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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第5章 求める者に扉は開く
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人魚編(2) 「案外、自覚はあるんスかねぇ」

 答えを教えてくれるつもりはないようだが、いくつかのヒントはくれるらしい。

 ゾイはキャルリアンに訊ねる。

「たとえば、兄貴がミリュリカと一緒のベッドで寝てたら、どう思うッスか?」

 その言葉を受け、彼女はぽわぽわとその光景を脳裏に浮かべる。

 むにゅむにゅと緩むミリュリカの頬。なんだかんだ言いつつも、優しく見守るガルド。――なんとも微笑ましく、心が温まるワンシーンだった。

「仲が良くて、いいですね」

 へにゃりと笑うと、直後、はあ、と盛大なため息を返された。「ミリュリカは、こういうたとえには向かなかったんスかねぇ」とすうすう寝ている彼女を見下ろしながら、ぶつぶつ呟く。


「じゃあ、えーと、……ああ、ほら、夜のおねーさん的なのだったら?」

「……よる?」

 頑張ってイメージしようとするが、上手くいかない。白い靄のような物体が、型が取れずに困惑し、揺らめている。まるっきり駄目なキャルリアンに、ゾイが仕方なさそうに助け舟を出した。

「……胸があるグラマラスな美女が兄貴と一緒にいたら?」

 一拍、二拍。考える。妖艶な笑みを浮かべた女性が、ガルドの腕にするりと手を這わせる。豊満な胸が腕に押し付けられる。そういえば、過去にそういう体型の女性が好きだと聞いたことがある。なら、この状況は彼にとっても、満更でもないはず。



 ――ガルドはその女性に、どんな顔を見せるのだろうか。



 がば、と上半身を起こした。視線を下へと落とす。すとーん、と落ちる。地面までばっちり見える。豊満とは真逆の自分の身体。

「…………」

「どうッスか?」

 急に無言になったキャルリアンの顔を、意地悪く覗き込む。キャルリアンは、眉を精一杯寄せながら、はっきりとした口調で答えた。

「やです」

 苛立ちを隠そうともしないキャルリアンを、ゾイは意外だと言わんばかりの面持ちで眺めた。

「……案外、自覚はあるんスかねぇ……」

 ぼそっと呟いてみるが、胸のむかむかを治めようとしている当人の耳には届かなかった。


 ぷりぷりしていたキャルリアンは、はたと気付く。

「でも、それとガルドさんの発言に、なんの関係が?」

 口にしてから、ぐるぐると考えを巡らせる。

「ガルドさんは私と一緒に寝るのが嫌になった、もしくは……問題になった? ということですよね。なんらかの理由で。たとえば――た、たとえば?……なんでしょう?」

 途中まではうんうんと頷いていたゾイが、途中でがくりと肩を落とした。

「そこで俺に振るんスか」

「ヒントだけでも!」

 ゾイが露骨に嫌そうな顔をした。

「……嫌だ、って。思ったんスよね」

 瞬間的に浮かんだのは、先程想像した光景だ。ちり、と胸が焦げ付いた。

 むずむずする胸に手を置きながら、こっくんと頷く。

「それは、ヤキモチってヤツだと思うッス」

「ヤキモチ?」

「焼いた餅の略ではないッスから」

「そ、それくらいわかります!」

 そりゃよかった。ゾイは、ははは、と可笑しそうに笑った。彼の笑い顔はレアだ。ガルドと同じ。ただそれに素直に感動できる程には、彼女の心のもやもやは晴れていなかった。

 ヤキモチ。つまり、嫉妬。誰かを妬ましく思う気持ちのことだ。……誰に、どうして?

