海賊編(1)「ガチのピクニックじゃねぇか」
四方八方を木々に囲まれた空間。
近くには例の石碑。
その近くに広げられた重箱。
季節のものや土地のものを上手く取り入れた色とりどりの食材。
食欲をそそる香り。
「これで天気が良ければ最高だったのにね」
ミリュリカが空を仰ぎながら、文句を垂れた。そういう問題じゃねえよ、と突っ込む。
「ガチのピクニックじゃねぇか、これ……」
「この肉巻き、美味しいわね」
「研究に研究を重ねた一品。本日のオススメ」
厳つい顔をしたドーザルが、どこか誇らしげに胸を張る。
「つか、この弁当箱はどっから出てきた」
「今回の戦利品」
「クッソ高ぇやつじゃねーか、おい」
はああ、と大きくため息を吐く。
金銀財宝に関しては、ある程度を団員にも分配している。個人個人、興味のある物を選んで持っていく仕組みだ。だから使う分には良いのだが……
「んむ、本当じゃの。これは良い味付けをしておる。わしはこっちの肉団子の方が好みじゃ」
「素材の味を活かしつつ、絶妙なスパイスを加える才能、羨ましい」
「わしらが作ったものとは天と地ほどの差があるのう」
「できれば伝授願いたい」
「――それより、なんであんたらがここにいる」
招いてもいない客が、何気なく輪の中に収まっていることを指摘すると、「そうケチケチせんでもいいではないか」とリオはぷくりと膨れっ面を見せた。ケチだとか、ケチじゃないとか、そういう問題でもない。
――潮が満ちる時まで。
何をすればいい、と訊ねたガルドに、普通に生活をしていればいい、と双子は答えた。それ以外にできることはない、と。
「ファニタが求めているのは、冒険ではないからの」
そう言われてしまえば、無闇矢鱈に島を探索することも憚られた。地下に広がる迷路の空間にほんの少し興味を惹かれはしたが、いつ水が押し寄せるかわからない場所で、わざわざ命を危険に晒してまで満たすほどの好奇心ではない。下手に島の環境を掻き回して文句を言われても堪らない。
となると、本当にやることは限られた。
帰路につくにあたり、必要となる船の整備。これはモールインが、自分がやる、と主張するのでノータッチ。食材は、ドーザルが張り切っている。武器の整備や鍛錬などは、毎日少しずつやるもので、一日掛けてやることではない。
――要するに、ガルドたちは時間を持て余していたのだ。
「それならさ」
提案したのは、ミリュリカだった。きらきらと輝いた瞳に、嫌な予感を覚えた。
「せっかくゆっくりできるんだもん、みんなでお出掛けしようよ!」
却下しようとしたら、「息抜きは大事でしょ。ガルドにもーっと良い案があるっていうなら別だけどぉ」と先手を打たれた。前々からああ言えばこう言う性格をしていたが、最近はそれに更に磨きが掛かっているように思う。下手をしたらそのうち、こちらが言い包められるのではないか。
「ていうか貴方たち、わざわざあの地下空間から這い出てきたの?」
はぐはぐと勝手に弁当を掻っ攫いながら――作った本人は、美味しく食べてもらえて嬉しそうなので、食べるな、とも言えない――、リオはシガタの言葉を否定する。
「わざわざ、と言うほど面倒でもないからの」
「リロたちだけなら、別ルートでかなりの時間短縮が可能」
ずずず、とスープを飲みながら、満足げに息を吐いたリロは、物欲しげにスープの入れ物をちらちら見る。気を良くしたドーザルが、無言のままお代わりを注いだ。ドーザルは、自分が作った物を美味しく食べる者に懐柔される傾向が強い。
その点では、自分の隣に座る娘も同じかもしれない。顔を真っ赤にしながら、全力で舌鼓を打っているキャルリアンを盗み見た。
今日も腕には鎖はついていない。外を出歩く時は外しておいた方が都合が良いのだ。……主に彼女が転びかけた時に。
人魚というのは、揃いも揃って陸上が苦手なのか。水の中の生き物とはいえ、普段は陸に上がって生活をしているのだろうに。あるいは、彼女が特別なのか。
外に出るようになった途端に生傷が絶えなくなった肌に目がいく。元が白く透明感がある分だけ、傷の赤が目立つ。
……よもやこんな鈍臭い娘が、大海賊ドンペルクの血族、とは。
俄かに信じ難い。だからといって、信じていないわけでもない。二人の吸血鬼があえて嘘を吐くメリットもデメリットも、どちらも無いからだ。だからつまり、それは本当なのだろう。
歳の頃合いからすると、大海賊ドンペルクと人魚ファニタの子供か、孫あたりが妥当か。
