海賊編(3)「なんていうか、……親子?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「可愛い女の子に絆されちゃったの、ガルド?」
やっぱりこいつ、あの場にいたか。
腰ベルトの鎖は今、手洗いの中に続いている。流石にそこまで一緒にいる程、腐っちゃいない。
にんまりとしているシガタは、キャルリアン不在のタイミングをわざわざ狙っていたのだろう。
「んなわけねぇだろうが」
どこをどう見たらそう見えるってんだ。
眼光を鋭くして言い返す。シガタほど付き合いが長くなければ、これだけで逃げ出す。
どこをどう見ても見えるでしょ。シガタがくすりと笑った。
「どこの世に、“どうでもいい”捕虜の希望を聞いて夜空を見せにわざわざ繰り出す海賊がいるのかしらね?」
言葉を詰まらせた。そこを突かれると困る。だからこそ眼力で威圧して押さえつけようとしたのに。やっぱりこの男には効果が無かった。
「……絆されたわけじゃねぇ、と思う」
腕を組み、背中を乱暴に壁に預けた。
「ただアレが、思ってたより強情だったってだけだ」
「ふうん?」意味ありげな視線を向けられる。「見た目によらず、押しに弱いんだから」
「うるせーよ」
本当に。長年の付き合いは、時に厄介だ。
「どうするつもりなの?」
漠然とした質問に、ガルドは無言を貫いた。
――あの娘は、どうしてほしいのか。自分はその希望を聞いたとして、どうしてやろうと思っているのか。
「……ま。アレが話したら、だな」
ふ、と息を吐く。船の危機を救ってくれた恩義もある。無碍にすることは矜持が許さない。
「難しそうじゃない?」
シガタは目を細めた。他人に自身の希望を言うなど、信頼関係を築けていなければ、無茶な話だ。
「――あと、もうひとつ問題があるとすれば」
ちらり、と遠い角を見る。
暗いオーラを放ちながら自分たちを窺っているゾイがいた。
「船員間のトラブルは避けたいわよねー」
確かにな、とこれには素直に頷いた。
ゾイはなにやら、キャルリアンに対して不審感を抱いている――あるいは対抗意識を燃やしている――ようだった。こんな小娘に? とガルドは思ってしまうのだが。絶滅したはずの人魚種だというのは特殊だが、娘自体は特別警戒するだけの何かを持っているわけではない。むしろキャルリアンではなく、その外野に注意するべきだ。
彼女の存在を知る者は、確かにいるはずである。そしてその存在は彼女にとってよからぬものなのだ。でなければ、わざわざ逃げ出してなど来ない。
「何がそんなに気に食わないんだかなぁ」
「あら、貴方がそれを言うの?」呆れを含めた声を発してから、でもまあ、と続ける。「巣立ちの良い機会かもしれないわね」
訳知り顔のシガタを問い詰めようとしたところで、がちゃり、とドアが開く。
「お待たせしました。――あ」
ぽかりと口を開くと、見つめる先はシガタだ。彼は綺麗ににこりと笑って「おはよ、お嬢さん」と気楽な様子で挨拶した。
「おはよう、ございます」
少しの警戒心を携えて、キャルリアンも挨拶を返す。それから視線を動かして、ゾイの方を見やった。
「あの……」
「ああ、アレ? 気にしなくていいわよ」
「あ、でも……私の所為、ですよね」
親指を噛んで、苦しげに眉を寄せる。
ガルドはその頭をぺしんと叩いた。
「噛むな、阿呆」
「う」キャルリアンは目を白黒させている。こんな風に扱われたことは無かったのだろう。はくはくと口を動かした彼女は、手を身体の後ろに隠しながら「はい」と殊勝に返事をした。
「なんていうか、……親子?」
「あ? ざけんな」
睨みを利かせると、おー怖い怖い、と笑いながら、シガタはガルドたちに背を向けた。
「おとーさんの目が怖いから、私は退散することにするわ。じゃあねー、お嬢さん」
「あ、はい。また」
困惑しながら、キャルリアンが返事をする。
「サボんなよ」
ガルドは釘を打ったが、ひらひらと手を振るシガタは、それを気にした様子は無い。ありゃあ寝る気だ。
「……お友達になったら、解決するかと思ったんです。でも、余計に怒らせてしまいました」
キャルリアンが、突然に懺悔の言葉を口にした。
「喧嘩、止めなきゃって思って。どうしたら止められるかなって考えて。……お友達なら喧嘩しないって思ったんです」彼女のちんぷんかんな発言はその思考から来ていたらしい。「でもそんなに簡単じゃないですね。喧嘩をしないことも、お友達になることも」
素直に、そして静かに現状を認めたキャルリアンの顔を窺う。ふうん。静かに呟いた。どうやら阿呆な発言は、経験不足から来るもので、単なる馬鹿ではないようだ。
思い悩んでいる風の娘の頭に、ぽんと手を乗せる。
「悩むだけ悩め。悩める内にな」
きょとんとしたキャルリアンは、意味を咀嚼するように数秒その顔のまま固まった。次いで気恥ずかしそうにむにゅりと口が波を作ったかと思うと、堪えきれなかったのか、破顔した。
「やっぱりガルドさんはお兄さんみたいです」
は、何をふざけたことを。
文句を放とうとしたが、「私、頑張ります!」と気合いの入った顔で邪魔された。固く握られた拳が、やる気が十分であることを演出していた。
その気合いを行動に直結させるだけの根性は、どうやら備わっていたらしい。
「ゾイさん! ご飯一緒に食べませんか」
「……は? なんで俺があんたと一緒に飯食わなきゃなんないんスか。ていうかなんで捕虜の分際でフツーに飯食ってんスか。あと名前で呼ばないで欲しいッス」
むっすりとした顔で拒絶するゾイは、まさに取り付く島が無い状態だ。
握り飯を口に咥えると、トレイを持ち上げ、さっさと席を立ってしまう。
「玉砕です」
「見てたからわざわざ言わなくてもわかる」
「でも、へこたれません」
「そうかい」
何が彼女の心に火をつけたのか。めらめら燃えるキャルリアンの背後に、影が忍び寄る。
「わっ!」
「ひゃあ!」
突然響いた大声に、キャルリアンも悲鳴を上げた。ドギマギしている彼女を驚かせたのは、ミリュリカだ。彼女は自分の思惑通りに驚いたキャルリアンに、えらく満足したようで、きゃはは、と声を立てて笑う。
「キャルちゃん、今からご飯? 一緒に食べようよ〜」
無邪気に提案する彼女は、ゾイと違い、キャルリアンに対する警戒心は皆無のようだ。
「……えっと」
彼女はちらっとガルドを見上げた。好きにしろ、さっきも好きにしてただろう、お前。そう目で返せば、ホッとしたように息を吐く。
「はい、是非!」
屈託無く笑う顔に、なんだ自分以外に対してもちゃんと笑えるんじゃないか、と思った。