に落ちていた、赤い手帳の様な物を拾い上げた。
「何?それ」「パスポートみたいね」と言って美奈代は中を開いた。すると、そこには衝撃の内容が描かれていた。
中の写真はかなり若いが、明らかにマリアだった。しかも、雰囲気が美奈代に似ている。そして、名前の欄には…
「神野聖美…」「えっ?何で母さんの名前が?」宙良が驚きの声を上げた。
「お母さんの名前ってどういう事?」美奈代は宙良に質問した。「いや、うちの母さん、旧姓は“菅野清美”って言うんだ。菅野美穂の菅野に清らかに美しい」「違うわ、神様に野原で神野、聖夜の聖に美しいよ」「何?読み方が同じの同姓同名って事?」「そうなるわね…それよりも」不審そうに美奈代が言った。
「それよりって、どうした?」「うん、実は私の母の旧姓も神野なの。この字と同じ…」「えっ、それって、すげぇ偶然じゃん」「本当に偶然かしら?だって母子手帳の時もそうだった」「確かに…これって」「真実を明らかにする機会」二人がお互いを指して言った。




