接触
美奈代の着いた席は、宙良のちょうど左前にあたる席だった。美奈代からすれば宙良を見ることのない位置であり、宙良からすれば嫌でも意識せざるを得ないような位置関係だった。
そのためか、美奈代が隣の席の田代 真由美と交わしている会話が意識をしないように意識しても耳に入ってきた。
「へぇ、真田さんってクラシック音楽に造詣が深いのね」
「少し違うかな。ジャズよ。特にマイルスが好きでよく聴いているわ」マイルスと言う名に宙良の耳が反応した。彼からしてもマイルス・デイビスは好きを通り越してリスペクトしているミュージシャンの一人であった。しかし、宙良自ら話に加わっていく勇気はなく聞き流す他ない状況であった。しかし次の瞬間、真由美に感謝しなければならない展開が訪れた。
「うちの吹奏楽部ってさぁ、ジャズを取り入れてやってるのよ。そうそうそれも部長の大倉君の方針らしいけど」
「大倉君って?」
宙良は美奈代が自分の名を呼ぶ声にドキッとした。真由美は、親指を後方に指し示して「彼よ」と一言、言った。美奈代は真由美に言われるがままに宙良の方に振り返った。美奈代は、宙良を見た瞬間に一瞬硬直した。そしてすぐに微笑みと共に「なるほどね」と呟いた。
「なるほどって何よ?」真由美が聞いてくると美奈代は我に帰ったように作り笑いを浮かべた。
「あの…なんて言うんだろ?なんとなく解るって言うの?そんなような気がしただけよ」言いながらも自分で不思議な感覚にとらわれている事を感じていた。