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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第6章 壁を崩す手のひら
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海賊編(2)「はいはーい、みなさんご注目っ!」

 食堂へと足を踏み入れる。机で食事をとっているのは、ドーザルのみだった。シガタは頬杖をついて座っており、ミリュリカとゾイは揺れる船の中、カードゲームで遊んでいた。


「遅かったわね」

 シガタが二人の姿を認め、すっと目を細めた。

「ちょっとな」

 適当に流しながら、朝食を手に取り、席に着く。食材をぽいぽいと乱暴に口へ放り込むガルドの隣で、キャルリアンがちまちまと、彼女としては可能な限り迅速に、パンを齧っている。

「他の船でも見つけたの?」

「ああ。ターリス騎士団の船を、二艦」

「ターリス? なんでまたこんな場所で」

「さあな。俺だって知りてぇよ。とりあえず、今はモールインが回避に動いてる」

「なーんだ。じゃあ、問題ないってこと?」


 モールインの回避能力は一流だ。ミリュリカがカードを放り投げ、安堵したように口元を緩めた。カードに執着している様子は無い。元々、ただの時間つぶしの道具だったのだろう。食事の時間に現れないガルドを待っていたことは明白だった。

 よかった、と胸を撫で下ろすミリュリカに詫びるように、肩を竦める。

「そうとも限らねぇな」

 いつもなら、こちら側だけが一方的に、相手の動きを視認できた。しかし今回は違う。相手側も、ガルドたちの動きをいち早く察知する能力を持ち合わせている可能性が濃厚だ。とすると、こちらの動きにも対抗してくるだろう。

 そう簡単に、回避を許されるようにも思えない。

 緩めた頬を引き締めたミリュリカは、しかしさしたる動揺はしていなかった。「ふうん」と一言零したのみだ。


「じゃ、軽く準備運動でもするッスかねー」

 ひょい、と椅子から立ち上がったゾイを横目に、ミリュリカはカードを手早く片付け、キャルリアンの隣にとさっと座る。

「あたしはキャルちゃんと一緒にご飯たーべよっと」

「さっきたらふく食ったじゃないッスか」

「体力補給っ! 準備運動代わりなの!」

「補給も何も、もう全快っしょ?」

 何言ってんの、あんた。遠慮なく顔を歪めたゾイの言葉を、ミリュリカは聞かなかったことにしたようである。食事中だったドーザルがおもむろに動き、妹のために小盛の食事を用意した。ミリュリカは嬉々として食べ始める。彼女の大食いの一端は、兄の行き過ぎた気遣いにもあるように思う。

 戦いが目前に迫っているとも知れないその時、船内は、割合平穏だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『やぁっぱ完全回避は無理そうッスわぁ』

 モールインから降参発言が飛び出たのは、そこから少し経ってからのことだった。

「二艦ともか?」

『まっさか!』

 彼は大袈裟に驚いたふりをした。

「なら上出来だ。――さて、()るか」

「あの……」控えめな声が、背後から聞こえた。「私は」

 ちらりと目を向ける。

「あんたは、奥に引っ込んでろ」

 これまでなら、自分もついていくと主張することが多かった彼女だが、この時ばかりは勝手が違ったようで、迷いの表情を見せていた。

 ……当然か。

 これまでとは違い、今回は荒事になるだろう。『怪我をするかもしれない』、ではない。『斬る、命を奪う。斬られる、殺される』。その危険が誰しもにある。血が流れる場所に、この人魚は似合わない。



 ――いや、違うな。ガルドは自分の考えに苦笑を灯す。

 似合わないでいて欲しい、とらしくもなく考えているのかもしれない。



 彼女が自ら差し出してきた鎖を外し、彼女の手に乗せ、握らせる。キャルリアンは何事かを言いたそうで、けれど言葉が出てこない。そんな風に困り果てた顔をしている。

『そろそろ接近しますよ』

「ああ」

 短く返事をして、ガルドはキャルリアンに背を向けた。

 彼女の口からは、結局言葉が紡がれることはなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 船は既にガルド以外の人間でも視認できる距離にあった。とはいえ、互いにまだなんらかの接触を図れる距離ではない。だが両者ともに前進するスピードが緩まることはなかった。特に先方は、回避の兆候も無い。

