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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第2章 人魚は夜の光を知る
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海賊編(2)欲しいなら欲しいと言えば良い。

 夜。当然のように、自室に戻る。――一人ではなく、二人で。

 見張り役を買って出た弊害、というべきか。


「わ、私がここを使うわけには……」


 どうやら遠慮という概念は知っているらしいキャルリアンは、ベッドの端に座った状態で、居心地が悪そうにきょろきょろしている。あと少しでも前に出れば、ベッドからずり落ちることは明白だ。頑なに立ったままでいようとする彼女に、いいから座れ、と命令したのはガルドだ。迫力に圧されて渋々座っていることがいやでもわかる。

 腰ベルトに繋がっていた鎖は、今はベッドの柱と結ばれている。

「仕方ないだろう。ソファはソレを繋ぐとこがねぇからな」

 鎖を摘んで落とせば、じゃら、と音が鳴る。

「なら、私は床で」

「邪魔だ」

 あっさりと却下すると、ガルドはさっさとベッドを離れようと――したのだが。


「……なんだ?」


 自分の腕に絡みつく細い女の腕に、顔を顰める。

「あの、それなら、い、一緒に」

 皆まで聞かずとも、言いたいことはわかった。わかったが、何を言っているのか、この娘自身はわかっているのだろうか。いくら色気の欠片も無い餓鬼とはいえ。

「誘ってんのか?」

 あえて煽るように言えば、彼女の顔は途端に華やいだ。「はい!」と元気よく返事までする始末だ。真意が伝わっているようには、全く思えない。どうやらいかがわしい意味での奴隷(おもちゃ)ではなかったらしい。


 むしろ、この年頃の娘にしては、危機感が無さ過ぎやしないか。見た目的には、十代後半――ひょっとしたら奴隷という立場故に身体も精神も成長が遅いだけで、実年齢はもっと上かもしれない。どちらにせよ身分が身分なら、どこかの男に嫁いでいたっておかしくない年齢だ。

 性教育は一切受けたことがないのか。そういった情報が入ってくるような環境に、一切身を置いていなかったのか。えらく大事に(・・・) されている奴隷のようだ。


 キラキラ輝く瞳を見ていると、気遣ったこちらが馬鹿馬鹿しく思えてくる。寝首を搔かれる心配も、するだけ無駄か。

 ため息をひとつ。舌打ちもひとつ。

「あほらしい」

 寝慣れたベッドに潜り、キャルリアンに背を向けて寝転ぶ。


「お、おやすみ、なさい」


 控えめな挨拶が、背中に打つかった。こいつは何か、自分の立場が捕虜だということを忘れているか、捕虜の意味を取り違えていないか。そう言いたいくらいだったが、しかしそれがブーメラン的に自分に戻ってくる可能性が濃厚である今、下手なことは言えない。かといって行儀よく返すことも癪だ。

「……さっさと寝ろ」

 結局つっけんどんに接するに留まった。ランタンの火を消すと、辺りは真っ暗闇となる。

 隣に身内以外の人間がいるという状況下で寝付くには時間を要するかと思ったが、存外に大人しいキャルリアンの隣で、ガルドは自然と目を閉じていった。




 ――キイ、と微かな音がした。




 誰かが部屋を出たのだろう。用を足すためか、あるいは全く別の何かが理由か。

 眠りは浅い方だ。あれから数時間経ったかどうか。眠りを邪魔された、という感覚は薄い。幼少の頃からこうだ。今更文句も何も無い。むしろこれら全てが、ガルドが海賊として生きていく上で、必要不可欠の技術になっている。

 耳を澄ませ、誰がどこを動いているのかを把握する。


「甲板の方ですね」

「――っ」


 突然、背後からキャルリアンの声がした。まさか起きているとは思いも寄らず、その上この小さな足音を判別できる人間が自分以外にもいるとはとても思っていなかったため、驚く。


「どなたか、外に御用なのでしょうか」

 こてん、と首を傾げるキャルリアンは、ガルドの驚愕などちっとも気にした様子は無い。それよりも、何故夜に外に行くのか、という一点に対して妙に疑問を抱いているようだ。

 その隙に心を落ち着かせたガルドは、動揺を隠すように、余裕ぶってみせた。

「そんなに気になるなら、行くか?」

 先程の足音。あれは、シガタのものだ。自然と足音を潜める歩き方は、彼に一番近い。

 どうせ彼のことだから、いつものように――


「いいんですか!?」


 ガルドの思考を遮り、先程ベッドの件で見せた遠慮はどこへやら、やけに嬉しそうにはしゃいでいる。今にも飛び跳ねそうなキャルリアンに思わず毒気を抜かれる。

 この娘なら、確かに“あの光景”は好きそうかもしれない。

 期待のこもった瞳を前に、やれやれ、と頭を振った。


 ――これは、余計なことを言ったもんだ。

 気紛れにも程がある。


 身体を起こして、軽く上着を羽織る。ベルドを腰に回すと、鎖の繋ぐ先をそこへ変える。

「ほら」

 その辺りにある予備の上着を適当に選び、放り投げると、危うい手付きでキャッチする。覚束ない様子で、よたよたと着込む。横着にも着ながら歩こうとして、余計に時間が掛かっている。

 はぁとため息を零し、無理に歩くキャルリアンの頭を下方向へ押さえ付けて、動きを止める。思惑通り立ち止まったところを、手際良く上着のボタンを留めてやった。なんで俺がこんなことをせにゃならんのだ、と内心で思いつつ。

 世話焼きめ、と同乗者に呆れられる理由のひとつがコレであることに、当人は気付いていない。


 きょとんとしていたキャルリアンは、最後のボタンが留まり、ガルドの手が離れたところで、ようやく我に返った。恥ずかしそうに口を尖らせながら、今にも消え入りそうな声で「ありがとうございます」と告げる。

