爽やかな吹奏楽部部長
春風吹き注ぐ新緑の季節の候、青空に数筋の雲が五線譜を踊らせるように浮かんでいる。遠くでは雲雀がまるで青春を謳歌するようにでも鳴いている。そんな爽やかな朝の事。
大倉宙良は朝食に出されたトーストをかじりながらスケジュール表を確認している。そんな姿を見て、母の清美は注意を促した。
「さっさと食べちゃいなさい。もう七時を過ぎてるわよ」清美は鼻から空気を抜きながら、呆れ返ったように言った。
「分かってるって。でも、もうあんま時間ないんだよ。これでも次の発表会は部長としてかなり賭けてんだからさぁ」宙良は高校最後の年で、吹奏楽部部長としての情熱を音楽に注いでいた。清美としては、そんな息子に期待半分、心配半分な気持ちで見守ってきたのだった。
宙良が家を出る頃には、決まって父親の伸治が起きてくる。
伸治の「おはよう」と、宙良の「行ってきます」は、清美にとっては“セット”になっているのだった。
「宙良?もう行くのか?」伸治は寝ぼけ眼で宙良に声をかけた。
「おはよう、父さん。時間がないから行くね。それじゃあ」宙良は爽やかな笑顔を伸治に向けて家を出た。
「宙良も、もう17か…聖美さんには、やはり感謝しないとな」宙良が家を出た後、伸治は想い出に更けるように言った。
「やめて!彼女の事を言うのは!」清美は伸治とは対照に珍しく声を荒げた。
「す…すまなかった。お前も辛い想いをしたんだったよな…」伸治はコーヒーを啜りながら申し訳なさげに言った。
そうである。宙良があんな生まれ方をして、もう17年もの歳月が流れてしまったのだった。