 これはいよいよもって、相手方の狙いは自分たちにあるらしい。

 目を凝らす。甲板に出ているのは、どちらも少数だ。中にまだ人数がいるとしても……あの船の乗員数など、たかが知れている。

一艦はモールインの回避作戦が成功したようで、このまま進めば攻撃範囲に入ることもないだろう。実質相手取るのはもう一艦の方だ。

 は、とガルドは笑う。

 あの人数で、ガルドの海賊団を――海の魔物と恐れられる自分たちを、本気で止める気でいるのだとしたら、相当ナメられたものである。

 悠然と構えながら、相手の動向を窺う。こちらから仕掛けることはできない。後々それを理由に吹っ掛けられたら面倒だ。あくまで、狙うのは『防衛』の形である。

 射撃範囲に入ったはずだが、相手側に動きは見られない。弾をひとつ投げ込んでくれたなら、こちらも数十のお返しをする用意があるというのに。



 重たい沈黙は、とうとう船の先頭が横並びになるという時になってようやく破られた。

 ガルドがふっと横に跳んだ場所を、銃弾が通り抜ける。

「初めから頭狙いかよ。……まあ、間違っちゃいねぇがな」

「一番効率がいいものねぇ、その方が」

 船長の独り言を拾ったシガタが、冷やかすように言う。その手に握られているのは、彼の愛銃だ。構えてから銃弾が放たれるまでの時間は短かった。狙いが無いわけではない。照準を合わせるに至る時間が極端に短いのだ。本人曰く、「若干、勘の部分もある」そうだが。

 彼は恐ろしい程正確に、敵船の狙撃手を狙っていく。

 まったく、敵ではなくて助かった。これが敵勢にいたら、戦闘時には骨が折れたことだろう。


 相手の船は更に距離を詰める。飛んできたロープが柱に絡まり、船と船を結んだ。奥から続々と現れた人間を見て、目を細める。

「思ったより多いな」

「足止めしとく?」

 肯定も否定もする前に、ミリュリカがにんまり笑った。背負っている円筒をぐっと掴むと、先端を敵方へと向ける。近しい武器名を挙げるなら、携帯式迫撃砲等を挙げればいいだろうか。いずれにせよ、小さな娘が持つにはあまりにも物々しい代物だ。普通なら大の男でも持てるかどうか。



「はいはーい、みなさんご注目っ! しっかり見ないと損しちゃうよ~」



 彼女の高く明るい声は、よく通った。そもそも、こんな最前線に子供がいること自体が珍しい。

 肩に載せた丸筒の後ろを、ぱかりを開ける。腰に巻いた大きな丸い弾をひとつ装填した。ガション、と重い音が先頭から聞こえた。

「ちゃんと避けなきゃ死んじゃうかも? 気を付けてね、おにーさん!」

 にっこり笑った娘は、そのまま引き金を引いた。

 ドォン、と空気を大きく振動させたソレは、細い煙を纏いながら緩いカーブを描き、敵船の床に穴を開けた。さすがにあれだけアピールされて、直撃する馬鹿はいない。

 ただし、彼女の武器は、落ちて終わり、ではない。

 傍らにいたゾイが、そっと耳を覆った。ガルドも心なし身を引く。あれは油断していると、ガルドに対する攻撃にもなり得るのだ。

 直後、激しい音を立てて落下物が爆発した。中に仕込まれていた石が四方八方へ弾け、無作為に周辺にいた人間を襲う。脳がビリビリする感覚に、眉間に皺が寄る。

「まだまだ行くからねっ!」

 頑張って避けてね~、などと続けている。あれを心からの親切でやっているのだから、――少し、育て方を誤ったかな、とも思う。味方側に被害が無いため、咎める気が無かったことも事実だ。今後もおそらく、あのまま育つのだろう。


「いつ見てもえげつないッスねぇ……」

 それには深く同意する。率直な感想である。しかし、攪乱や足止めとして有効であるのも確かだ。ロープが結ばれた先を大まかに狙っているらしい。正確性は無いが、その分、着弾先を見極め難く、相手としては予想が立て辛いことこの上ない。次々と降ってくる爆発物に、対岸は混乱が生じている。