 殊勝に礼を口にするタイプは周りにはいなかったので面食らう。誤魔化すように、「行くぞ」と声を掛けた。

 ランタンに火を灯す。ガルド一人であれば、暗闇の中をさっさと歩いていただろうが、そうもいかない。


 ――あるいは。


 遠い足音を聞き取った彼女ならば、ガルドでさえ平衡感覚を失った嵐の中で平然と立っていた彼女ならば。自分と同じように、暗闇の中を灯り無しで歩くことができるだろうか。

「あっ」

「…………」

 無理だな、と。早々につんのめって転び掛けたキャルリアンを受け止めながら、ガルドは悟った。




 外に出ると、月明かりが辺りを程よく照らしていた。雲ひとつ無い夜。

 戻る足音は聞いていない。シガタはまだどこかにいるはずだったが、姿を現さないところを見ると、どこかで熟睡しているのか、それとも顔を合わせる気が無いのか。


 興味深そうに顔を動かしているキャルリアンに、「上だ、上」と指し示すと、彼女は素直に顔を上空に向けた。

「ふあー」

 間の抜けた声が、夜の海に響く。ぽかりと開いた口に、真ん丸くした目。驚きと、感動と。

「こんなに綺麗な星を見たのは、初めてです!」

 キラキラと輝く瞳を向けられ、流石にここまで素直に喜ばれるとは思っていなかったため、居心地が悪い。


「雲に覆われていなけりゃ、大抵こんくらい見える」

「そうなんですか。贅沢ですね」

「贅沢か?」

「贅沢ですよ!」


 拳を固めて主張するキャルリアンに、んな大袈裟な、と苦笑する。しかし、星を観ることは贅沢、という表現は気に入った。無償で観ることのできる、自然の宝。その価値はいかほどか。享受できる身であることに、感謝のひとつくらい、示すべきではないか。

 時に嵐となって人を襲う自然は、このような美しい面も確かに持っている。


 月見酒なんぞしたら気持ち良さそうな夜だ。生憎、付き合ってくれる相手がいないが。



「あの星、特に明るいですね。双子みたいに横に並んで……」

「ああ、ありゃリオリロゼンの双子星だな」



 有名な神話だ。

 その昔、リオゼンとリロゼンという双子の神がいた。生まれた日が同じなら、何をするにも一緒の二人。悪戯っ子で明るく優しい、双子の兄弟。

 ある日、二人はある女の子を好きになった。当然のように二人同時に。当然のように同じ女の子を。


『どちらが彼女に相応しいだろう?』

 二人は考えた末、それぞれ結論に辿り着く。

『彼女に相応しい者。それはきっと、彼だ!』


 お互いがお互いを推し合っている間に、女の子は別の人と恋仲になった。

 仲良く失恋した双子の神様は、それでも女の子を好きでい続けて、やがて星になって好きな子を見守る道を選んだのだそうだ。

 以来、双子の星は、まるで彼女の道を照らすように強く輝き続けているのだという――。



 全くもって馬鹿らしい。ガルドは思う。

 欲しいなら欲しいと言えば良い。話はそれからだ。



「初めて知りました」

 世間知らずを盛大に発揮したキャルリアンに、まさか彼女が知らないとは思わなかったため「親から寝物語で聞かされなかったか?」と不躾に訊ねる。彼女は困ったように眉尻を下げた。

「もしかしたら、聞いていたかもしれません。でも憶えていないので」

 船のヘリに手を置き、キャルリアンは星を見上げた。


「双子の神様は、幸せなんでしょうか」

「知るかよ」


 即答する。他人が幸せかどうかなど、考えたところで無意味だ。何を幸せの基準とするかは個々人の中にしかないのだから。

 しゅんとしたキャルリアンを横目に――彼女は果たして、なんと返して欲しかったのだろうか――、「ただ、まあ」と言葉を続ける。


「退屈はしてねぇんじゃねーの? 昔っからあの光は変わらないわけだから」


 一拍置いて、ふふ、と小さく笑う声が、隣から聞こえた。

「ぁんだよ」

「い、いえ……! ガルドさんは、お兄ちゃんみたいだなって思って、つい」

 少女は照れたように頬を染めた。

 兄みたい、なあ。首を傾げる。兄貴、と呼ばれることや、兄さん、と呼ばれることは幾度となく経験があるが、果たしてこの発言は、それと同種の括りなのか。

 肯定も否定も面倒で、話を変える。


「兄貴いんのか?」

「いませんけど、いたら、こんな風だったかなって」

「俺は御免だけどな、お前みたいな妹は」


 軽口で返せば、彼女はそれを照れ隠しでもなんでもなく、ただひたすら額面通りに受け取り、沈んだ表情を見せる。これ以上、フォローに回ってやる気は起きなくて、黙る。



 ――欲しいなら、欲しいと言え。



 それができない奴にわざわざ手を差し伸べる程、優しい性格はしていないし、拾っただけの彼女相手にそこまでやってやる義理は無い。

 今のこの処遇がまず、かなりの破格であることは、さておき。



「そろそろ戻んぞ」

 声を掛けると、名残惜しそうにチラチラと空を見ながら、ハイ、と答える。あんまりにも何度も振り返るので、参ったな、と頭を掻く。

「また来りゃいい」

「連れて来てくれますか?」

 即座に返ってきた言葉に、この娘は遠慮深いのか強欲なのかわかったもんじゃねぇ、とガルドは眉を寄せる。

「たまにならな」

 言えば、キャルリアンは花が咲くように笑った。




割と甲斐甲斐しいガルドさん。


今回で5月更新分が終わります。

6月から毎週木曜更新になりますm(_ _)m

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