「そういえば、気になっていたんですが」
ガルドの視線には気付かず、キャルリアンが声を上げる。
「お二人は、人魚語が喋れるんですか? 部屋の扉を開閉する時に使っていましたけど」
「喋れない。あの一言だけ、ファニタに教えてもらった」
「この島を取り巻く大嵐や、地下水、扉の仕掛けは、全てファニタが準備したからのう。彼女がこの地を離れる時に、動かす方法を残していったのじゃ」
この島に辿り着く前の嵐を思い出す。あれも彼らの仕業だったのか。一人、眉を寄せる。おかげで死に掛けた。逆に言うと、それだけのことをしなくては、大事なものを守れない、という判断なのだろう――そしてそれは、何も間違っちゃいない――。
あの時、急に嵐がやんだのは……侵入者の中に、人魚の姿を認識したからだろうか。
それにしても、やることなすこと物騒な人魚である。やはり、実は血が繋がっていないのではないか。ひっそり疑う。
「ドンペルクさんとファニタさんと、……それから、ガルドのおとーさん? その三人が出て行って、リオちゃんとリロちゃんは、二人きりになったの?」
「ちいと違うが、大筋はその通りじゃよ、ミリー。とはいっても、二人になったのは、ここ十五年の話じゃ。それまではファニタがおったし、ドンペルクも折を見て顔を出しておったからの」
気付けば名前や愛称で呼び合う仲になっていることに驚きながら、聞き耳を立てる。ガルドはどこかに隠された資料があるということだけは母から聞いたが、それ以外のことに関してはほぼ情報が無い。つまり、これは彼にとって有益な情報だった。
「彼は、海賊にしては気の優しい性格だった。ファニタの方が断然苛烈」
周囲を欺き、世界中の宝を集めたドンペルクに対して、『気の優しい』という評価が出ることが意外だった。結局のところ、噂は噂だ。
「そもそも、どうやってドンペルクと出会ったんスか? 大海賊なんスよね」
「単純な話じゃよ。施設から資料を持ち出して逃げる時に、わしら四人は港を目指して走った。ファニタが海に出ようと言ったんじゃ」
「リロとリオは実験の直後で力が弱っていた。ガルディウスはまだ幼かった。一番力があったのがファニタ。だから、彼女が最大限の力を発揮できる環境を選んだ」
「行くアテなんてなかったからの。とにかく遠くへ行こうと決めて、いろんな海のにおいがする船に乗り込んだのじゃ。それが偶然、ドンペルクの船じゃった」
「よくドンペルクは乗船を許可したわねぇ」
本来なら、そんな無茶苦茶な飛び入り参加など認められない。海に落とされて終わりだ。どうするつもりだったのか、と訊ねれば、リロは「制圧するつもりだった」としれっと口にした。島の仕掛けのことといい、ファニタなる人魚は、思った以上に好戦的な性格をしている。
幸運なことに、そうならなかった理由は――
「一目惚れだったらしい」
珍しく、リロが少しだけ口角を持ち上げた。
誰が、誰に。口に出す前に、察する。船に乗り込んだ人魚たち。船に乗り込まれた海賊。どちらがどちらに一目惚れしたら、一緒に船で逃げるなんて結論になるか。答えは明白だった。
同時に、悟る。情報収集の目的で黙って話を聞いていたが、これは、自分にとっても地雷だ。出てくるフレーズがよりにもよってことごとく被るのだ、ガルドと、隣にいる人魚に。無論、ガルドは決してこの小娘に一目惚れなどしていない。それは断じて違う。断言できる。
「ふうううん」
にやにや顔を向けてくるミリュリカを、じとりと睨む。大方、ここにも似たような展開が、なんて思っているのだろうが、生憎とそういう欠片は皆無だ。
……多少、情が移っていることは認めるが。
「すっごくロマンチック! キャルちゃんのご先祖様の話!」
服の裾をくいっと引かれたシガタが、笑いながら「そうね」と返す。ゾイが少し離れた場所で「呑気ッスねぇ」と呆れていたが、幸運なことに、興奮気味のミリュリカが気付くことはなかった。
「先祖、と言う程には離れていない」
「じゃの。孫ではないかの? 孫ができたと、ドンペルクから聞いた」
「おじいちゃんとおばあちゃんってことね!」
キャルリアンよりも、無関係のはずのミリュリカの方が嬉しそうだ。最近、ロマンスやら運命的な出会いやら、そういったものに興味が出てくる年頃になったのか、この手の話にやけに食いついてくる。
反面、当の本人は実感が湧かないのか、戸惑いがちの視線が宙を彷徨っていた。