 しかしそれは全員の足止めができるというわけでは無い。

 ミリュリカの攻撃の合間を縫って、ロープを使って船の間を飛んできた幾人かの人間が、ガルドたちの船に着地する。

「こっちも動くか」

「うっす。準備運動もちゃんとしたんで、大丈夫ッスよ」

 手の中で小振りのナイフをくるりと回してみせる。


 彼らは、面倒な攻撃をしてくるミリュリカをまず標的に選んだようだ。ゾイが目を細めた。

「馬鹿ッスねぇ」

 極度の妹馬鹿の前で、ミリュリカにまで手が届くはずがないのに。もし彼女に刃が届くならそれは――彼女の兄が死んだ時だろう。

 鋭く重い拳がぬっと現れ、男の横っ面に叩き込まれた。

 先手必勝を掲げる妹とは対照的に、兄は後手必勝――防衛を基本とする戦い方だ。一撃を放つと、ふううう、と長く重い息を吐き、再び動きを止めた。

 攻め入られたら即座に動く。それまではまるで石像の如く、巨体は周囲へプレッシャーを掛け続けている。パワーがある割に、意外にもある程度の素早さも兼ね備えている。それを目の当たりにした敵方の騎士は、どう攻め込んだものかと思いあぐねている様子だ。


 ――さて、あれらは、ドーザルとミリュリカに任せるとして。


 ガルドは剣の柄に手を掛ける。

 自分の前に立ち塞がったのは、五人。

 対するこちらは二人だ。しかし負ける気はしない。

 浅く息を吸う。腰を低くし、殺気を放つ。さすがに騎士団の人間だ。一瞬怯みはしても、背を向ける愚行は犯さない。上等だろう。――それでも、逃がしてやることはできないが。

 五感を研ぎ澄ませる。不必要な音が消える。世界はクリアになる。この時点で、自分がどう動けばいいのかガルドは知っていた。あとはそれをなぞるだけだ。

 止めていた息を吐き出すと同時に、ガルドは地面を蹴った。

 素早く懐に飛び込むと、剣を抜き払う。スピードに目が追い付かなかったのか、一人目は何の反応もできないまま崩れた。そのまま左に跳び、身体の捻りを利用して二撃目を繰り出す。二人目。

 ここにきてようやく、他の三人が動き始めた。うちの二人がガルドを挟み撃ちにする形で攻める。左右から迫りくる剣を、上方へジャンプすることで回避した。空中で回転し、着地点を決める。

 狙い通りに敵の背後へ着地したガルドは、振り向きざまに一閃した。崩れ落ちる身体の向こうから、体勢を立て直した騎士が力強く地面を蹴る。正面からぶつかり合った剣が、ギギ、と甲高い音を鳴らした。

 一歩、片足を後方へ下げる。その一歩で、ガルドは相手の勢いを押し留める。

 近くに寄った相手の口が、もそりと動く。


「……宝は、どこだ……」


 そのまま剣を押し退ける予定だったガルドは、眉を寄せた。その物言いは、自国より与えられた使命を果たさんとする騎士の発言ではなく、どちらかといえば、ガルドの同族に近かった。

「おいおい、ここは俺の船だぜ? 宝なら腐る程あるさ」

 挑発するようににやりと笑ってやるが、こちらの言葉を聞いているのか、いないのか、男はひたすら小さな声でぶつぶつと呟いている。

「あれさえ……助かるんだ……俺の……が見つかれば……」

 耳が良いガルドにすら聞き取れるかどうかの声量で、彼はひたすら呟き続けている。

 気をやってしまった人間とも違う。ただ、極限まで追い詰められている、いっそ切実な声色に、狂気が混ざっている。

 ――はっきり言って、不気味だ。

「おい……」

 呼び掛けに、相手はなんの反応も示さなかった。彼の世界には、命を奪い合っている相手の姿すら存在していないらしい。ただひたすら呟くのみだ。



「……があれば……――人魚を、見つけたら――」



 ふ、と息を呑む。

 絡んだ視線。その先にあった目が、完全に狂気に乗っ取られる瞬間を見た。




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