 心がざわつく。


「自分の気持ちも、周りの気持ちも、もう少しはっきり見た方がいいんじゃないスか? この島を出たらターリスに戻るんスから、それまでの間に」


 ターリス、という言葉を聞いた途端に、すうっと心が冷えた。ガルドたちと出会った港。……キャルリアンが、それまで生きてきた町。

 ――そうだ、戻るんだ。自分は、あの地に。

 このままここに残ることを、キャルリアンは、自分に対して許していない。許せない。

 どうしてそんな大事なことを、忘れてしまっていたのだろう。


 青褪めたキャルリアンに気付いてか、ゾイが困ったように眉尻を下げた。

「……アンタが邪魔とかは、思ってないッスよ、別に。アンタ自身が、自分で決めたらいい」

 唐突に投げられた言葉を理解するのに、数秒を要した。

 どうやら彼は、自分を慰めようとしてくれているらしい。ここに残っても、離れても良いと言ってくれているらしい。

 この島に着く前、さっさと船から降ろすべきだ、と主張していた彼からは想像がつかない。少しは仲良くなれたのだろうか。


 ぱちぱちと不思議そうに目を瞬かせるキャルリアンに、ゾイは急に我に返り、怒鳴った。

「勘違いしないで欲しいんスけど、いてほしいってわけじゃないんで! むしろいなかったらいなかったで、せいせいするんでっ!」

「んにゅ……うるさーいぃ」

 むく、とミリュリカが身体を起こす。ごしごしと目を擦りながら、周りを見渡す。

「あれ、あたし、寝てた?」

「……ぐーすかと」

 まだ寝惚けているのか、ふうううん、と返事と欠伸が混じった声を出しながら、ミリュリカはぐぐっと腕を伸ばした。


「もったいないことしたような、贅沢なことしたような……」

 彼女は、寝起き特有の舌足らずな声でそう零しながら、髪に付いた草を指先で摘み、ぺいっと捨てた。何度か寝返りを打っている間に、至る所に絡み付いていたようだ。後頭部側へと手を伸ばすが、微妙に位置がずれて、上手く取れていない。ともすれば、余計に絡まっている。

 悪戦苦闘しているミリュリカを救うべく、キャルリアンは「取りますね」と手を伸ばした。

「ありがと、キャルちゃん!」

 下手に手を出すと悪化することに気付いたのだろう、ミリュリカは手をすっと下げた。

「二人とも、なんの話してたの~?」

「えっと……」

 言われてみれば、なんの話をしていたのだろう。キャルリアンは首を捻る。

「アンタの好きなコイバナってやつッスかねぇ」

 げんなりした顔で、ゾイが答え、――直後、しまった、と顔を歪めた。



 案の定と言うべきか、ミリュリカの目がきらきらと輝き出す。



「えーっ、なにそれなにそれ! 楽しそう! あたしもしたかったのに、ゾイだけずるい!」

「俺だって別にしたくてしてたワケじゃ……! 第一、真っ先に寝たのはソッチッスからね!?」

「起こしてくれればいいじゃーん!」

「やッスよ、メンドーだし!」


 ぽんぽんと飛び交う喧嘩腰の会話に狼狽えたのは一瞬だった。段々とわかってきた。彼と彼女は喧嘩をしながら、程よい距離感を保っているのだ。喧嘩は嫌いだけれど、これは別物。『例外』というやつだ。

 強張りかけた肩の力を抜いて、いそいそとミリュリカの髪から草を取り除く作業へと戻る。

「――ミリーちゃん、全部取れたよ」

「やった、ありがと!」

 ぴょん、と嬉しそうに飛び上がったミリュリカは、周囲を見渡す。


「花冠は時間が無いから諦めて、お花摘んでこ。シガタが橙色で、お兄ちゃんが桃色で、モールインは……黄色かな? 危険信号的な意味で」

 そんなことを言っていた彼女は、不意にキャルリアンの手元を見る。

「赤は?」

 片手で持ったままだった花に、再び視線をやる。

「……赤は、ガルドさん」

「やっぱり! 赤っぽいよね」

 にしし、とミリュリカは笑いながら駆けていく。

「じゃあ赤色はよろしくね~」

 慌てて首肯で答える。が、ミリュリカは既にこちらを見てはいなかった。初めから任せるつもりだったのだろう。



 赤色、赤色。唱えながら、花を探す。小振りの花より、大振りの花の方が似合いそうだ。今手にしている花のように。こんなにたくさんの中でも、すぐに見つけてしまえるくらい。

 手持無沙汰で突っ立っているゾイを見る。

「ゾイさんは良いんですか」

「俺、花、別に好きじゃないッスもん」

 眉間に皺が寄っている。方便、ではなさそうだ。それでもついてきたのは、ガルドに言われたから、という理由ともうひとつ、なんだかんだで身内を放っておけないからだろう。

「……ゾイさん」

「なんスか」

「ありがとうございます」

 虚をつかれた顔をしたゾイは、しばらくしてから顔をふいっと背け、ぶっきらぼうに言い放った。

「ドーイタシマシテ」




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