アルジャーノン
生物学教室の、上杉誠基准教授の部屋は、東棟の二階にあった。
東棟は、理工学系の教室が密集しており、美奈代には馴染みがあったが、文系の宙良にはあまり馴染みのない建物だった。
その為か、美奈代が先導するように、中に入っていった。
「こっちの方と思うわ」一番南側の階段を上がり、右に曲がって三つ目のドアに“生物学教室准教授”上杉誠基と書かれていた。
「ここか」宙良が二度ノックした。
反応はなく、宙良がドアから身を剥がし、プレートを見てみると、“在室”の黒い文字が見えた。
「おかしいな」もう一度ノックし、ドアノブを捻るとカギは架かっていなかった。
中を窺うように顔を覗かせ「失礼します」と声をかけた。
奥の方に視線を移すと、白い背中が回転椅子に腰掛けているのが見えた。
宙良は2~3歩入室して、白衣の男に、小声で「すみません」と声をかけたが反応がない。
眠っているのかな?と思ったが男は何やら机上に向かって「そうだ…そのままでいい…よしいいぞ」等とブツブツ呟いている。
今度は少し声を高めて「すみません」と言うと「ワッ!ビックリした」と男は今にも椅子から滑り落ちそうになりながら驚いた。
「あっ、すみません。こちら上杉准教授のお部屋では?」宙良が訊ねると、男は襟を正しながら座り直して言った。
「上杉は僕だが、何だい?君達は」と少し男前になった。
宙良が振り返ると、いつの間にか、美奈代も、すぐ側まで入ってきていた。
「あのう、僕(私)達DNA鑑定したいんです」
「フッ、面白いね君達。だがその前に、本当に何なんだい?唐突に!」
「あっ、失礼しました僕(私)達…」と言いかけて、宙良が美奈代に耳打ちした。
「ややこしくなる、ここは俺が話すから」と言い、美奈代は“コクッ”と頷いた。
「僕達、ここの学生で、僕は経済学部の大倉宙良、そして彼女が薬学部の真田美奈代さんです」
「で?その学部も性別も、おそらくDNAも違う君達が、何のためにDNA鑑定をするって言うんだい?」
“学者らしからぬ、しゃべり方をするなぁ”と思いながらも、宙良は続けた。
「僕達、変な話なんですが、シンクロって言うか…よく言動が、かぶることがあるんです。僕達が出逢ったのは一年半前なんですが、その頃も、ちょくちょくはあったんですが、最近特にひどくなって来たって言うか…」
「なるほど、でDNA鑑定を?しかし、そんなもの、したって、無意味だと思うよ」
「何故ですか?」ここで二人がハモった。
「このケースを見てごらん」先程、上杉がブツブツ呟いていた、机上にプスチック製のケースが2つ並んでいる。
「これはまだ研究段階で、あくまで仮説なんだけどね、生物には生まれ持ってのDNA、つまり先天的なDNAと、生まれてから…と言うと誤弊があるな、簡単に言えば、受精卵が胎児になっていく過程で作られるDNA後天的なDNAがある。そう僕は考えているんだ」
「はぁ~」“何やら難しい話になってきたなぁ”と思いながら、二人は頷いた。
「そこで、このケースだ。ケースの中を見てごらん」
二人がケースの中を覗くと、中は迷路の様に仕切りがしてあった。
「これは見ての通り迷路さ。迷路と言っても、実はすごく単純でね。どう通っても行き止まりがないので、簡単にゴール出来る。この迷路をね、この2匹のネズミ、アルとジャノンが別々に、同時にスタートするんだ」
「アルジャーノン‼」宙良が興味を示して言った。
「へぇ、君は文学青年かい?その通りダニエル・キースのアルジャーノンからとったんだ」
“少し変だが、面白い人だなぁ”と二人は思った。
「でね、どうなると思う?」「どうって?」「だから、アルとジャノンだよ、この迷路はね、後退したり、同じ道を通らなかったら、と言う条件を付けても、27通りのルートがあるんだよ。これを見てごらん」
上杉はビッシリと数字等が書かれた、データ表の様なものを、差し出した。
「何ですか?これは」「この、Aがアル、Bがジャーノン、のデータさ、この数字はゴールするまでのタイムさ」
「この○❌は何ですか?」
「これは同じルートを辿ったら○違ったら❌と言う事だよ」
「えっ!多くないですか?○の数」
「だろ?今の実験で、丁度20回目で、○だから、20回中17回、同じルートを辿ったことになるんだ」
「な…何で、何か仕掛けがあるんですか?」
「仕掛けなんか何もないよ。迷路も匂いの影響を受けないよう、一回一回洗浄しているし、同じルートと言っても、○の度に同じルート、と言うことじゃなく、違うルートで、双方が同じルートを辿るんだ、すなわちお気に入りのルートがある、とかでもない」
「それって?」二人は唾を呑み込んだ。
「そう、シンクロだよ」「何でそんなことが起こるんですか?」
上杉は銀縁眼鏡を上げながら言った?
「実はね、アルとジャノンはDNAの違う双子なんだ…」




