海賊編(1)「オトモダチでも喧嘩はするし騙し合うもんっしょ」
船に乗る人間が一人増えたくらいで、為すべきことは変わらない。
夜、暗闇の中でランタンに火を灯し、大部屋の机に地図を広げる。部屋にはモールイン以外が集まっており、地図を囲むように立っている。
「つまりだ、仕入れた情報から予測するに、お宝が眠る場所は――」
「ちょ、兄貴」焦り顔のゾイがちらちらとガルドのひとつ隣を見ている。「良いんスか。部外者の前でこんな大事な情報!」
ゾイが睨み付ける先には、キャルリアンがいる。彼女の右手には枷が付いており、その枷は鎖によって、ガルドの腰ベルトに繋がっている。尾びれは時間が経ったら、人間の足に戻っていた。乾いたからか、それとも時間制限があるのか。どちらにせよ何かしら条件があることは確実だろう。
「外すわけにもいかねぇし、仕方ない」
「牢に放り込んどきゃいいんスよ!」
やけに突っかかってくるな、と目を細めた。
「変な生き物だから、牢に入れっ放しで何かあっても困るだろ。かといって勝手にいろいろ弄られてもマズイかんな」
キャルリアンの足のことは、既にゾイたちにも伝えてある。情報共有は、大切だ。特別驚いた顔も見せなかった彼らだが、キャルリアンを船に置くことを伝えた途端、ゾイは顔色を変えた。
適当に反論しながら、地図の上に透明のマットを敷き、コンパスと定規を使いながら、線を書き込んでいく。
「ちっちゃいなー」
せこせこと手を動かすガルドの斜め前に立つミリュリカが、ふふんと笑う。
「はあ!?」
比較的年齢の近い二人は、よく喧嘩する。「なんスか!」怒鳴るゾイを、「本当のこと言われて怒ってやんのー」とミリュリカが更に揶揄う。喧嘩は悪化し、内容は幼稚化。最悪のパターンだ。
「ガルドに構ってもらえないことが寂しくて女の子に八つ当たりって、器ちっさすぎるよね」
んべ、と舌を出すミリュリカ。その言葉に顔を真っ赤にさせたゾイに、あーなるほど、とガルドは納得した。ミリュリカの見解は、おそらく正しい。ただしそれを口にしていいかどうかは、全くの別問題だ。現にゾイの怒りが増長されている。
「あ、あ……ぇと」
喧嘩の発端になってしまったキャルリアンがおろおろしている。視界の端に入る彼女の様子も気にくわない要因になっているのか、ゾイが更に苛々している。
話にならん。
二人ともそろそろ黙れ。
そう言おうと口を開いたタイミングで、「あの……!」とミリュリカとゾイの間で板挟み状態になっていたキャルリアンが先に声を上げた。
この期に及んで「それなら私は船を降ります! 万事解決です!」などと口にしようものなら、締め上げよう。心に決めながら、続きを待つ。
「あの、あの……えっと」
「なんスか?」
ゾイは不機嫌そうだ。対するミリュリカは「キラキラになるの?」と謎の期待を寄せている。
「あの…………お!」
「お?」
お? お? 顔を見合わせた二人がしきりに首を傾げる前で、目をぎゅうっと瞑ってふるふる震えている。
「お、お、――お友達に! なりましょう!」
空気が凍った。
当の本人は、言い切ったことで安堵の表情を浮かべているが。
「はあ?」
ゾイが、全員の気持ちを代表して、一言。
「お友達なら、喧嘩しません。だから、」
「オトモダチでも喧嘩はするし騙し合うもんっしょ。大体、俺オトモダチなんて要らんッス」
「え!」
彼女は目を丸くする。予想外だ、と言わんばかりに。いいアイデアだとでも思っていたのか。
見るからにしょんぼりと萎れたキャルリアンの頭を、思わずぽんぽんと叩く。叩かれた本人はそれにも愕然としていたし、ゾイは「ああー!」と悲鳴じみた声を出していたが。
「まあ、アレだ。よく健闘した方だとは思う」
あんたにしちゃあな、という続きは黙っておいた。まだ出会って間も無い、薄く浅い交流だが、思うところはある。こいつは多分、他者と関係を築くスキルが、著しく乏しい。
「喧嘩なら後でやれ。今はコッチだ」
とんとん、と指先で机を――正確には、机の上の地図を――叩く。何が楽しくて雁首揃えて子供の喧嘩を見学していなきゃならないのか。
とはいえ、ドーザルは妹の喧嘩を微笑ましそうに見ているし、シガタは興味無さそうだ。実質的に苛立っているのはガルドくらいか。自分一人が“大人げない”というレッテルを貼られているようで、それもまた気に食わない。意図的に視線を外し、意識をお宝の話へと戻す。
「宝があるのは、この地点だ。正規の地図には載っちゃいねぇが、情報によると、この場所に小島がある。到着まではザッと見積もって、半月ってとこか。島に着いたら食糧の確保だな」
備蓄があるとはいえ、いつなんどき何が起きるかわからない。なるべくなら、食の心配は減らしておきたい。ただでさえ、食い扶持が一人増えている。
「二日目以降に探索を開始する。小さな島だ。さすがに何ヶ月も居座るハメにはならんだろ」
「同業者が入っている可能性は?」
「正直、未知数だ。ヤツが情報を誰に売っているのかは謎だかんな」
自分以外にも情報を売る相手がいても、なんらおかしくはない。“彼”の目的は宝の回収だ。ゴールに辿り着くまでの手段は、何通りか用意しておいて然るべきものだ。
「鉢合わせても蹴散らせばいいだけの話ッスよ」
意気込むゾイに「お兄ちゃんの足は引っ張らないでね」とまたミリュリカが喧嘩を吹っ掛ける。なんだと、と息巻いたゾイが喧嘩を買う前に、ドーザルが妹を嗜めるようにミリュリカの名を呼んだ。
「…………仲良く、しないの、よくない」
ぼそぼそと聞き取り難い声だが、妹にはしっかり届いたようだ。兄大好きのミリュリカは、それで大人しく黙ることに決めたようだった。
「じゃ、上陸に向けて、各自気を引き締めておけよ。解散!」